第9話 裏切り者ここに慟哭す

ここは神聖教会の墓地。

帝宮を見晴らせる小高い丘陵に積み重なった神聖ヴァチカニア帝国禁軍の亡骸なきがらは、只のひとつも持ち出せなかった。

形見の品ですら鉄片ひとつ持ち出せずに生存者は全軍撤退を余儀なくされた。

皇帝、皇后ですら例外ではなかった。


空と地面を毒々しく覆い尽くす蟲の大群が、ヴァチカニアの小高い丘を覆い尽くし、金属まですべてを食らって何処かに去ったのだ。

ザンパーノが即座に警告した通りだった。

! すべてを捨てて退却せよ。遺品の持ち帰りは許さない」

と、説明を省いて大号令をかけた。撤退の角笛すら、吹いた直後に捨てさせた。

捨てない伝令兵はザンパーノ自身が問答無用で斬り捨てた。

「すまない、おまえの躊躇ちゅうちょで何人も死ぬんだ」

と言いながら。ザンパーノにしては上出来の説明だ。


ザンパーノ麾下きかの騎士たちは敗走しながら声を限りに泣いていた。

父を、兄を。

いずれしいして当主の座を奪い取ってやると無意識の昏い野望を抱いていた、若さゆえに残酷な雛鳥たちが、身も世もないような慟哭の大音声をあげながら、ひたすらに逃げる。父や兄の亡骸が、蟲の大群を足止めしていた。

餌として。


帝宮の地下牢に捕らえていた次世代皇帝の婚約者・ジェルソミーナ元侯爵令嬢の拘禁区画を中心に大爆発を遂げ、姉のローザは直前に逃亡して追っ手を全員抹殺し行方不明になっている。

追っ手諸共蟲の大群に喰われたという目撃証言もあるが、ローザのやる事だから全く信用できない。欺瞞である可能性が大だ。

少なくともザンパーノはそう考えている。


今回の大惨事を、規模は読み切れなかったとしても予見していたとしか思えないザンパーノが、姉ローザに対する懸念を手短に漏らす。


妹ミーナを何らかの形で大爆散させ、帝宮はおろか充分距離を取っていたはずの皇室禁軍本陣まで鏖殺おうさつした。と、誰とはなく決めつけた。

そして今まさに、元侯爵令嬢ローザの操る蟲の大群が、ヴァチカニアの丘を地獄色に染め上げているのだ。

誰もがそう思った。


実質唯一の生き残りの皇族ザンパーノは、正解したのだった。もちろん過程は全く説明がつかない。このままヴァチカニアはザンパーノを中心に挙国一致で強力に糾合していくだろう。

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