第5話 紅蓮の百合と真紅の毒蛇

神聖ヴァチカニア帝国宮殿の地下牢にて。


曲がりなりにも比較的優秀な成績で帝政学園を卒業した侯爵令嬢ジェルソミーナの肉体には、爆発的に火水木金土の五行と光闇時空引斥のが次元の壁を越えて渦巻く。

もともと銑鉄の兜は五行の魔法の力を封じるために秘匿ひとくされていた、神聖ヴァチカニア帝国と神聖教会が存在自体を秘匿してきた神と伝説の時代の呪いの品。

帝国の敵を抹殺する為の銑鉄の兜は魔王ですらその莫大にして強力無比な五行の魔力を完全に防ぐ。

しかし防がれた五行の代わりに、行き場を失った力の奔流で、神ですら知らぬ六目の摂理が目覚めた。正しくは、追加で目覚めた。


その我儘わがまま悪役令嬢の頭脳には、六目を利用する為の異界の知識がほとばしる。

ミーナの精神に、誕生よりはるかに古い星々の彼方ほどに旧くて遠い記憶がよみがえる。


星々の彼方で、信じられないほどに美しくも醜い、さまざまなきらめきを見た。それを思い出していた。



五行六目の力が、元々という隠されたアイデンティティ自己同一性として微睡まどろんでいた侯爵令嬢ジェルソミーナのシンプルな頭脳に、在りうべからざる反逆の意思となって迸る。

わたくしに、俺に、我に、吾輩に、妾に、そして僕をアタシを踏みつけ否定するのは誰だ!

ミーナと、決して交わらないと思われた魂と記憶が融合していく。


地下牢の一室はミーナを中心に、宇宙開闢かいびゃく終焉しゅうえんを同時に再現したかのような、有り得ない様相を示していた。

「……やはり、神聖教会に聖賢せいけんを続々と送り込む母方の血は伊達じゃないな」

兵士はつぶやく。


「アンタは誰だ」

ミーナはうなる。

「貴様こそ何者だ! 言ってみろジェルソミーナ嬢のふりをした何か!」

「わたくしは……俺は、真紅の毒蛇として生き延び、ただ戦って死ぬためにだけ産まれるものだ。しかし、この侯爵令嬢ジェルソミーナでもそれ以外の何かでもある」

そのためだけに産まれたはずだ。本当にそうだったか?


思わないではないが、今はそれ以外のすべてが邪魔だ。この兵士……は絶対に只者ではない。

「そうか、私と同じだな。ただ紅蓮の百合を咲かせるだけの為にだけ産まれる者だ……だが私はもう違う」



兵士は抜刀し、雰囲気は完全に変わる。

「私は一輪の紅蓮の百合である以前に、妻の夫であり、娘の父である。

そして娘に宿る命の祖父だ! 

ただ帝政学園の同級生をいじめたというだけで婚約者である侯爵家一族を、一人残らず根切りまでせんとするザンパーノ皇子殿下の意図が今こそハッキリと分かった!」

そして抜き出した剣は、神聖教会最奥部から採掘された、暗黒物質を鍛造して出来上がった、有り得てはいけない、アンフォーギブネス。


もはや侯爵令嬢ジェルソミーナかどうか怪しい何かもまた変わる。

「俺も思い出した、大雑把なのは勘弁願う。

俺はであり、一尾のうごめく真紅の毒蛇である。

それ以前に、宇宙の果てで人類でありながら人類の敵と成り果てたあかい白雪姫ほふりし者だ!」


ミーナの手には、

大口径銃ウルトラリスク・スマッシャー

コンバットナイフのメタシケイダ・バイブソー

ミーナにより虚空からつかみ出された。


魔法のようで魔法ではないかもしれない六目の力により取り出された物。

それらは、ここではないどこか・今ではない、いつか存在させた宇宙海兵用の格納庫に収納してある。

出し入れは、魔法が認識されていない異世界由来の技術で行われているため、そもそも魔法に依存していない。


片や掠るだけで外宇宙を単独飛翔しうる昆虫型戦闘生命体を即死させる悪趣味な色彩の

方やトリガーを引けば大音声を立てつつ2枚のノコギリ刄が振動し、遠未来の宇宙戦艦型生命体の外殻に穴をこじ開ける、エネルギー系ナイフの光核プラズマトーチ以上に危険なだ。


この世界で現在最も剣呑な紅蓮の百合と真紅の毒蛇は、互いに規格外の得物を手に交錯する。

宇宙空間で直接恒星の光を被曝するような殺意と、神聖教会最下層に秘匿された悪魔の迷宮の最奥のごとき死の気配が、ただの帝宮の地下牢のごとき脆弱な場所で盛大に衝突し、神聖ヴァチカニア帝国宮殿の基礎部は砂糖菓子のように爆発した。

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