第4話 鬼瓦のかんばせ

銑鉄の兜に擦り切れたブリタニアのジャガイモの麻袋という、想像すらしたことがないいでたちのミーナは、兵士に質問を投げかける。

「わたくしは何故このような襤褸ぼろ……いえそれ以前になぜこの脱げない兜を被せられているのでしょうか?」


「俺には分からない。たぶん自害防止のためだと思っていたが……考えてみたら首から下はほぼ無防備だ。腰に巻いた荒縄あらなわを使えば簡単に自害もできるだろう。

それに、自分では気づいていないと思うが……見てみるといい」

兵士は薄汚れた水で満たされた木桶を差しよこす。


濁り気味の水鏡に映り込んだジェルソミーナの頭部をすっぽりと覆う兜、その顔は息を呑むほど恐ろしく、だった。

お寺で間近で鬼瓦を見た事を思い出した。…… そもそも鬼瓦なんていうものを展示している場所に、いつ何故行く事になった? のか?


「ち、父上や母上も、このようなはずかしめを受けているのでしょうか……」

ミーナは声を振るわせ、手にした執事の首級くびを置く。

「それはない。言いにくいが、なんでも答えると言った手前ハッキリ言う。侯爵家に所縁のある者で、生きて捕まったのはアンタだけだよ」


「え?! それはどういう意味なのですか?」

「俺の義理の息子のような、もうすぐクビになる筈だった下っ端の下っ端ですら紅蓮の百合を咲かせる羽目になった。

宿屋のオヤジになる為に生まれてきたようなイモ臭い義理の息子は、兵士として紅蓮の百合を咲かせて、逝ったよ。

自分の娘だか息子だかにだらしねえダサいツラを見せて、笑ったり泣いたりさせることも出来ずにだ!

……侯爵家の中心的人物で、首級を挙げられてないのは侯爵令嬢ジェルソミーナとその姉上の侯爵令嬢ローザだけだよ」


「そ、そんな……」

「ローザ嬢に至っては、行方不明だ。目撃者の話では、追っ手ともどもむしの大群に喰われたという噂だ」

衝撃の目撃談だった。

ミーナの中で深く眠り、いま起きたばかりの真紅の毒蛇という自己認識のかけらは、記憶を取り戻しつつゆっくりと思考を巡らせる。たしかに普通の生命体なら、それは食われたことを意味しているだろう。

……しかしと前提を変えてみたらどうなるか?

身体を無数の蟲に分散させ、追っ手を捕食しながら逃亡するのは、真紅の毒蛇に言わせれば外宇宙生命体の高位存在の特徴である。

ただ、大量の蟲に喰われて消えたように見えるだけだ。


「ローザ姉様が!」

人間じゃなかった! 最後に見たローザを思い出す。どっちが? ミーナか毒蛇か。

『回収に行くから』

と言った最後のローザの言葉と顔からは、緊張感がみなぎっていた気がする。あの蝶と蜂は、ローザに何かを伝えていたのかもしれない。

外宇宙生命体なのに、なぜ人間である自分を助けるのか?

「なんのなぐさめにもならないかもしれないが、侯爵邸の門前に首級を晒されていないだけ、アンタの姉上は幸せだったのかもしれないぜ」

兵士は一瞬で20歳も老け込んだような貌で空虚に笑う。

ミーナもわらう。

しかし銑鉄の兜で頭部が完全に覆われているためニュアンスは伝わっていない。


「それは……どういうことですの?」

ミーナはビクリと肩を震わせる。これはミーナの反応だろう。

「質問に質問で答える無礼は許して欲しい。一体なぜここにあるのが、あの気のいい侯爵家の執事さんのものなのか、分からないか?」


銑鉄の兜から、再び赫い涙が溢れる。

兵士は改めて声を正して伝える。

「執事さんのだ。ザンパーノ皇子の伝言を一字一句間違い無く伝えるぞ。

『いくらミーナでも、獄中で話し相手が居ないのはよね』

だとよ」

ミーナは歌う獣のように、声を限りに叫んだ。それはもはや人間の言葉になどなっていなかった。

『……ところが、ここに居るんだよなぁ』

断片から宇宙海兵の記憶をまとめ上げた真紅の毒蛇は、心で毒づきながら鎌首をもたげた。

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