第14話 それにつけても金の欲しさよ

さて、漠然としてはいるが目標は決まった、まずは先立つものだ。ミーナは考える。

それにつけても服ぐらい買う金にはなるかも、と思い拾ってきた元ビアンキの汚ないガラスだが、冷静に考えれば考えるほど、つくづくただの厄介なゴミだ。

しばし稗を穂先ごと咀嚼しながら熟考の結果、ついにミーナは諦め、天を仰ぎ見る。

……仕方ない、形見だとでも言ってビアンキの親にでも引き取ってもらうか。

死んだら生ゴミ、それが宇宙海兵のルールだ。


そんな宇宙海兵にも、なにごとにも例外はあるもので、人肉を好んで食う士官が居るとも聞いた事はあった。

そんな生ゴミを食わなければならんほどというのは、よっぽど兵站の状況が悪いに違いない。


この世界では一部悪魔崇拝の貴族や変態が、クソ不味いのを我慢して、格好をつけて高い金をわざわざ払って美味いと自分に嘘をついて食べるらしい。

頭が悪すぎますわ、とミーナは呆れる。生の稗を食べながら。


この世界は死者の遺品はガラクタでも大切なものとする非合理的な風習があるらしい。ひょっとしたらちょっといい取り引きになるかもしれない。

それを差し引いてもカネを出しそうなのは、どう考えてもビアンキの親だけだろう。ザンパーノは論外だ。

その点、ビアンキの親なら面識は無い。


幸か不幸か、許されざる物との戦いで目も髪も肌の色も変わっている。

婚約破棄された侯爵令嬢のジェルソミーナだと、気付かない希望もある。

ただの学友というにはほんの少し自由すぎる気もしなくはないが、ストリートに馴染みすぎたか被災して服が無くなったと言えばなんとか誤魔化せそうですわね。



ちょっとした物乞い以下の見た目と変わり果てているが、ミーナは強いメンタルで道行く人にビアンキの実家を尋ねて回る。

一応反応はしてくれるが、見る影もなく廃墟同然となった帝都の臣民は、それでもミーナに対して露骨に嫌そうな顔を向けてまた無視をする。


それでもツラの皮を厚くして聞き込みを続ける。それによると、ビアンキの親は平民にしては裕福な貿易商という事だ。主な取引先はブリタニア王国。

ブリタニア王国名物の、ちょっと味覚がある生き物には評判がよろしくないお料理を食べて育つので、陰険な国民性が育まれる。


なにより保守的で身勝手で頑迷な国民性。

神聖ヴァチカニア帝国でポピュラーな数学や理論物理学がマイナーで、教義も古臭いしみんな何だか小賢しいだけで頭自体があまりよろしくない。

地面が丸く無いとか、帝国では幼稚舎ですら太陽との距離を測ったり土星の衛星の考えうる状況を描いたりするのは定番だけど、それでも普通に時代遅れの常識を教義として頑迷に墨守する。

そんな国と交渉するんだから、さぞかし大変だろう。


ミーナは、帝政学園の一般的な生徒のフリをする。

とりあえずは、田舎の下級貴族の次女か何か。

設定的には母方が遠縁の従兄弟にあたる、物理学講師の娘だ。父親の設定だが、下級貴族の末息子となれば扱い的にはそんなもんだろう。

よし、大まかな設定は決まった。後は度胸と愛嬌で乗り切ろう。


「ごめんくださいまし、ごめんくださまし!」

ミーナは比較的被害の少ない事務所のドアを開く。

「ビアンキさんのご自宅はこちらですかしら?」


「なんだこのコジキ女……」

若くてガラの悪い男が胡乱な目を向けてくる。以前のミーナならたじろいでいたかもしれない。

いや絶対にたじろがない。フリをしているつもりだが、ミーナのツラの皮の厚さはほぼ生まれつきのホンモノだ。


まあ、この程度なら何とでもなる。

目付きが助平男のそれに変わったからだ。舐められてる、だからどうとでもできる。

社交界に咲く大輪の華・侯爵令嬢ジェルソミーナにとって男の扱いなぞ造作もない。

「よさねえか、三下風情が」

いきなり下卑た若い男が地面に倒れる。


身なりはいいが悪趣味な出立ちの中年男が後頭部を殴ったのを見た。

こっちは、なかなかやるようだ。なんだか予定通りには行かなかったが、外観は簡素な建物の中に案内される。


中は、悪趣味だが実用的な作りになっている。

なにより迷いやすく、守るは易いが攻めるに難い構造になっている。襲撃するには比較的難易度が高い。


おかしい、カタギの宇宙海兵はこんな面倒な事はしないし、帝国の陣地にしては陰険ではあるが穴だらけだ。

もちろん外宇宙生命体の純粋知性ユニット・オーバーマインドが設計したハイヴに比べれば、アクビが出そうなほど簡単なパズル迷宮だ。

帝国の商人はこんなに悪趣味で幼稚なのかしら? それとも王国と日常的に渡り合ってるせい?


だから貧乏人は賢いつもりで趣味が悪いだけで度し難いのですわ、とミーナは浮浪者以下の風体を棚に上げて若干呆れる。

「お嬢さん、失礼だがその風体、ただ事じゃないね……一体どうなさったね? 力になれるかもしれねえ、教えておくんない」

「ビアンキさんはご存知かしら?」


「テメエ、あいつらの!」

「よさねえか馬鹿野郎! こちらのお嬢さん怖がらせてどうすんだ」

だが目の前の乞食女は全く怖がってなどいない。

ちょっとビビらせるための小芝居も、令嬢過ぎるとまったく通じないのかもしれない、と下品な成金は若干拍子抜けする。


「いえ、お気になさらず」

ミーナは丁寧に答える。

宇宙海兵の中でも札付きの連中とも渡り合い、員数外の物資の調達に関わっていた事もある。なにより侯爵令嬢ジェルソミーナのツラの皮の厚みも元々並大抵ではない。


たとえば海兵は物資の補給が滞りがちな部隊に外宇宙生命体の可食部の情報などを上層部より先回りして売り、存在しない糧食を嵩増しして作り出し利鞘で軍票を稼ぐ。

戦闘生命体の死体から毒物を取り出し加工し、薬物とし後方に送る。

思えば外宇宙でのジェルソミーナ誰かさんも、最初はそんな兵隊やくざの女親分の一人だった。で、海兵自体はそのお得意様だったというわけだ。


最初は女だからと補給部隊に配属されたら、瞬く間に補給基地の影の支配者になっていた。

ああそうか、ミーナは理解する。

ここはヤクザのアジトの可能性がある、と。


女ヤクザから人類の敵になった最後の女がまさか帝国の闇に足を踏み入れるとは、因果なものだ。

まあ、相手がこういう手合いであるならば、いっそやりやすくはある。

「ところでお嬢さん、御用の向きは?」

成金は微かに表情を変えながら、下品な笑顔で言う。

三下は何かを言いたそうにしたが、成金の一瞥で明らかに不満そうな顔で黙る。

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