第8話 ザンパーノ、屍の山の前にもの思う


結論から述べると、勝った。

皇帝と皇后、双方ともに始末に成功した。

ザンパーノ第一皇子は考える。神聖ヴァチカニア帝国宮殿は観るも無惨な瓦礫の山と化し、その光景が見渡せる範囲で距離がある丘陵きゅうりょうに布陣していた帝国軍は、陣幕や甲冑の内側の人体を挽肉に変えた。

やはり、許されざる物とジェルソミーナの衝突は、ほぼ計算通り膨大な衝撃波を撒き散らした。


ザンパーノは身を起す。

全身が激痛にさいなまれ、左腕は折れたようだ。

起き上がりにくいことこの上ない。

しかし想定の範囲内に充分に収まっている。ザンパーノは思う、神聖教会は偉大なり。

神聖教会とは、不可知論者の信仰の砦だ。。そういう宗教だ。


神聖教会の聖典は数学と理論物理学で記述されていて、なおかつ毎月更新され、あまつさえ万民にことごとく公開されている。

神の実在や愛を信じるインチキ呪い師や白痴の類の異端者は、神聖教会の試験で落とされる。

宗教家を自称し下手なことを言うと、即座に出家したと判断され、聖典理解度偏差値という名のが公開される。

そもそも出家する時、俗名に洗礼名代わりの教会の聖典理解度偏差値が付くのだ。


もし他国の宗教の宣教師や新興宗教家の類が辻説法を始めても、

「ああ聖典理解度偏差値29の馬の骨さん、知能下位5パーセント未満に位置するあなたが何を言ってるのですか? 

まあこのパズルが面白いので遊んでみてください」

……という感じになる。

神聖ヴァチカニア帝国は、国教の神聖教会からしてそういう国家だ。だからザンパーノはコレ衝撃波からの生還を成せた。


しかし、だからこそメモも取れず、計算機すら使えない。見たら理解する者が少しでも居る限りは、暗算で済ませるしかなかった。

なんなら計算機を自作出来なくもないが、どれだけ独自に暗号化しても必ず復元する人間が現れる。

それがそこら辺で鼻水を垂らしている子供がおもちゃ代わりにやってのける可能性すら大いにある。

数学は天下の娯楽であり、理論物理学は世間のニュース。それがヴァチカニア人のモットーだ。


ザンパーノは慰問で訪れた孤児院に贈ったオモチャの中に混ぜていた、検証の為に結構頑張って自作した暗号機が、たった1ヶ月で3人に解析されたことがあった事を思い出す。

仕方がないのでザンパーノ皇子のパズルとして子供向け聖典雑誌の付録にしたのは子供時代の懐かしい思い出だ。

その縁で子供向け聖典雑誌のコラム執筆を依頼されたが、

夏にパズルを自作し、冬の子供向け聖典雑誌の年始号の付録にしている。


この状況自体はそのほろ苦い教訓もあって研鑽けんさんを積んだザンパーノの演算通りにおおむねなった。

それに関しては感慨は特にない。今も、こんな屍の山に埋まりながらも半分ぐらい付録の構想に頭脳のリソースを配分している。


ここは帝宮の見える丘、帝国中枢の屍の真ん中。

本陣にいた皇帝陛下や皇弟、名だたる有力貴族や重臣に至るまでほぼ全滅し、なによりザンパーノまで同じ場所にいた。

まだ歳若く練度が足りず主力とは言えない、ここは父や兄の背中を見せて学ばせたい。

……という謙遜けんそんを盾に丘陵の裏面に配置していた麾下きかの将兵と、綿密な計算通り本陣で通り生き残ったザンパーノ本人と、当然のように本陣に呼び出していた、扱いづらい厄介な直轄部下以外の兵力は、丸ごと温存出来ている。


「皇帝陛下崩御! 陛下が崩御された! 陛下……父上、父上! 母上! !」

生き残った神聖教会の治療術師がザンパーノに駆け寄る。


「このザンパーノが、僕がもっと早く侯爵家の陰謀に気付いてさえいれば……」

叫ぶザンパーノは相変わらず平坦で無機質。

ただ涙を流して見せたのはザンパーノとしては大サービス出来たほうだと言える。ザンパーノとて、のだ。

足元にいくらでもある砂粒を使えば。


しかし涙を流しつつ、神聖教会の治療術師が奇妙な方向に曲がった左腕を懸命に治療しながらも、父母や親族縁者のや腹心の悉くが絶命しても立ち上がり揺るがないその姿は、かろうじて生き残った禁軍の将兵に感動すら与える。


「ザンパーノ様は正しかったのだ……」

帝政学園創立以来最高レベルの皇族は、知能が高すぎるが故にたまに誰にも脈絡が理解できない突拍子もないことをやらかす。

数日も経ていない帝政学園の卒業舞踏会での、侯爵家令嬢ジェルソミーナとの婚約破棄からの侯爵家殲滅こそ、その最たるものだった。


それまでは、あまり賢すぎるのも考えものだ。

考えるのは実務を行う重臣や政治家や学者に任せ、次期皇帝としてドッシリと構えて欲しいという評判が立っていた。そう評していた者は、端的に言って


ザンパーノはなぜ、頭が悪い者にとやかく言われるのか理解は出来なかったが、まあ中途半端に賢しらな愚者はこんなものだろうと思っていた。

だから馬鹿なのだ、哀れな……と珍しくお節介な感想を覚える。

それもザンパーノのような感受性の持ち主にすら屍山血河の惨状がもたらす感傷だろうか。

もっとも、今まで一度も口に出したことはない。すでに口にする意味さえない。みんな死んだ。


いくら知性の推し量れなさでは婚約者ミーナの姉である侯爵家令嬢ローザと比肩し得るとはいえ、あまりにも意味が分からないと、さすがの帝国首脳陣も困惑していたものだ。


しかしながらも、他ならぬザンパーノが強力に無理筋を推したのと、聖賢を教会に送り込み続ける侯爵令嬢姉妹の母方の家系とその精髄ともいえるローザが何かを考えている可能性が、どうしても捨てられなかった。


ちなみに妹のミーナのほうは、女でありながら大の女好きの問題児だった。まあ、が、ザンパーノ皇子の子以外を産む可能性がほぼないという利点の前には、そのぐらいはと大目に見るように言われていた。

瞬時にその事実気付いたのは皇后だった。

自分を見る眼がハゲ散らかした中年のド助平重臣たちと同じだったからだ。


しかし頭の出来はそこそこ程度。

自分は絶対御免被るが、ミーナには適当に美女でも妾でもあてがっておけばいいだろうと皇后は高を括っていた。

学園の平民生徒ビアンキへのは放置しておけとザンパーノにも直接言い含めていたぐらいで、正直帝国首脳部にはバレていたのだ。


自分も半裸になって同性の同級生の尻を叩くいじめプレイなど皇后ですら聞いたことがなかったが、皇后の弟は性別を逆転にすれば大体そんな感じだったので、共感は一ミリも出来ないが納得は出来た。

というか数学モデルを確立した。


下手にミーナを止めると他にるいが及ぶじゃない、平民聖女のビアンキだって満更でもないようだから手出しは無用です、とザンパーノは皇后お手製の最新数学モデルを交えつつハッキリ言われていたのだ。

ミーナやビアンキはどうしようもないとしても、皇后も大した女性だった。

今はもう血袋と化している。


神聖ヴァチカニア帝国の皇帝に至っては、家族の会話で

「良かったな、今のうちから混ぜてもらえ。放置して駆け落ちでもされたらいいツラの皮だからな」

と爆笑しながら言い放ち、皇后に蹴られていただけだった。

今はもう肉塊と化している。


しかしザンパーノは愚かな平民聖女ビアンキの嫉妬を最後の最後で拾い上げ、皇帝は苦虫を口一杯に詰め込まれ食べさせられているかのような渋面を浮かべていた。

女傑の皇后ですらショックで気絶したほどの神聖ヴァチカニア帝国にとっても血腥ちなまぐさ過ぎる茶番劇を仕上げたのだ。

その結果、皇室と帝国中枢と帝国軍の最大戦力である帝国騎士団がほぼ壊滅するという形で、正解だったと証明されたと言っていいだろう。


ザンパーノは思う。

皇帝は常時高速で励起させている力学的演算を剣の予測に応用することで剣技に秀でた男前だ……という以外の素顔はだったから、我が息子は無条件でいた。

だからこんなものだった。

むしろそれ以外は考えもついていなかった。


しかし未来予測のシミュレーションで理論物理学的に女の勘を証明してのけた皇后ですら、ザンパーノというを読み切れていなかったのだ。

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