第3話 塩漬けの奇妙な果実を抱き締めて

「……実際ちょっと驚いた。嬢ちゃんにも流れるあかい涙があるとはな」

物言わぬ執事の塩ふく首級を胸に抱き締め、侯爵令嬢ジェルソミーナは銑鉄の兜から血涙を流し続ける。

この真紅の毒蛇にも、流れる赫い涙があることに感じ入る部分もある。


幼い頃から我がままを言い続け、苦労ばかりかけた。

そのたびに、困ったような微笑みを浮かべてミーナの我が儘を聞くだけは聴いてくれた。

優しすぎて、星の海を征く海兵の選別はおろか市井しせいですら到底生きられないタイプの男だった……そういえば、海兵ってなんだ? ……俺だ! それも……宇宙海兵隊員?

いったい何故、こんな目に。


「別に何かを聞き出せって訳じゃないんだ、嫌なら何も言わなくて構わない」

半分腐ったジャガイモの毒酒を呷りながら、くたびれた兵士は話しかける。


「やれやれ参ったな、帝国の毒婦・侯爵令嬢ジェルソミーナがこんな普通の娘さんだなんて、まったく聞いてなかったぞ。これじゃウチの娘と大差ないじゃないかってんだ。まったく」

兵士は途方に暮れ、バリバリと首筋をく。


「もちろんアンタほどの別嬪べっぴんでもなければ、しつけだって行き届いちゃいない。叱れば不貞腐れるし、まだ嫁にも行ってないのに腹には俺の孫まで居る……本当にどうしようもないやつだ」

くたびれた兵士は本当に疲れた表情にかおを曇らせる。

「娘さんが?」

ジェルソミーナは反応する。父である侯爵を思い浮かべたからだった。


「ザンパーノ皇子殿下がついに年貢の納めどきを迎えたって話だったから、この際俺らの隊でもヤキを入れて年貢を納めさせようって話になってた。

俺の孫の父親とやらに。

それがこの騒ぎで、その野郎はトンヅラを決め込みやがったんだ」


「お婿さんが?」

「……ああ。帝都に駐屯する、どうしようもないイモ野郎だったが、一代限りの準男爵の三男坊の兵士だった。

一応不名誉除隊だがザンパーノ皇子殿下の御結婚で恩赦が出て、退職金を頂いてイモの故郷の侯爵領で俺の娘と宿屋でもやらせる手筈になってた。

向こうの隊長とも、軽めの鉄拳制裁でスッカリ話はまとまってたんだ。兵站に異動になって、ここしばらくは得物と言えばほうきと菜切り包丁ぐらいしか握ってなかったようなヤツだよ。

まあ、独立や再就職前提の左遷のあとで手荒めのお祝いってヤツでカタにめて追い出しっていう、兵士にはよくある話だ」

「そのお話が、なくなったと……」

「そうだな。イモ野郎の義理の息子も、スカした向こうの隊長も、みんな咲かせなくていい紅蓮の百合を咲かせて逝っちまった。この話をまとめてた、その執事さんも一緒にな」

兵士は、瓶の口でミーナが抱く奇妙な果実を指し示した。


「俺はどうしても一言、帝国の毒婦に言ってやりたかった。

一人の赤ん坊を、はどうだってな……でも、この話は侯爵令嬢ジェルソミーナさまの手には余る話、つまりそういうことか」

ジャガイモの酒瓶を地面に置き、兵士は深く溜息をつきながら言う。


「さて、アンタが聞いてくれた俺の話は、これで終わりだ。

ここからはアンタの話だ。もし言いたいことや聞きたい事ならば、なんでも聞いてくれ。知ってることはなんでも答えるぜ。

近いうちに紅蓮の百合の花を咲かせて鉄華の彼岸の向こうに行くアンタには、弁護士なんて気の利いたヤツは呼んでやれないが、こんなくたびれたオッサンの知ってることぐらいは知る権利があるだろうさ」

兵士の目には、深い絶望が宿っていた。

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