超弩級
助けを求めるための作戦を決めたが、それから数日間、俺に好機は訪れなかった。
というのも、皇国兵の奴らは山に入る時に俺達に監視をつけたのだ。
監視を撒いて山を出ようにも、そうしたら残されたフィアがどんな目に遭わされるか。
そもそも、フィアは俺が何をしようとしているのかも知らないし。
だから俺達は何も企んでいないかのように、狩りを続けるしかなかった。
そんなわけで、俺は今日もフィアと待ち合わせて山に登る。
もはや慣れてしまった早朝に起きて、宿を出てフィアの家に向かう。
静かな村の中に足裏の砂の擦れる音を鳴らしながら到着すると、フィアは既に今日の狩りと仕掛けの準備を進めていた。
「すまない、遅れたか?」
「大丈夫。これ、運んで」
フィアの指した先には建材の様な木製の何かのパーツが落ちている。
これはフィアが考えた、あのタイタンベアに対する秘密兵器の一部だ。
フィアが数年かけて設計し、木材を切り出し、削り作り上げた。
俺がする手伝い、というのはこれをあの山の頂に運ぶ事だった。
俺はフィアの望み通りにそれを山頂に運び、指示された場所にはめ込むように下ろす。
木の擦れる音と共に、俺の下したパーツは噛み合う。
パーツを押さえたままの俺の足元にフィアが潜り込み、パーツとパーツをロープで補強していく。
しばらくしてフィアが立ち上がり、俺に親指を立てる。
そっとパーツから手を離すが、それは揺れる事もなくそこに鎮座していた。
一仕事を終えてため息をついて、それから離れて全貌を見る。
それは両翼と長い尾を持っていた。
両翼を繋げるように1本の長い弦が貼られ、尾に引かれた溝に弦の中間が通されている。
そして全体を支える様に下に伸びた2本の脚は、地面に埋め込まれた台座によって固定されている。
つまり一言で表すのなら、それはバリスタだった。
1つ異常な箇所を挙げるのならば、巨大なバリスタの体が、成人男性が4人並んだのと同じ大きさがある事だろう。
強靭な毛皮を持つ、タイタンベアを殺すにはこの大きさのバリスタが必要だというのが、フィアの意見だった。
タイタンベアのまっすぐに突進してくる個性を逆手に取り、おびき寄せた正面から脳天をぶち抜く。
フィアの考えた作戦は単純だったが、俺にも非力なフィアがタイタンベアを殺す方法はこれしか思いつかなかった。
巨大なあいつが出られない大きさの落とし穴や、動きを止められる罠を作るのは不可能に近いだろうからな。
「運ばなきゃいけないパーツも、これで最後か……」
「うん。ぼくはすぐにでもやるよ。皇国の兵士なんて知るもんか。もうすぐ父さん達の仇が取れるんだ。僕がやるんだ。僕が……」
完成したバリスタの最後の点検をしながらぶつぶつと呟くフィアは、何かに憑りつかれているようだった。
それは一点だけに集中し、無心に計画を進める、復讐者の顔そのものだった。
俺は最初にフィアを見た時、何かに挑んでいる気がすると考えた。
しかし今は違う。
どちらかと言えば、行方不明になった聖を探していた俺と同じ――執着だ。
そんな奴が目標を見失えば、どうなるかは身を持って体験している。
「フィア。お前、タイタンベアを狩ったらどうするつもりだ?」
「……今はそんな事考えてる余裕はないよ」
「そんな事? 重要な事だろ。お前はこれから両親の仇を討ちに行くんだ。いわば過去の清算だ。山の掟を守る為というのも立派な動機だろうが、お前の一番の望みは自分から両親を奪った、あの忌々しい熊に罪を償わせる事だろう?」
フィアは作業の手を止め、俺を見る。
「そうだよ。でもだから何さ。もしかして、仇を取るために獣を狩るのが駄目だなんて言うの?」
「そうじゃない。タイタンベアを仕留めた後、何をしたいかと聞いてるんだ。今まで復讐のために、どれだけの時間と情熱を注いだ? どれだけの事を我慢してきた。復讐以外でお前がやりたい事はなんだ」
俺の問いに少し俯いて、それからフィアは作業に戻った。
山頂は静かだ。
餌も何もないここには、タイタンベアも来ない。
俺達はそれから黙って作業をした。
フィアはバリスタの点検を行い、最後に俺に矢の装填を頼んだ。
用意された矢は4本。
現実的に考えて、使えるのは2本。
力を貸すなとフィアには強く言われた。
『魔工』も他の何も俺は力を付与しなかった。
これはフィアの戦いだからだ。
それから罠に掛かった獲物を回収しつつ、山を下った。
途中罠に掛かった獲物をタイタンベアが喰っていた。
ここ数日で、タイタンベアはあそこに行けば食いやすい獲物がいると、学習している。
それも俺達の仕掛けの1つだと気づかずに。
「ヒトゥリさん!」
罠を仕掛け直した後、村に戻る道でフィアは俺を呼び留めた。
はっきりと俺の顔を見て、緊張しているのか獣耳をピンと立てている。
「……ぼくはヒトゥリさんの言ってる事がよく分からない。ようやく仇が取れそうなのに、なんで復讐が終わった後の話をするのか」
そうだろうな。
何かを成し遂げたり、途中で挫折した時の空虚な気持ちは、経験しないと分からない。
小さな子供が理解できるとも思わない。
「でも、ヒトゥリさんがそう言うなら考えてみるよ。たぶん……ぼくに必要な事なんでしょ?」
フィアの眼は純粋だった。
信用、信頼。
ドラゴンに生れたせいか、どうもこの世界ではそんな目を向けられる事が多かった。
それでもその信頼は俺の力に向けられる物だと、どこか冷めた気持ちだった。
しかし、この眼が向かう先は違った。
俺自身、俺に向けられた信頼だ。
「そうか。それは良かった。今日、皇国軍に渡す分は俺が持っていくよ。皆の分は頼んだぞ」
どこか気恥ずかしく、俺はそれだけ答えて、その場を立ち去った。
フィア、俺はこの村でお前に会えてよかった。
お前の復讐が終わる姿を見れば、俺は救われるだろう。
心の底からそう思うよ。
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