第6話 それはいじめとは別の何かなのでは?

燃え盛る帝都ヴァチカニアの侯爵邸に林立する無数の首級の林。

そして、平民聖女ビアンキは途方に暮れる。


いや途方に暮れるで済む問題ではない。

せいぜい意地悪なミーナ様が婚約でも破棄されて、ギャフンと言わせられればそれで充分だった。

修道院にでも放り込まれればいいんだ、そしたらいつか神聖教会の近所で育ったわたしが顎で使ってやるんだから。

自分も修道院送りになってもいい、今度は復讐するは我にあり! えいえいおー!


そしたらあの憎たらしい我がままなお胸を毎日思うさまに揉んだり顔を挟んだり丸出しにしたり吸ったりしてや……いや、具体的な事はともかくわたしのお尻にされたことを仕返ししてやれれば最高だった。

つまり、ビアンキに対するミーナからのいじめの実態はそういう事だった。


町娘のビアンキいじめだと思って侯爵令嬢ジェルソミーナのご機嫌取りに付き合ったら、すぐにプレイだと気付いた令嬢たちは即座に2人からザ・グッバイした。

一般的に考えて、なぜいじめる方まで半裸にならなければならないのか? 

スカートの中に手を入れるところから始まるやつは、どう考えてもいじめとは言わないのではないか?

もっと業が深い何かだ。


ただでさえあんな世界に巻き込まれるのは御免こうむるのだ。

将来に向けて、性癖が歪みまくるのだ。

貴族夫人の最大の責務である子作りに、悪影響が出る可能性しか思い浮かばない。

ミーナのお姉様で卒業生であるローザ様を含めた3人以外の女生徒全員が、何より自分自身の教育に最悪だと思っていた。


そして、卒業舞踏会の告発である。

どもりながらも始まるミーナによるビアンキへのいじめの告発は、誰がどう見ても大人向け官能小説の独演朗読会であり、あまりにも変な倒れかたをしているミーナを除いて、しょうもなくも大規模なドロドロの痴話喧嘩ちわげんかだった。


どう要約しても、学園生活中に尻をいいようにもてあそばれてムラムラして仕方がないのでザンパーノ皇子殿下は婚約破棄してミーナ様をのだ。

ビアンキ自体はムカムカと言ったつもりだったが、2回も言っては言い訳も無理だった。

聴衆すべてが笑ってはいけない拷問にかけられているような緊張感に包まれている。


ミーナがヒロインの恋愛小説に、まさかの超弩級百合展開が登場してしまうことを、薄々知っていたこの場に紛れる小説の筆者は覚悟していた。

このままでは男まで買うようになってしまうじゃないかと陰ながら憤慨する。


なにより、この告発の下準備をすべて担当したはずの婚約者ザンパーノ皇子殿下が完全に蚊帳の外なところが、またいい味を出している。

そりゃ事前に察知したローザ姉様も逃げ出すわ、と女生徒は全員が呆れ返り、男子生徒は股間を押さえている滑稽な風景が広がった。

ようするに、


ただし、この世代の貴族子弟の一生を代表する下世話なジョークの定番になるはずの茶番劇の間、ザンパーノ皇子殿下の表情だけは一切変わらなかった。

そして美々しい礼装に身を包んだ騎士が足速に会場に歩み込んできたとき、稀代の茶番劇は稀代の大惨劇へと変化したのだった。


「ことほど左様に、ビアンキ嬢に対する侯爵家令嬢ジェルソミーナの非道の数々は、国家の根幹を揺るがす絶対的な悪逆である。

よって侯爵家の一族に対し、神聖ヴァチカニア帝国と神聖教会の名において一分の隙もない断固たる鉄鎚を下すものとする」

ザンパーノは抑揚のない無機質な声で宣言した。



『……え? そこまでやるの? まさかね』

卒業舞踏会に参加している誰もがそう思う。

いやいや、ザンパーノ皇子殿下もこうまでやらかされれば、流石に文句ぐらいは言いたいだろう。婚約破棄もやむなしだ。

けど、平民聖女ビアンキと侯爵令嬢ジェルソミーナ、両方とも修道院にブチ込んで終わるだろう。

豚肉とソーセージと、たまに出てくる頭がどうかしてる国家元首が三大名物のゲルマン民国との国境最前線の北部と、ワイン用ブドウしか栽培できない群島。

縦に長い神聖ヴァチカニア帝国の南北最果ての修道院に、それぞれ一生幽閉が現実的な落としどころだ。


それでもキツい。でも地雷は見えた。

ザンパーノ殿下に姉妹を紹介する絶好の機会だが、しょうもない貴族とかイケメン舞踏家みたいなの相手に調子に乗ってロマンスとかやらかすと普通に死刑になるから注意しろと事前に言い含めなければ、と男性貴族たちは思った。

女性はジャイアントキリングの大チャンス到来ではあるものの、思いがけずに垣間見えた皇子殿下の苛烈な嫉妬深さにちょっと引きながら損得を勘定する。


あまりの無理筋・無機質ぶりに、ザンパーノ皇子殿下のタチの悪い意趣返しだと、生徒の大半は未だに思っていた。


……だが侯爵家への攻撃は実行された。


そんな一昨日から続く侯爵家にまつわる惨劇の果てに今、ヴァチカニアが誇る帝国宮殿の基部が爆発し、宮殿の半分は瓦礫の山と化した。


程なくザンパーノが指揮する小高く離れた丘陵に布陣した帝国軍別働隊にまで衝撃波が届き、身を屈めて口を開いて備えたザンパーノ以外の軍の大半は内臓が破裂し吐血後絶命した。


この侯爵家との内戦そのものの攻撃に内心辟易していた父である皇帝も、である皇后も即座に絶命している。

狂ってはいるが、神聖ヴァチカニアが誇る第一皇子ザンパーノはのだ。

説明が出来ないのに正解だけを導き出す者、人はそれを最悪の狂人と呼ぶ。

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