第7話 咲き誇るは紅蓮の百合、未だ微睡む真紅の毒蛇

帝宮地下の牢獄は、老兵に見える無名の兵士許されざる者と侯爵令嬢ジェルソミーナに見える無名の宇宙海兵隊員真紅の毒蛇が巻き起こす剣風と弾丸の嵐が吹き荒れる。


本来なら重量しか観測不能な、不可思議な暗黒物質を鍛造した魔剣・許されざる物アンフォーギブネスの不可視の軌道をかわしたジェルソミーナの背後に触れた石壁は為す術なくえぐれさり、掠めるだけで絶命するウルトラリスク・スマッシャーの弾丸は許されざる物の剣技によって掻き消される。


その紅蓮の百合と真紅の毒蛇による一進一退の攻防は、そのまま人類と外宇宙生命体の全存亡を賭けた光芒こうぼうを模した剣の舞とも言える。

剣が今捉えたはずのこの場にあった重い兜が掻き消え、ナイフが剣筋の内側に切り込まれる。

暗黒物質の剣身は、外宇宙生命体の装甲を切り裂く刄をいなす。


銑鉄の兜に頭陀袋の女と、着崩れた兵装の初老の男。その一挙手一投足が悉く相手の動きを読みあう殺戮さつりくのチェスゲームだ。

ただ、全く互角に見える両者にはひとつ、違う点があった。兵士は帝宮の巻き込みを避けようと刹那せつな逡巡しゅんじゅんを重ね、どこまでも生き汚い宇宙海兵のドクトリンを遵守するミーナは全く躊躇ちゅうちょしない。


そして荒れ狂う剣風と爆発の中、帝宮の半分が瓦礫がれきと化した頃。

ついに対宇宙戦艦用の戦略格闘ナイフメタシケイダ・バイブソーは、上位の外宇宙生命体でも葬るカクテル弾丸の影を縫いつつ兵士許されざる物の胸に吸い込まれた。

心臓は崩れ去り、兵士は石床に膝をつく。


「どうやら勝者は真紅の毒蛇、ジェルソミーナ侯爵令嬢の皮を被った怪物……そして俺は紅蓮の百合を咲かせた兵士。もう行かなければならない」

「いや、アンタは真紅の毒蛇・宇宙海兵に挑んだ兵士だ。赫い白雪姫に比肩する強者だ」

「そうか、俺は強かったか。俺が知らないとやらに匹敵したか」

「もちろんだ。許されざる兵士


「お前こそ侯爵家のイモ野郎、俺の娘婿にして未だ産まれぬ自慢の孫の父に勝るとも劣らない戦士だ……宇宙海兵と言ったか? そんなに強いのか、宇宙海兵とやらは」

「一番生き汚かっただけだ」

「執念の差か……侯爵家に奉職ほうしょくしていたイモ息子を手にかけたのは俺だ。

あんな田舎臭いツラなのに、互角に戦えたのは俺だけだった。見事な紅蓮の百合だったよ……でも、生涯最高の戦いは誰にも誇れなかった」


「生きながら死ぬのは辛いな」

「なに、永くは苦しまずに済んださ。未だ生まれぬ子にダサいツラを拝ませてやれないオヤジとジジイ、どっちも似たもの同士だ」

「おまえらの子はきっと立派な紅蓮の百合となるだろう」

「そんなくだらないモンよりは、宿屋のオヤジか女将にでもなって欲しいもんだ。よっぽど上等だ」


「……その通りだな」

「そんなアンタを苦しませた、赫い白雪姫のほうのジェルソミーナってのは、いったいどんなヤツだったんだ?」

許されざる兵士はジェルソミーナに手を伸ばす。

ジェルソミーナは、手にしたメタシケイダ・バイブソーを銑鉄の兜にカツンと打ち付ける。兜はただの兜ではない。帝国の敵を抹殺する為に封印する、物理的にも最高に近い硬度を誇る。それが人中に該当するオーガキングの顔面中心の溶接部に沿って、真っ二つに綺麗に割れ落ちる。

「こんなヤツだ」

銑鉄の兜の内側は、元のジェルソミーナとは変わらない。金髪碧眼紅顔は……ただ雪白の肌に、銀の髪、赫い瞳へと変貌していった。


「……なるほど、な。道理で吸血鬼より厄介なはずだ」

許されざる兵士の灰色の瞳孔は拡散し、その全身は光と衝撃波に転換される。

こうして兵士は紅蓮の百合の彼岸へと旅立った。

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