第15話 入る店、間違えちゃった

今回の帝宮の大爆発で、下宿先が瓦礫の山になった。

奇跡的にも生き残ったが、丸裸になった。

頭陀袋ずだぶくろを被ってなんとか体を隠しているのも、それが原因だ。

ミーナはそれだけを言った。


「そうですかい、なるほど」

成金は言う。コイツはずいぶん面白い謎かけだ、賞品にはデカいシノギの匂いがしやがる。

このまま売り飛ばしちまいましょうよ、と三下は目線で言うが、目利きの出来ない馬鹿はコレだから困る。んなコトやろうとしたら死ぬのはオメエだよ。

「で、ビアンキ嬢ならよく知ってまさぁ。道向かいの商会のお嬢さんで、帝国魔法学園に入学もした才媛ですな」

「知っているのですか?」


「ええ、まあ。まだちびっ子の頃から、よく見かけたモンです。

禁軍の意味の分からねえ挙兵騒ぎで有耶無耶になっちゃ居るが、そんなお嬢さんはザンパーノ皇子殿下と同じく、もう学園のほうは卒業されたんじゃなかったですかね?」


「……ええ、ビアンキさんは卒業されましたわ、人生から。紅蓮の百合を咲かせて、彼岸の彼方に旅立ちました。それをご家族の方にお知らせしようと思い、参りましたの」


成金は真剣な目を三下に向ける。

三下は、何かを察して外へと飛び出していった。

「……信じられねえ、いやお嬢さんを信じないわけじゃねえが、なぜそれを知っていなさるんで?」

「見ていましたの。

わたくしは帝宮の近くで爆発を受け、この通りの姿になって彷徨ううちに、瀕死のビアンキさんが帰還されたザンパーノ陛下に抱き抱えられました。

名前こそ剣には無知な女なので存じ上げませんが、陛下自らビアンキさんの胸に立派な帝国の宝剣を突き立てられて、荼毘に付されたところを」

「ちょっと待った、いま陛下と……ザンパーノ皇子殿下を陛下と言ってなさるので?」

「禁軍の先触れがそう呼んでいました」

ミーナは答える。


どえらい情報が転がり込んできた。

金の匂いも強烈だが、パズルの難しさも超弩級だった。ザンパーノ……陛下の新作パズルは飛び切りだ。

さてこの女だが……どうしたものか? 身なりこそ汚過ぎるがなかなかの上玉で、服を着せればいい値段で売れるだろう。

「どうですか、それを歌にして歌って見ちゃあ。コレでも芸能に伝はありますんで」

成金は出来るだけ分かりにくい質問で、正体に探りを入れてみる。

「いえいえ、陛下とビアンキさんのお別れは、禁軍の皆さんだけでなく、わたくしのような野次馬まで見ていましたわ」

アテのない田舎娘だとしても、ネギを背負ってきたカモに見えるだろう。でもコイツはネギを背負ったカモを口に咥えた真紅の毒蛇だ。


それがカモとネギを両方ともくれようと言うんだ。

消しても厄介、なにより消すのも相当骨が折れそうだ。手に入れようと毒蛇の巣穴に手を突っ込むことはないし、そんな手間暇をかけてる場合じゃない。

機嫌は悪くないが、肝が据わった毒蛇だ。出来るだけ友好的に厄介払いし、恩を売っておくべきだろう。

「大変です! オヤジ。ザンパーノ様が皇帝になりました!」

ザンパーノが皇帝になった、今聞いたよ。お嬢さんの言葉は嘘はないってこった。ビアンキがその皇帝に殺された。しかも友好的に。

結論として、プレゼントをくれた福の神の遣いには触れちゃいけない。それがたとえだったとしても……いや『だからこそ』だ。


「おいオメエ、着てるものをいますぐ脱げ」

「え? やっちゃっていいんですかい? オヤジ」

「馬鹿野郎、言葉通りの意味だ。お嬢さんの服を調達する時間が惜しいから、! 裸同然のご婦人を、天下の往来を放り出す訳にいかねえだろうが!」

「それじゃあオレが裸になっちまいますよ……」

三下にとっては、親分の言うことは絶対だ。渋々服を脱いでミーナに渡していく。

けっこうお気に入りだったのだ。

「オメエの薄汚えふんどしはいい。お嬢さんをビアンキ嬢の家の前に送ったら、帝宮に向かうぞ。さっそくやるべき事がある。

オメエには後で好きなだけ服を買ってやる、今はふんどし一丁で出ろ!」

「でも裸で出歩いたら面子が」

「被災した裸のお嬢さんに、くれてやった。

胸を張って堂々とそう言え! 逆に男前が上がるってもんだ」

「なるほど、さすがはオヤジ!」

三下は納得し、急いで服を脱ぎミーナに渡していく。


この後三下は服を着る間も無く、ふんどし一丁で帝都を駆け回る事になる。その姿はインパクトがあり過ぎ、事あればふんどし一丁で現れる、ヴァチカニアの裸一貫という異名がつくこととなった。


殺し文句は

「服なら、いつでも脱ぐぜ」

この身ひとつありゃ、それで充分だ。とはいえ、ふんどしだけはオレの命だから勘弁してもらったけどよ。

というのが鉄板の武勇伝の侠客・裸一貫。

最初はミーナの稗の麻袋を着ようとしたが、身体のサイズ的に無理だったのは内緒だ。


「じゃあ達者でない、お嬢さん。困った事があれば、いつでも言ってくれ。よ!」

「どういう意味ですの?」

ミーナは問う。剣呑な真っ赤な瞳で。


「この国の危機を真っ先に知らせてくれた。いや、ぶっちゃけ。そういうこった」

そう言ってヤクザ式に頭を下げる成金と裸一貫に見送られる。

こうしてミーナは三下の服を着て、かろうじて人間らしい姿になり、ビアンキの実家の店に入っていった。

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