第17話 無人の丘とローザの友

ミーナはやっと人間がましい姿を手に入れると、情報の収集を始める。

ローザの失踪と帝宮が見晴らせる小高い丘に現れた蟲の群、どこから現れどこに消えたかは、全く情報が集まらなかった。


いまミーナは帝宮の丘の上に立つ。戦争の爪痕はおろか、命の痕跡そのものがない。

大地を、空を黒く染め上げる蟲の大群が、帝宮爆発の衝撃波で死屍累々の神聖ヴァチカニア帝国の主力部隊とザンパーノを除く皇族の亡骸を、剣や槍のような武器はおろか天蓋や甲冑の類まですべて食い尽くしていた。


ミーナの居る丘には下生えの草もなく、さらには蟲の死骸すらない。

いくら虫と遊んでいたローザでも、ひょっとして話に聞いた通り本当に蟲の大群に喰われたのだろうか?

「とにかく、ここには何もなさそうですわね」

帝都の近隣の街に向けて、ミーナはロバの馬車を引こうと近づく。


「あら、あなた達は……」

馬車には、大きな青い蝶と毒々しい色合いの蜂が停まっている。

「ローザ姉様のお友達? それとも外宇宙生命体?」

蝶はミーナの髪に、蜂は胸元に停まり、微動だにしなくなる。

こうしていれば、精巧な髪飾りとブローチに見えなくもない。


その夜、ミーナは夢を見た。

真っ暗な場所には、少女のようなローザだけが居る。

そこでは人生と宇宙、星々と外宇宙生命体について、取り留めもない話をした。

思えば今までほぼ人生のすべてに近かった帝政学園……ビアンキやザンパーノ、侯爵家については俎上そじょうにも上がらない。

会話内容のほぼ全ては目覚めと同時に忘れ去ったが、ローザの最後の言葉だけは鮮明に覚えていた。


『待っててなの、ミーナ。お腹はいっぱいになったの。


ミーナは夜明けと共に起き出し、馬車の外で背を伸ばす。朝の空気は少し肌寒い。

ふと地面に目を落とすと、大きめの足跡が馬車を取り囲み、包囲を狭めるように近づい足跡が見て取れた。

不可解なのは、一定の距離で足跡は全て消えていたことだ。誤魔化すためにそのまま足跡の上を踏んで撤退した足跡のボヤけすらない。

ロバも全く気付かなかったようで、つぶらな瞳をミーナに向けてくる。


ここにはもう何も居ないことは分かった。

ただローザ姉様の蝶と蜂が、ここに落ち延びてきたと分かったことが収穫と言えるだろう。


帝都に戻るか。


ミーナは小高い丘の頂で、今一度半壊した帝都へと馬車を向けた。

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