第16話 ドキドキ、ビアンキ実家大潜入!

「ごめんくださいまし! 今度こそ間違いなくビアンキさんのご実家でしょうか!」


「外から見てたよ、ビアンキの名前を連呼するコジキ女が間違ってヤクザの事務所に入っていったと聞いたからね」

そういうくたびれた男は苦笑を浮かべる。

何も使うこともなく、ミーナは服を手に入れ、まんまとビアンキの実家の店に侵入したのだ。


「よく道向かいのヤクザから無事に出てこられたね……で、どういうご用件かな? いまウチは大変だよ。ウチの娘の軽挙妄動で侯爵様の一族が根絶やしにされた。関わってもいい事はないよ」

ビアンキの父の眼には光がない。禁軍まで動く、想像もつかないほどの大事になったのだ。

下手をすると、帝宮の爆発にまで関わってるかもしれない。


「そのビアンキさんの件でお伺いさせていただきましたの。

私はビアンキさんとザンパーノ陛下の同級生をさせていただいていた者です。卒業舞踏会がメチャクチャになったので実家に帰ろうと思っていましたが、帝宮の爆発で身ひとつになってしまいました……」

まあ、爆発自体は自分と許されざる物の戦いのせいだけどな、と心で付け足す。


「陛下って……例の与太話のことかい?」

「例の与太話というのが何か存じ上げませんが、恐らくそれに関わるかと」

「皇子を残して帝政首脳陣と皇室が壊滅した、という噂だよ」


「まあ、だから禁軍の先触れがザンパーノ陛下と呼んでいたのですね」

小高い丘で何があったのか、ミーナは大体理解した。帝宮の爆発の衝撃波で、ザンパーノと若いザンパーノ派だけがなぜか生き残ったのだ。

「とにかくウチの娘のせいで、すまないね。賠償してあげたいが、ウチは多分全資産没収だろう。田舎に逃してあげるぐらいのことしか、できそうにない」


「いえいえ、とんでもございませんわ。私は真実と、ある物を携えてビアンキさんの実家まで来させていただきましたの」 

ミーナは凍った水溜りのようなものを取り出す。汚いガラスだ。

「ビアンキさんは、こうなりました」

ミーナは遺品を届けに来た体を装う。


たとえビアンキが自分の特徴を家族に伝えていたとしても、今は違う。

顔の造作に変化はなくとも、目と髪の色が違うのでミーナとはバレない。

そして、ミーナはビアンキの最後を、ザンパーノが捏造しようとした通りに脚色して伝えた。


死に瀕するビアンキを抱き抱え、ザンパーノは求婚する。自分の運命を知ってるビアンキは断り、ザンパーノは帝国の至宝である剣

「インペリアラーだね」

そう、それでビアンキに紅蓮の百合を咲かせ、ビアンキは彼岸へと旅立った。

そして青白い炎で焼き尽くした。はなむけにインペリアラーをお供に。

「そしてこちらのガラスがビアンキさんです。わたくしはこの遺品をお届けに参りました」

疲れ果てたビアンキの父親は、涙を流す。

「ありがとうね、ビアンキのお友達。本当に救われた」


何かできるお礼はないかと問われる。ならば、ビアンキさんの普段着を下さいと申し出た。

間違ってヤクザの事務所に行ってしまい、そこで目的は達成したが、どうせだったらもっと目立たない女物の服がいい。今の服は裸では無いものの、威圧的な刺繍の入った派手なジャージだった。


ビアンキの両親の厚意で若い平民女の服一式を入手し、さっそく装備してみる。

ゴスロリかぁ……。ミーナは嘆息する。女らしいお洋服になったのはいい。問題はますます記憶の、人類の敵ジェルソミーナの姿に近づいてしまった事だ。

……ところでってなんだったっけ?

結果的にビアンキだった汚いガラスは、形見として良い値でビアンキの両親に売りつけに成功したという事だ。


「このビアンキのガラスは、どうされるのです?」

ビアンキの父は笑顔すら浮かべて答える。

「とびきり美しい水槽にするさ。中にはいちばん鮮やかで美しい金魚と鯉を入れて。綺麗な姿をザンパーノ陛下に見ていただきたいだろう」

ビアンキは金魚や鯉が大好きだったからだそうだ。

あんな下品な尻のくせに、よくもまあ殊勝なことをよく言ったものだ。さすがは最後まで卵を産んだり尻尾を出したりしなかっただけはある。怪物め。


「ありがとうね、お嬢ちゃん。ビアンキは、いちばん綺麗な姿で、ザンパーノ様に嫁ぐことができるよ」

ビアンキの母は、日持ちのする旅人用の携帯食を作りながら、涙を流してミーナに答える。

ビアンキが中年になればこうなるのかな、という母の姿は痛ましい。

使用人達も涙を流していたが、これは連座の処刑を免れた事に対する喜びの涙だ。

「お嬢ちゃん、ビアンキのためにありがとうね」

「何か困ったら、いつでも頼っておいで、ええと……名前を教えて貰ってもいいかな?」

「いえ、わたくしは傍観者。ただのビアンキさんとザンパーノ様の、お節介なお友達ですわ」

ミーナはそれだけを答え、ビアンキ邸を辞する。


こうして神聖教会の聖女ビアンキは、綺麗なガラスの水槽になりました。


ミーナは実は戦闘糧食は大量に持っていた。一生かけても食べきれない量だ。数十人が1年は籠城できるだけの在庫が山盛りにある。

しかしそれでも、ビアンキの母が作ってくれた大量の保存食と酒、ワインはありがたい。

それらを貰った小さなロバの馬車に積み込み、結構な額の餞別までいただいた。慎ましく暮らせばしばらくは大丈夫だろう。

いつ復活してもおかしくないガラス化したビアンキの灰と交換では、大勝利と言える。

コレで神聖教会が放つ聖なる力にも屈しない、あまつさえダメージも受けずに育つ怪物ビアンキは目の前から消える。

特に、水槽に加工される為にもう一回焼かれ溶かされるのは嬉しい誤算だ。


ミーナはビアンキの実家で貰った、とっておきのブリタニカ王国の稗をほおばる。ビアンキ実家が仕入れた主力商品で、勝利と雑草の味を堪能する。

麻袋は稗を入れて良し、最悪食べ終わったら服にしても良しの無駄のない優れものだ。

ロバは歯を剥き出しにいななく。それは自分のごはんだと。


……そういえばそうだった。食べ慣れていたのでスッカリ忘れてしまっていましたわ。

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