第11話 気分はもう最低

悪は滅びた。

時間は少し遡り、ミーナはザンパーノが撤退するより前に、自宅前には辿り着いていた。

そしてザンパーノ行動を見ていたのである。


浮浪者より酷い恰好の元侯爵令嬢ジェルソミーナは、侯爵邸の門前に広がるガラス化した土を見て感慨を覚える。

この土に滲みのように広がるガラスは、元はビアンキだったものだ。

どうすれば復活を阻止出来るだろう?

ミーナは考える。

いっそ処分も兼ねて銑鉄の兜とビアンキのガラス、廃材屋に持って行けば売れるのでは? 少なくとも靴とパンツぐらいは買えるんじゃないだろうか。

城と交換する国だってあるだろうオーガキングの面である銑鉄の兜をじっと見る。

とうとうミーナは、神聖ヴァチカニア帝国の秘匿中の秘匿物、銑鉄の兜の効果に全く気がつかなかった。


しかし、あくまもミーナの記憶の中では宇宙海兵隊員として5年も生き残っただけはあり、宇宙海兵隊基地の物資の調達屋に連絡して物々交換や軍票、すなわち軍隊内だけで使える金と交換できるツテなんかがあるのではないかと考えている。


少し前、ミーナですら侯爵邸に到着した時にすでに何もなかった。

自宅前に林立していた首級の旗差物は、ミーナと許されざる物の戦いの余波で、建物ごと何処かに吹き飛んでいる。

もちろんミーナが山のように贈られていたお洋服やドレスなど真っ先になくなっている。


ここまで侯爵家の思い出のよすがになる物が何もないと、むしろ今のほうがミーナの精神的な負荷はまだしも軽かった。

人生の損切りは終わり、見たくないものはおおむね吹き飛ばされているのだ。

この際、思い切りビアンキの残滓の処分に集中ですわ。


ちなみに今はジャガイモの袋の服は爆発で跡形もなく弾け飛んでいる。

代わりに着ているのは帝宮の瓦礫の外れ、軍馬の屍の近くで見つけたのは馬の餌用の稗が入っていた麻袋だった。

中味であった稗は、馬が食べても大丈夫なんだから半分腐ったジャガイモよりはマシでしょう、とネコじゃらしによく似た、麦の出来損ないのような穂先をどんどん口に放り込みながら考える。


雑草の味が口の中に広がるが、食べられなくはない。

ミーナの心にミジメな気持ちが広がる。そもそも、ネコじゃらしという雑草は、この世界でも前の世界でも見たことがある気がしない。

それ以前になんの処理もしてない稗を食べられるのはオークやゴブリンどころか霊長類ですらないが、ミーナを含めて3人ぐらい例外がいる。そういう限りなく雑草に近い穀物だ。


今回も、麻袋だったお洋服は、毎度お馴染みのブリタニア王国製のオートクチュール品ですのよ。首と袖口は例によって鋏で切ったから。

今回のベルトは死んだお馬さんから貰ったくつわ用の紐になったぶん、荒縄よりはお洒落感が増しましてよ?

……ミーナは半分以上ヤケになっている。

どうせだったら馬の肉を取ってきたほうがはるかにマシだが、宇宙海兵隊員にも侯爵令嬢にもその考えは無かった。


それにつけても、さすがは教会の間近で神聖魔力を浴び続けてもピンピンして成長していた、聖女を騙る大悪魔ビアンキ。

いくらパンツを没収して直接尻を触って確認しても、

卵でも産むんじゃないかと眺めても、平手で何回叩いても、その程度で尻尾を出すようなヤツではなかったということだ。


そのぐらい、けしからないイイ尻……いや悪い尻をしていた。と、宇宙海兵の記憶が戻るまでもなく思っていた。

そもそもミーナは、海兵である自分が覚醒する前は男じゃなかったのになんで、という方向に考えが向きそうになるが、やめておく。


思えばミーナも、記憶が無いとはいえよくそんな迂闊なことをしたものだ。

だいいち卵なんて産んだら、すなわちそこは繁殖用の巣窟要塞・すなわちハイヴになったということだ。


宇宙海兵隊員用の対ハイヴ攻略用の重突撃兵装ぐらい無ければ、近隣の生物を盾にしてそれらが喰われたり取り憑かれたりしているうちに逃げるしかない。


宇宙海兵の記憶が断言する。

アレは間違いなく人類世界とは相容れない、外宇宙かもっと厄介な場所由来の生命体に違いない。

宇宙戦艦型生命体・メタシケイダの外殻を切り刻める程度の対ハイヴ強襲兵装である戦略格闘戦の装備ぐらいは最低でも必要だ。


もしくは、なぜこんな世界にあるのか全く分からない、この世界の理りを逸脱した規格外の超兵器・許されざる物アンフォーギブネス

あとは誰にでも公開はされているが、行使できる者が極端に限られるドーンハンマー断罪の光柱をはじめとした対都市破壊魔法ぐらいだ。


今の手持ちは、宇宙海兵隊の対ハイヴ攻略用の戦略携行兵器群と失敬してきた規格外の魔剣・許されざる物アンフォーギブネス

あとは見た目が怖いだけの怒れるオークキングの顔を模した銑鉄の兜に元ビアンキだったガラス片。あとは教養に毛が生えた程度の帝政学園で学んだ五行の魔法だ。

卒業生なら鹿や猪や狐なら倒せるが、年々改良されて神聖教会から最新魔法が発表されてるとはいえ、照準精度や連射性や使いやすさを重視している為か、その程度の威力しかない。

よく使っていたハンドガンのウルトラリスク・スマッシャーはヒグマぐらいならただの血飛沫になるため、狩猟には使えない。


それと、今はあいにく服は無い。

鎧というか宇宙海兵隊制式戦闘装備の強化外骨格もあるが、アレを装着して歩くのは目立ちすぎる。

強化外骨格・ゴライアス装着用のインナーアーマーであるエグゾスケイルメイル・フューリーですら、渦巻く赫に光る全身ピチピチの鱗鎧にしか見えない。

全部外宇宙戦闘用装備を格納するための宇宙海兵隊基地の他次元格納庫に収容されている。真紅の毒蛇の他次元格納庫は、けっきょく大っぴらには開くことができない。


特にゴライアスはただ着て歩くだけで光りまくり、駆動音がうるさ過ぎるのだ。フューリーも音こそはしないものの、やはり目に優しくはない。

それこそ腐ったジャガイモとか家畜用の稗の麻袋を着て歩く方がまだマシだ。

ミーナの方だったら、もっと有用な何かがあるかもしれないのに、残念なことだった。

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