錬金術師の実力
「『
「そのジャンプは甘いぞ」
隙を見て跳び上がり、重量を活かした一撃を喰らわせようとしたが、いともたやすくステップでかわされてしまう。
着地と同時にセルティミアの大槍が俺を穿つため放たれた。
「『
俺はグレイブの切っ先を大槍に合わせて防ぐ。
かん高い金属音が鳴り、衝撃により俺は後ろに弾き飛ばされる。
戦闘訓練は昼過ぎまで続いた。
そして恐ろしい事にヒューマン最高スペックを誇る俺が、ほとんど手も足も出ないままにやられていた。
まあいいけどね。
俺がやりたいのはスキルの活用や小技であって、戦闘での無双じゃないし。
「よし、ここらでやめておこう。戦闘での基本の動きや攻撃への対処は教えた。後はスキルや魔法の力を使えばいい」
「あ、ありがとうございました……」
傷を負った体を壁に預ける。
刃にはガードを被せてあるとはいえ、重量のある武器で打ちのめされるのは痛い。
だが、この訓練で合理的な動き方の基本は身に付いた。
教えてもらった戦闘技術とスキルや魔法を合わせればレイオンにも勝てるだろうか。
……無理な気がする。
限界まで高められた身体スペック自体は同等だが、セルティミアと同じ様に俺以上に戦い慣れている。
その上、あの『極小聖域』というスキルが厄介だ。怪我を治すし、身体能力が高まるという作用付き。
今持ってるスキルであの【聖域】を突破できる破壊力を出すには、どうすればいいか。
「ところでなぜヒトゥリ殿は技の名前をいちいち叫ぶのだ。何か意味があるのか?」
「えっ。名前、叫ばないのか?」
「うむ、魔法使いは連携のために魔法の名前を叫ぶそうだが。吾輩は叫ばない。例えば、相手を上空に打ち上げ貫く技は『パニッシュメントフォーザナイト』と称されるが、技の名前は言わなかっただろう? 相手に何をするのか知らせる戦術的な意味がないのでな」
「そ、そうなのかぁ。意味ね。俺も特には……ないかな」
意味がない。
そうだよな、意味はないよな。
でもロマンなんだぜ……。
そんな意味不明な事が言えるはずもなく、俺は愛想笑いで誤魔化すしかなかった。
「あ、あの! 次は私と戦ってもらえない?」
そんな俺を見かねたマリーが助け舟を出してくれた。
広間の中央まで歩き、セルティミアの前に立つ。
「旅に出る前に私がどれだけ戦えるのかヒトゥリにも見せておきたいの。肝心のヒトゥリは貴女にやられて疲れ切ってるし、代わりに相手をしてほしいのよ」
「それは構わないが、錬金術師だというのにマリー殿も戦えるのか?」
「直接戦うのは久しぶりだけどね。あ、魔法と魔道具を使わせてもらうわよ。体術は苦手だから」
「いいだろう。力加減はするが、手は抜かない。いくぞ!」
俺の時と同じ様にセルティミアが先手を打つ。
大槍を地に水平に構え突進する。
マリーの体格ではあの突進に対処はできないだろう。
体術も使えないと言っていたし、一体どんな魔法で対処する気なのか。
「『連鎖錬金・泥化』」
マリーが床につま先で触れる。
俺もセルティミアも彼女の動きを訝しんだが、変化はすぐに起こった。
「うわっ、滑る! これは、泥か?」
突進していたセルティミアの足元の床が泥と化し、速度を奪っていく。
「これが私の錬金術、地続きなら直接触れていなくても物質を変化させられる。まあもちろん直接触れた方が、変化の速度も精度も上だけどね。こんな風に」
何らかの魔道具を使ったのか、マリーの姿が消失しセルティミアの背後に移動していた。
そして足元に注意を取られているセルティミアの鎧に触れた。
「『錬金術・分解』……こっちの方が錬金術の基本よ。さっきのは応用ね」
マリーの触れた部分から、鎧がボロボロと崩れセルティミアの体から剥がれ落ちていく。
これでセルティミアの守りは消えた。
まあ、それでも俺の本気の拳に耐える頑強な肉体を持っているんだが。
「わ、吾輩の鎧がッ! 何という事を!」
「安心して、ちゃんと後で直すから。それにまだ私の錬金術は全然見せられてないし、続けるわよ」
「くっ、だが近づいたのは失敗だったな。この距離なら確実に当てられるぞ!」
振り向きざまにセルティミアの大槍がマリーの側頭部を狙う。
だが、その動きは当たる直前に止まってしまった。
一瞬、寸止めかと思ったが違うようだ。
「これは……床から鎖が伸びている、のか?」
「その通り、錬金術の基本のもう1つ。『錬金術・合成』で崩れた鎧と、泥に変化した床を繋ぎ合わせて鎖にしたのよ」
金属と石で作った鎖か。
だが甘いな。
床から伸び、槍と腕に絡みつく鎖をセルティミアの腕が引き延ばす。
金属の悲鳴をこれでもかと上げさせながら、渾身の力を籠めるセルティミアに、やがて鎖は限界を迎えた。
「この程度で吾輩は止められん! 騎士の膂力を舐めるなッ!」
鎖を引き千切った勢いそのままに、セルティミアは大槍をマリーに突き出す。
泥と化していた床も、鎖に変化させたせいで消えている。
不安定ながらもしっかりとした踏み込みの元で繰り出された大槍は、風切り音を伴ってマリーを貫ぬいた……って。
「えっ。殺した?」
「あっ、いや、吾輩そんな強く刺したつもりは……。大丈夫かマリー殿! 今すぐ医者を!」
「大丈夫、それは泥で作ったダミーよ」
どこからか声が発せられた直後、セルティミアの大槍に貫かれていたマリーが崩れ、泥と化す。
そして泥は大槍を覆い、まとわりつく。
完全に大槍を覆った泥は柔らかいゴム質の物質に変化し、セルティミアの大槍は完全に無力化されていた。
「……これでは武器にならんな」
セルティミアは大槍を地に置き降参の意を示した。
「これで終りね。用意していた策が上手くいって良かったわ」
マリーはセルティミアの背後に立っていた。
そして、セルティミアに触れると崩れていた鎧が修復され、大槍に触れると付着していたゴムが外れていく。
そればかりか、つま先で床を蹴るだけで床に空いた穴すら埋まっていく。
俺達はあまりの力に言葉を失っていた。
「これが……錬金術か、凄まじいな。その年でここまで技を極めているとは恐れ入った」
「ええ、だって何びゃ……何年も研究を続けていたのよ。錬金術の秘奥の1つや2つは極められたわ」
セルティミアからの賞賛を受け、マリーは得意気に話す。
俺もマリーの錬金術は、あのゴーレムを作ったりするような工学的な技術だと思っていたから、驚いた。
俺が苦戦したセルティミアを、ああも簡単に無力化できるとは。
「もしかしてマリーって俺より強いのか?」
「さあ、どうでしょうね。少なくとも貴方相手でも策を立てられれば負ける気はしないわ」
戦うか、とでも言いたげなマリーの視線に首を振って答える。
「やめておこう。今は疲れてるし、腹が減った。戦う気分じゃない」
「残念ね。貴方相手なら多少毒を使っても問題なさそうだったのに」
こいつはやっぱり俺の事を実験対象として見てるんだな。
効きづらいとはいえ、体に悪そうな物を自分から摂取する趣味はない。
「それなら、食事にしよう。お詫びが武器と戦闘訓練だけでは、礼を失する。どうか食べていってほしい」
大槍や鎧を外し、召使い達に片づけさせてから、セルティミアが言った。
普段はこういった招待は受けるタイプじゃないが、なにしろ腹が減っている。
マリーを見ると、彼女もどうやら賛成のようだ。
「それじゃあお言葉に甘えて、ぜひごちそうになろうか」
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