第2話 地下牢に独り咲く紅蓮の百合

目が覚めると、底冷えする石造りの地下牢の床に転がっていた。

妙にさえぎられている視界から覗くのは、荒縄で縛った貫頭衣かんとうい。貨物用に使っていた麻袋がり切れ古びたので、腕と頭と脚が出せるようにはさみで切れ目を入れたものだろう。

ブリタニア王国農業公社、ジャガイモ(醸造用)という刻印がわざわざ入っている。

こんな服を着ている人間は見たことがない。河原に捨てられた浮浪者の遺体でも、もう少しはマトモな服を着ている……までは思い出せないが。


やけに視界が狭い貌に恐る恐る手を触れる。

……金属の仮面、いや貌まで覆う兜が被せられている。手触りからして最低級の屑鉄くずてつである銑鉄せんてつ。しかも継ぎ目らしき顔の真ん中部分はわざわざ溶接されている。もちろん、手触りだけで銑鉄だと分かる理由のほうはハッキリしない。


鉄格子もなく永久に光が差すこともない牢の前に、帝国の軍装をこれ以上ないほどヨレヨレに着崩した番兵がフラフラと怪しい足取りで歩み寄る。

ミーナがいま着ている麻袋の元の中身であろう、ブリタニアのジャガイモ製の醸造酒じょうぞうしゅを飲みながら。


「……なあ、嬢ちゃん。いったい侯爵家はどんな大それた事をやらかしたんだ?」

「お答えしかねます。当家の顧問弁護士を要求致します」

くたびれた兵士は最低の臭い安酒を呑む。

「……うー、まずい。はらわたが腐りそうだ」

「腐ったジャガイモには毒があります。死にたくなければおやめなさい」

「はは、そうだな。そのうち死ぬな」

そう言ってまた緩慢かんまんな毒酒をあおる。

「親切な嬢ちゃんに、皇子殿下からプレゼントだそうだよ。ほら、開けてみな」

兵士は投げようとし、思い直して直接重い麻袋を手渡した。

麻袋には、『』が入っていた。

「嬢ちゃん、いや侯爵令嬢ジェルソミーナ、

襤褸ぼろまとい外せない銑鉄の兜の隙間から、深紅の雫が溢れる。地下牢の石床に一輪、小さな紅蓮ぐれんの百合がひっそりと咲いた。

最初の一輪だが、最後の一輪ではない。これから世界に咲き誇る、紅蓮の百合の楽園の始まりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る