決行前日
皇国軍は村の外れにテントを張っている。
万が一にも旅人が入り込まない様に、そして中から脱走者が出ない様に『結界術』のスキル持ちに24時間警戒させているのだ。
コルク村は通常、旅人は寄り付かないような街と街を繋ぐ道から外れた村である。
だからこそ道の混雑は少なく迅速に移動できるという利点がある。
フィランジェット商会はそこに目を付けて、この村を通る流通経路を開拓しようとしたのだが、そのせいでこんなトラブルに巻き込まれてしまったのだ。
「ほら、今日の分の狩りの分け前だ」
俺はフィアと取りに行った獣の肉を、皇国兵に手渡す。
「ご苦労。ふん、下等な連邦国の文明でも獣を狩る事くらいはできるようだな。ほら、さっさと行ったらどうだ? あまり長居すると脱走者と判断するぞ」
皇国兵は、俺から受け取った肉を調理担当に投げ渡すと、嫌味ったらしく手を振る。
皇国の人間が全員こうだと思いたくはないが、少なくとも俺が出会った皇国兵は全員こんな態度を取ってくる。
こいつらと出会ってから、ジョンの故郷がどんな場所だったのか、少しだけ想像できるようになった。
そしてジョンに同情するよ。
奴隷のような扱いと言っていたし、もっと露骨に嫌な態度を取られていたんだろうな。
「おい、いい加減にしないと本当にひっ捕らえるぞ!」
「ああ悪い。すぐに離れるよ」
村から街道に延びる道を眺めていると、皇国兵に怒られた。
適当に返事をして踵を返すと、去り際にちょっとした悪口が聞こえた。
何とでも言うと良い。
お前ら程度に何を言われようが、俺は気にしない。
すぐにこの村は解放されるんだからな。
この村に飯を食べられる場所は1つ。
宿屋の1階、飯屋だけだ。
そしてそこは勿論村人が経営していて、昨日の一件で俺達への印象はそこまで良くない。
「はい、おじさん。それじゃあソリティアさん達のご飯、私が運ぶね」
しかしそれも、俺達と店主の間にクリエが入る事によって円滑に生活が送れていた。
クリエはあの日から俺達の世話を主に焼いてくれている。
必要な食料品や生活用品といった物資を、村人達から受け取り、時に渋る村人を説得し、俺達が快適な環境を整えられるように手伝いをしている。
あって数日の俺達にそこまで尽くしてくれるのは、マリーやプラムやソリティアが仲良くしていたからもあるだろうが、それ以上にクリエの根の良さのおかげだろう。
クリエの横に並んで、一緒に配膳する。
小さな女の子が1人で全員分の食事の乗ったトレーを運ぶのは、台車を使っても不可能だ。
だから俺だったりマリーだったり、アルベルトが配膳を手伝うのも、ここ数日で習慣になってきていた。
「はい皆、今日の昼ごはんだよ。こっちのお肉はフィアとヒトゥリお兄さんが取ってきたお肉だね! 美味しそうなお肉ありがとう、ヒトゥリお兄さん!」
食事を配りながら、俺に笑いかけてくる。
お世辞も言えるなんて。
うーん、本当にいい子だ。
「それで山の様子はどうでした?」
「山……? ああ、いつも通りだよ。獣がいて、目があった。緊張した空気だ」
席に着くなり、ソリティアに話しかけられた。
内容は山とだけ言っているが、聞いているのは山についてくる監視の事だ。
俺はそれにいつも通りだと返した。
「そうですか。こちらもいつも通り慌ただしい様子です。嫌な予感がしますので、準備をしておいてくださいね」
準備……ついに連邦軍に救援を求めに行くのか。
しかし監視はどうするんだ。
「目はアルベルトに任せて下さい。山に入る前に処理します」
「アルベルトに?」
「これでも執事ですから。雑事の処理は慣れています」
ソリティアの席の近くに佇むアルベルトに目を向けると、微笑を浮かべ応える。
ああ、そういえば前々職は暗殺者だったか。
気付かれない様に監視を殺すくらいは簡単か。
「そうか、明日も日暮れまでには帰る。フィアにも伝えないとな……」
しかし、何といった物か。
あいつには計画の事を伝えていない。
狩人の経験からか、監視の存在は知っているようだが。
「そうだ、フィア君といえば様子はどうなの? 貴方はフィア君が何かに挑もうとしているって言ってたけど、それが何かは分かったの?」
「ああ、そういえば皇国軍やらで忙しくて話してなかったな。フィアはあの山で――」
と、マリーから聞かれたのでタイタンベアへの復讐の事を話そうとして思いとどまる。
この場にはクリエがいる。
フィアの両親がタイタンベアに殺された事は知っているとして、フィアが命を危険に晒してまで、あのタイタンベアを狩ろうとしている事は知っているのだろうか。
知らないとしたら、それは俺が伝えるべき事柄じゃない。
クリエの方に視線を向けると、その丸く純粋な目もこちらを向いていた。
少しの間クリエは俺の方を見ていたが、おもむろに口を開いた。
「知ってるよ。フィアはあの大きな熊を倒そうとしているんでしょ」
「どういう事なのよ? 大きな熊って何の事?」
「ああ、それは……」
俺は疑問を抱くマリー達に全てを話した。
フィアの境遇と、特製のバリスタを使ってタイタンベアを狩ろうとしている事を。
話を終えると、真っ先にプラムの情動が弾けた。
「そんなのってないよ! 魔物よりも強い獣だなんて、そんなのにあんな小さな子が挑むなんておかしいよ! 大人の冒険者だって、魔物に負けて傷付いて帰ってくる事もあるんだよ!? 酷い時は帰ってこない事だって! フィア君を止めないと……」
プラムは冒険者ギルドの受付だ。
新米や、調子の乗った中堅が力量の合わない依頼を受けて、悲惨な目に遭うのを何度も見ている。
きっと冒険に出掛けて帰ってこない人を見送った経験は、この中の誰よりも多い。
以前ダンジョンの中で悪党の3人がレイオンに殺されたのを覚えているだろうか。
その時もさして大事にはならなかった。
素行が悪く、俺達に毒を盛ったという証言があったのもあるだろうが、それ以上にこの世界の冒険者が命を落とすのは当たり前のことだからだ。
あの時も3人の死の報せで表情を動かしていたのは、プラムだけだった。
悪党といえど、いつも顔を合わせていた人間だ。
その苦痛を、プラムはこれまでに何度も経験し、理解している。
だからプラムは必死になってフィアを諭そうとしている。
だが、それは必ずしも正しいとは言えない。
「やめて!」
ダン、と机を叩く音がする。
小さな子供の両腕が、控えめだが抑えられない衝動を、机を通して伝わらせる。
「フィアは死なないの! 絶対にあの熊を倒して帰ってくる! そしたら……そしたら前みたいに笑ってくれるはずだもん!」
「クリエちゃん!」
クリエとプラムが宿を飛び出す。
涙と風がその場に散った。
「うーん、この村もそこまで安全ではないし、私がついて行くわ。貴方達はここで作戦について話をしておいて」
2人の後を追ってマリーも、ゆっくりと宿の出口へ向かっていく。
残された俺達と言えば、ただ無言でしまった扉を見つめるだけだった。
「ソリティア様、場所を変えた方がよろしいかと」
散らかった食事を片付けながら、アルベルトがソリティアに進言する。
確かに今の騒ぎで昼食を食べに来た村人の注目を集めてしまった。
厨房からは宿屋の主人が覗きに来ているほどだ。
「そうね。私の部屋に行きましょう。あそこなら話を聞かれる心配も要らないわ」
ソリティアについて部屋に行く。
アルベルトがいつの間にか用意していた茶が机に置かれ、俺達は席に着き話し始めた。
「それじゃあ、明日決行するんだな? 村の方は大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫です。村長に協力してもらって、フルードとの対談の場を設けました。こちらから向かって話をする事になりますが、村への監視の目はいつもより薄くなるでしょう」
「分かった。俺達についてくる監視はアルベルトがどうにかしてくれるんだよな?」
そう言うと、アルベルトが恭しく一礼をした。
「お任せを。後顧の憂いなく処理して見せましょう。山へ向かう途中の道で、獣の仕業に見えるよう、処理いたしますので、そこからはご自由に行動してください」
「アルベルトがそう言うのなら安心だな」
スラム街で見せたアルベルトの動きを思い返しながら、頷く。
あの動きは人間の中でも、かなりの上位に位置する。
何よりアルベルトの暗器なら、人間1人を獣に見せかけて殺すくらい訳ないだろう。
「で、俺はその後すぐに連邦軍に合流する。俺の全力なら、昼前には向こうに着ける。軍が来るには時間が掛かるだろうから、俺1人で帰る」
「帰還できたら、魔道具でマリーさんに連絡をしてください。そうすれば私達はフルードとの対談を終え、村長の家に戻ります。明朝に軍が到着するまでに、村人達に情報を伝達。順次、山の中に作った避難所に向かわせます。ルートはここ何日かの動きを見て、夜間警備が存在しない道を見つけたので、それを使いましょう」
やはり連邦軍が到着するまでが肝心だな。
数十人の村人を夜中に移動させるのは、どうしても目立つ。
最悪見つかった時に、全てをうやむやにする覚悟をしておかないとな……。
俺がこの村を離れている間は、マリーがどうにかしてくれるだろうし、よほどの事がない限りは村人達の命に係わる出来事は起きないだろう。
「あ、そういえば積み荷はどうするんだ? あれを失ったら今回の全てが水の泡だろ」
「それは心配いりませんわ。すでに積み荷は避難済みです。夜間の移動が本当に安全か、検証するために村人を積み荷で代用しましたので」
村人を積み荷でか。
まあ大きいし目立つし、代わりになると言えばなるのかな。
安全が確認できているのなら、俺も安心してこの計画に臨める。
フィアやクリエ、ここ数日で俺はこの村の人達を知り過ぎた。
見殺しにできなかったり、行く末が気になる程度には。
「クリエは大丈夫だろうか……」
思わず思考が言葉として出ていた。
「大丈夫ですわ。なんと言っても私の妹が付いているんですから。あの子は優しくて、人の気持ちを和らげられる子です」
気休めなのか、本気でそう思っているのか、澄ました顔でソリティアはそう言い放つ。
アルベルトも、後ろで頷いているし。
「ただ優しすぎるのがあの子の欠点でもあるわね。あの子、ここを離れる時に泣かないといいけど」
「そうですね」
2人は優しく笑う。
計画について話していた時とは、全く別の表情で。
……家族か。
この村の村長は息子達を戦争で亡くし、憤り。
フィアも家族のために仇を討とうとしている。
目の前の2人は、優しい妹を誇りに思い案じている。
その気持ちは、前世でも今世でも、理解できないな。
だが。
「ああ、そうだな」
俺は表情を作り、それだけ返した。
理解できないなりに、その場を受け流す方法は知っている物だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます