第10話 バラバラに壊れた町娘

帝宮の大爆発の衝撃波は、ただでさえ惨劇の舞台となった侯爵邸をも襲っていた。

正門前でへたり込んでいたビアンキも容赦なく巻き込む。


衝撃波のあとには壊れたビアンキが転がる。

手足がぐしゃぐしゃに潰れ、口からは鮮やかすぎる色の静脈血が、ポンプで汲み出すように間欠的に噴き出されている。

ビアンキはそれでも生きていた。今はまだ。


撤退するザンパーノたちは、侯爵邸前の通りすがりに平民聖女ビアンキを見つける。近付いてみたのは、帝国魔法学園での同級生のよしみだ。今回の仕掛けの起点でもあった。


ビアンキは眼を覆うほど惨い状態ではあるが、頭部だけは無傷に近い。

ザンパーノは無残な町娘のビアンキに近付いてみたが、距離を取って可能な限りの対策を施し、偶然を装い遮蔽物しゃへいぶつに身を潜めてまでいたザンパーノとは違い、未だ息があるのは奇跡に近いと言えるだろう。


「大丈夫かい、ビアンキ!」

どう見ても全く大丈夫ではない変わり果てたビアンキに、声をかけてみる。

「ザンパーノ様……ひどすぎます……」

ビアンキは、息も絶え絶えに応える。ひとこと発するたびに、ビアンキの口から血が飛沫く。


「すべてはキミを思っての婚約破棄だったのに、侯爵家がここまでやるとは思っていなかった。本当にすまない」

ザンパーノは話かけながら、ビアンキの様子を探ってみる。

ついでに、さりげなく部下にも聴こえるようにビアンキに責任をなすり付けてすらみた。ザンパーノの配下たちは、なるほどと得心がいった表情を浮かべて顔を見合わせている。


「わたしは……こんな事は望んでいませんでした……」

うむ、知ってた。

そんな事はどうでもいい、むしろこの致命的な体の状況にも関わらず、ビアンキの口調が少しづつ回復している事が驚きだった。


「僕とて、望んではいなかったよ」

ザンパーノは嘘をつきながら、ビアンキの上体を抱き抱える。驚異的な回復を見せているかもしれないビアンキをじっくりと観察し、後で様々な可能性を考察するためだ。


「やはり殿下は、ビアンキ嬢を……」

ビアンキのかんばせを見つめるザンパーノの姿を見る配下は、漢泣きをこらえる呻きをあげる。

普段なら平民の小娘風情が、と嘲笑いそうなザンパーノの配下達は、

「殿下の想い女が」

「未来の国母だったかもしれない方が」

と涙を流している。


ザンパーノのほうは、そんな部下の思いとは全く別に、疑い始める。

『この女、もしかしたら不死身なのではないか?』

と。


首から上が綺麗なのは、まずはではないかという仮説を立てていた。

ザンパーノはこの期に及んで、感情のない声で益体のない学園の思い出を語りかける。

記憶の有る無しで脳のダメージを推し量ってみたのだ。

結果的にところどころで重要な記憶が丸ごと消えていることを確認した。

が、再生したという結論が出た。

心肺機能も、回復してきている。


「ビアンキ、私も家族を失った。こんな事を言えた義理ではない事は重々承知している。だが言わせてほしい

『私と家族にならないか?』

妻になってくれ」

ザンパーノは、求婚というものをしてみる。

ビアンキを観察する為に、ちょうど片膝をついている。モノはついでだ、刺激を与えてみようと考えたのだ。


しかしビアンキは初めて表情を崩し、ザンパーノに応える。

「ザンパーノ皇子殿下。そのお気持ちだけ、わたしの胸に抱いておきます」

ザンパーノは秒で丁寧にお断りされた。


やはり回復し、思考も明瞭になってきている。

なるほど、どうやら厄介なのは底知れない知性のローザと存在自体が理不尽なジェルソミーナの侯爵令嬢達だけではなかったようだ。


神聖魔力に被曝し続けても平気で成長し、ヒュドラにも等しい回復力を持つ、殺し方が分からない平民聖女ビアンキまで存在するのは思わぬ誤算だ。


「そうか、ビアンキ。とても哀しいよ。いつかまた、紅蓮の百合の彼岸でまた会おう。大儀であった」

ザンパーノは張りのある声で宣言すると、不死の怪物ビアンキの胸に帝国に伝わる宝剣・インペリアラーを深々とを突き立てる。

ザンパーノとしてはギリギリまで粘ったが、これ以上は限界。もうすぐ手足が再生するところだった。


客観的には死にかけの女に振られたからとどめを刺したとしか言いようがないが、配下の将兵や群衆はザンパーノの行動の予測不能ぶりを最大限に好意的に解釈する。

ザンパーノ様は、死にゆく想い女に想いを告げ、死を受け入れた娘ビアンキは自ら彼岸の彼方へと身を引いた。


その覚悟の果てに、ただ。

市井の平民聖女ビアンキは、一輪の紅蓮の百合としてザンパーノ皇子自らに摘みとって欲しいと願ったのだと。

なるほど吟遊詩人の歌にはピッタリの題材だし、そうでも筋立て解釈しなければザンパーノの行動は全く意味が分からない。


「蒼白の炎をもて」

ザンパーノは熱すぎるが故に青白い炎を吹く、軍用の大火力の油を用意させる。

石油の中でも火力が高過ぎて、暖房にも使えない油だ。コレで燃やすとサイクロプスですら骨も燃え残らない。

多くの臣民はその眼で見た。

「皇子は、本気だったんだ」

配下の将兵は溜息を漏らす。


何が本気だったと思ってるのかは全く違うが、少なくともザンパーノは本気でビアンキを消し去ろうとしてはいた。

心臓に神聖ヴァチカニア帝国に伝わる宝剣インペリアラーを突き立てたまま地面に縫い付けているのも、蒼白の炎を惜しみなく使うのも、決して逃さず回復力を上回る勢いで不死の怪物を焼き尽くす為だ。


インペリアラーは本質的に豪華で歴史的価値があるだけの、ただの古い剣だ。異様に頑丈だったのか、今の今まで壊れもせず残ってたぐらいしか価値はない。

巻き添えで壊れても、どうという事はない。

むしろ鋼鉄まで蒸発する温度で燃やせた事を証明できたので、その役割は充分に果たしたと言っていいだろう。

殺し切るのは無理だったとしても、せめて復活までの時間は稼ぎたいところだった。


そしてビアンキがインペリアラー諸共完全に燃え切った事を確認したザンパーノの一団は、帝宮へと足早に向かう。

途中で一団は、ブリタニア王国産の家畜用飼料である低品質のひえを詰める為の麻袋を着た、アルビノの浮浪者の女とすれ違った。

しかし不浄の存在に注目するほど暇がある者は誰もいなかった。

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