権は剣よりも強し
「注文の南大陸フルーツ盛り合わせ、お待ち!」
「ありがとう。ここに置いてくれ」
ガチャンと皿がテーブルの中央に乱雑に置かれ、上に載っている新鮮な果物が震える。
ギルド併設の酒場は騒々しく、そのサービスも乱雑だ。
だが、こういう所だからこそ話をするのには丁度良い。
「食文化も発展したものね。私が地上にいた頃にこんな食材なかったもの」
そう言って港町から送られた果物をつまんでは口に運ぶのは、つい昨晩旅の仲間になったマリー・アステラ・マグナスだったか、そんな名前の錬金術師。
俺達は昨日の内に王都を出るはずが、どういう訳か未だこの街に滞在している。
それは、俺の商売相手のソリティア・フィランジェットのおかげだった。
「あ、店員さん! この魚の木の実フライを下さるかしら?」
毒を受けたジョンを休ませるために、ギルドの受付プラムに3人組の裏切りやレイオンとの戦闘について必要ない所を削って話した。
するとプラムはすぐさま姉に連絡を取り、気付けば俺はまたフィランジェット家の館行きの馬車に揺られていた。
到着した頃にはすでにソリティアとシャルロが茶を飲み俺達を待っていた。
そこで俺はあの3人組が例の商会幹部が獄中より臨時で雇った殺し屋だったと知らされ、未だソリティアと彼らとの争いが終わっていないと悟った。
ソリティアが亡き者にされれば商会に残っている幹部派の連中が、釈放の手続きをしてくれる。
裁判を待つ身の幹部の男は、もはやなりふり構わず俺達を直接的に殺しに来ているのだった。
「それとライチョウのクリーム煮を」
そんな理由があって、ソリティアはまだ俺にやってもらいたい事があるらしく、この街への滞在を要求した。
見返りはレイオンが俺に襲わないように手配する……だそうだ。
半信半疑ながらも逃亡生活よりも、街での生活を望む俺は承諾して、その成果を確認するためにここにいるという訳だ。
「おい、あれって【絢爛たる血の聖団】のメンバーじゃね!? 全員揃ってるぜ!」
周囲のざわめきに振り返ると、異彩を放つ4人がこちらに向かってきている。
といって、俺に用があるのは1人で、その他はやる気のない付き添いのようだが。
「貴様ッ!」
正面に立ち、あからさまに向けられる敵意。
その主は俺を殺さんばかりに睨み付け、憤怒の形相を向けている。
「レイオン・ドラゴンブレイカー……」
机の下で拳を硬く握る。
ソリティアの話では俺を襲わないらしいが、この敵意を向けられれば、念の為そうせざるを得ない。
休まず食事をしていたマリーでさえ、魔力を研ぎ澄ませているのを感じる。
「レイオン、ダメよ。行きましょう」
隣に立っていたフレイアがレイオンに耳打ちする。
聞こえない程度に舌打ちをしたレイオンが、敵意を抑え踵を返す。
「依頼を終わらせに行くぞ。こんな魔物臭い所に居られるか」
そう吐き捨て、勢揃いしたパーティーメンバーを連れギルドから出て行く。
どうやったのか分からないが、本当にレイオンは俺を攻撃しなかった。
ソリティアに感謝だな。
後に残された俺達は奇異の瞳で見られることになったが、戦闘にならなかっただけマシか?
「ソリティアって子は貴族的ね。権力の行使に躊躇がないわ。私とは大違い」
「お前も貴族だったのか?」
「そうよ。私が錬金術ばかりやっていたせいで、実家とは繋がりが薄かったけど」
「そうか」
貴族っていう風には見えないんだよな。
俺が知ってる貴族はソリティアぐらいだけど、もう少し上に立つ者としての気品があるし。
待てよ? プラムと同じ家を継がない立場だと考えればいいのか。
自由に生きてる感じが似ている。
「よう! 何だか面倒な奴に目をつけられたみたいだな」
そう言って肩に手を置く男は誰だと振り向くと、ジョンが立っていた。
いつもの剣に革鎧のスタイル、また依頼に出ようとしているのか。
昨日死にかけたというのにタフな男だ。
「ジョンか、そういうお前は随分元気だな。まだ体力は戻ってないだろうに」
「なに、俺は体の丈夫さが売りでやってるんでね。……それにユリヤにまた会うために頑張らねえとな」
自分に言い聞かせる様な小さい声は俺にはしっかりと聞こえた。
これまでのジョンはどこか人生を諦めた人間特有の楽観があった。
前世の俺も似たような物だった。
将来へのビジョンがハッキリしないまま、その日をただ生きるだけ。
それが、この男は本来の目的を取り返した。
心の中だが尊敬するよ。
だがジョンはそんな俺の敬意の眼差しに気付かず、マリーに話しかける。
「お嬢ちゃんも元気になってよかった! ダンジョンの外なんかで何をしていたのか知らないが、まあこいつはいい奴だ。安心してしばらく面倒見てもらうといいぜ!」
「はい、ご迷惑をお掛けしました。ありがとうございます。ジョンさんも元気になられたようで安心しました」
ジョンはマリーの返答を受けて、しばらく固まり。
そして俺に耳打ちする。
「おい! ヒトゥリ、この娘は俺の見立てだとどっかの偉い貴族の令嬢だ。間違っても手出すなよ!」
ジョンはマリーの事を、ダンジョンの外で偶然行き倒れていた貴族の少女だと思っているらしい。
まあダンジョンの近くにいたのは確かだし、元貴族の少女だし間違ってはいない。
この間違いは俺が、マリーの素性についてソリティア達にぼかして伝えたせいだ。
「この娘はダンジョンの近くで拾った。何か事情があるようだから詳しくは効かないでやってほしい」と。
そう言ってもソリティアやシャルロは素性を探ろうとしていたが、しっかりとした受け答えやこの国では見ないマナーや上品さから、皇国からの亡命者だと結論付けたらしい。
晴れて俺と同じで、この国にいる限りはシャルロからの監視を受ける事になった。
ちなみに、マリーの身分証他必要な物は全てフィランジェット商会が一晩で用意してくれました。
組織の力ってすごい。
「ああ、そうだな。その心配は絶対にないから安心してくれ」
なにしろ俺にとっては厄介な旅の仲間で、あちらは俺を研究素材の採取元としか考えていないのだから。
「そ、そうか。お前はもっと年上が好みか。……じゃあ俺は行ってくるぜ!」
何やら勘違いをされた気もするが、手を上げギルドの外へ出るジョンにこちらも手を上げて見送る。
ふと、マリーの方を見るとジョンが出て行った方向を見ていた。
「どうした。あいつが気になるのか?」
マリーはおっさん趣味かと思い聞く。
「うん、思ったよりも回復が早かったから。栄養ドリンクの効果が高かったのか、あの人が特殊な体質かスキル持ちか。ああ、研究所で体を調べておけばよかったわ!」
違ったか。
ダンジョンで実験を繰り返していたようだが、薬効については検証不足なのかもしれない。
『
……待てよ。
「そういえば『
俺の問いにマリーは食事の手を止め持参した布で口を拭う。
食事を楽しみ笑顔になっていた表情が一転して真剣な顔になる。
「私には前世の記憶なんてないわ。生まれてからこれまで、ずっと混じり気のない純粋なマリーよ。『
個人か全体か?
あからさまに全体の方が知識量の面で得だという気もするが。
偶然か、それとも俺達が望んだ物によって出た違いなのか。
だとすると俺は一体何時からって、ちょっと待て。
「その言い方だと俺が自分の事を真中独の転生体だと思い込んでいるだけみたいだ。本当の俺はヒトゥリで、真中独はまだあの地球で社畜をしていて、この前世からのアイデンティティは全部ただのスキルだっていうのか?」
俺の質問にマリーは小首をかしげつつ答えた。
「さあ、それは哲学的な質問ね。自我や自己認識が記憶に依っていたとして、なら客観的な個人を定義するのは何か。スキルは魂に刻まれる技術だという説もあるけど、だとするなら貴方はきっと魂の底から真中独なんでしょう?」
煙に巻くような物言いだ。
哲学は嫌いじゃないが、日常の自分の体験について持ちだされると混乱するばかりだ。
「……つまりどういう事だ?」
「少なくとも貴方自身が自分をヒトゥリだと認識しているのなら、その通りに振舞えばいいのよ!」
それなら分かりやすい。
少なくとも、今俺はドラゴンのヒトゥリであり、かつ生まれてから死ぬまでの真中独の記憶を持っている。
真中独だと思い込んだドラゴンなのか、それとも真中独本人なのかは大した問題じゃない……という事だろう。多分。
こんな問答を通して1つマリーへの理解が深まった。
それはマリーが俺よりも頭が良いという事実だ。
マリーが俺の旅へ参入して、良い方向へ向かうか分からない。
しかし、きっと俺の迂闊な判断を諫めてくれる事だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます