騎士団長の家

 唐突だが、自分より上の立場の偉い人間に、家に来てくれと言われて素直に行く奴がいるだろうか。

 いないだろう?

 普通に考えて行きたくない……じゃなかった。

 遠慮していかないだろう。

 俺もそうだし、だから居留守を使い続けた。


「使者を送っても中々宿に居ないと報告が来た。なので吾輩が迎えに来たのだ」


 そうしたら騎士団長が直々に俺を誘いに来た。

 俺の泊っている宿屋の、部屋の前まで。

 高級とはいえ、あくまで一般市民の泊る宿屋に、高貴なセルティミアは浮いていた。


「あー、あのー……最近色々忙しかったから」


「そうか、それなら時間の空いている時に来れたようだな。今日は仕事はないのだろう?」


 セルティミアはそう言って窓の外の馬車を指す。

 下に馬車まで待機させて、このまま家に招待する気満々のようだ。

 

 さて、どうやって誘いをかわすかな。俺が思いつくのは4択だ。

1. 体調不良を装う

2. ありもしない用事を作り出す

3. 素直に行きたくないと伝える

4. 俺の想像していない何かが起きて偶然この場から逃げられる


 1はちょっと気が引けるが、俺の得意技だ。前世でもこの技を使って幾度となく面倒な誘いを断ってきた実績がある。

 2は思いつかない。仕事があると言えればいいが、既に陽が昇り切っている時間帯だ。休みでない、大抵の冒険者や市民は仕事に出ている。不自然だ。

 3は論外。権力者にそんな事言って目をつけられるのは嫌だ。シャルロは俺の事を信用したと言っていたが、実際にはまだ街中での監視は解かれていないし、これ以上悪印象を与える様な振る舞いはしたくない。

 4は検討に値せず。


 ここはやはり信頼性の高い1だろう。

 そうと決まれば早速実行だ。


「申し訳ないが、今は体調が――」


「あれ、ヒトゥリ。誰か来てる?」


 俺の後ろからひょっこりと顔を出したのはマリーだ。

 あまりの出来事に存在を忘れかけていたが、そういえば一緒の部屋に泊まっているんだった。

 俺はドラゴンで、マリーはフレッシュゴーレム。

 種族が違うし、向こうは俺を実験対象と思っていて、俺は900歳超えてるのは守備範囲外という事で、資金の節約で同じ部屋にしていた。


 そうだこいつを言い訳にできないだろうか。

 街の案内だとか手続きとかで。

 いざセルティミアにマリーを紹介しようと、マリーを引っ張り出す。

 しかしセルティミアは、引っ張り出されたマリーを見て顔を赤くして叫んだ。


「男女が宿で一夜を共に……ま、まさかヒトゥリ殿、シャルロがいながら他の女性にも手を!」


「違うわ! というかシャルロとの関係は前に否定したし、こいつともそういう仲じゃない!」


 危ねえ!

 こいつまた勘違いしかけやがった!

 しかもシャルロの事もまだ勘違いしてたのか。

 口調も祖父の真似をしていると言っていたし、本性が恋愛脳なのかもしれないぞ、この女。


「なんだ、痴話喧嘩かァ?」「こんな昼間からお盛んだな」


 セルティミアは止められたが、周囲の誤解は止められなかった。

 宿屋の他の部屋に泊まっている二日酔いの冒険者達が、わらわらと廊下に出てこようとする。

 ああ、しょうがないか。


「分かった。招待を受ける。だから、早く行こう。下へ降りるんだ。早く!」


 マリーの手を引き、セルティミアの背中を押し階段を降りさせる。

 なぜだろう。

 行かない言い訳を考えていたのに、なぜか自発的に馬車に乗り込もうとしている。


「結局誰なのよ。この人?」


「それも後で説明する!」


 噂話好きな人間達の視線に見送られながら、俺達は逃げるように宿屋を出た。

 マリーとセルティミアを馬車に押し込み、数分。

 俺はやっと双方に事情を説明できた。


「へえー、この人がこの国の騎士団の団長か。テロリストと間違えられるなんて、貴方の旅も色々面白いのね」


「本意じゃない。それに面白がっているが、お前もこれからはトラブルに巻き込まれる側になるんだぞ」


 まるで他人事のように笑うマリーに釘を刺す。

 それでも何が面白いのか、笑い続ける彼女を見て俺は呆れて馬車の外を眺める。

 あ、あの店俺の作った魔道具を売ってる。


「その節は本当に申し訳なかった。ところでマリー殿も事情がおありのようだが、何か困った事があったら吾輩を頼ると良いぞ。ヒトゥリ殿の友人ならば信頼し、力を貸そうとも」


「ええ、セルティミアさん。気遣ってくれてありがとう。でも今はヒトゥリの旅についてくから困り事はなさそうね。閉じこもって研究をするわけではないのだから、パトロンは必要ないわ」


 セルティミアや他の人達にもマリーが錬金術師だと伝えてある。

 当初は隠そうとしたのだが、マリーが伝えた方が素材の収集がやりやすいと自分から暴露していったのだ。

 この時代の錬金術師とは次元が違う、と自称する彼女が、能力の高さで出自に興味を持たれなければいいのだが。


 それから2人は他愛もない話をしていた。

 中でもマリーが地下に籠ってから流行り出した、創造神を崇める【ラプサル教】は、マリーの興味を惹いたようだ。

 それは、マリーが地上で生きていた時代には帝国が作り上げた【帝国八神教】以外には、宗教がなかったせいだろう。

 それだけ当時の帝国が強い力を持っていたという事だが、それも今は皇国に名前を変えた国で信仰されているだけだ。


「さあ、御主人様方、館に着きましたよ」


 馬車に乗って数分。

 ぶっきらぼうな御者の声に背を押され馬車から降りて、フィランジェット家の館よりも数倍大きい館に入る。

 そして通されたのは、広い道場か体育館のような広間だった。


「ここは一体何だ? 応接室に通されると思ってたんだが」


 セルティミアは黙って広間の奥に行き、武器棚から大きな槍を取る。

 そして召使が5人で1つの大きな薙刀を持ってきて俺に渡す。

 俺が今まで持っていた薙刀よりも重く、彫刻や鉱石による華美な装飾が施されている。


「なあ、これは何なんだ。どういうつもりだ?」


 セルティミアは俺の正面に立つ。

 視線は俺の全体を満遍なく移り、戦闘態勢だという雰囲気がひしひしと伝わる。


「これが吾輩からのお詫びだ。財宝でも良いかと思ったのだが、冒険者であり旅人の貴公には武具と技が良かろう。貴公の武器は薙刀――グレイブだと聞いている」


「そう言う事か」


 これは実戦形式の訓練だ。

 渡された薙刀は俺にくれるのだろう。

 自分で作った薙刀よりも、バランスが良くて遥かに扱いやすい。


「行くぞ」


 地を蹴る爆音と共にセルティミアの咆哮が轟く。

 石の床が抉れ、大槍が迫り来る。

 今回は魔法もスキルも使わない。これはあくまで基礎技術の向上のための訓練だ。

 

 グレイブは重く受け流しには向いていない。しかしセルティミアの腕力は強く、防ぐのは得策でない。

 ならば取れる方法は1つ。

 バックステップだ。

 巨大な槍が俺の眼前を通り過ぎ、床を破壊し埋まる。

 それを好機と見て近寄った俺を見て、セルティミアが嗤う。


「かわしたか。それで良いのだ。その武器は恐らく今まで貴公が使った武器とは違う。重く、一撃で相手の鎧ごと骨肉を砕けるだろう。その重さを活かせ! このように!」


 大槍が跳ね上がった。

 一体どういった技術を使ったのか分からないが、大槍が俺の体を巻き上げ、打ち上げる。

 

「重量の働く向きを上へ導いてやったのだ。そうすれば、どんな重い武器だろうと少年が扱う枝の様に動かせる」


 空中から落ちる俺に向かって大槍が突き出される。

 この技は前回戦った時にも使われたな。

 その時は魔法で緊急回避したが、今回は使わないと決めている。


「なら、こうだ!」


 俺はかわそうとして、大槍にグレイブを当てた。

 だが、それは失敗だった。

 衝撃がグレイブを伝わり、指を、腕を、肩を痺れさせる。

 弾かれた俺は運よく大槍に貫かれなかったが、その代わりに手痛い叱りを受ける事になった。

 

「ヒトゥリ殿、垂直では駄目なのだ。かわせぬ攻撃を受けるのならば、横にも縦にも角度をつけろ。円を描いて受け流せ」


 説教と共に武器を拾う様に指示された。

 俺は黙って指示に従った。

 

 魔法とスキルさえ使えれば、ドラゴン形態にさえなれば勝てるのに……。

 そう考えながらも、俺はセルティミアと訓練を続けた。

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