開戦事由

 お互い戦闘訓練の後で身だしなみを整えるべきだという事で、俺達はそれぞれ部屋を借りて集合するまで少し時間を空けていた。

 言われていた時間の少し前に、やる事がなかったので食堂の近くに寄ってみる。

 

 館の長い廊下には多くの調度品があるが、その中でも目を引く絵画が1点あった。

 髭を蓄えた熊耳を持った獣人の老人が手を組んでいる人物画だ。

 よほど特徴的だったのか、眼光が異様に鋭く描かれていて、これが誇張なのかそれとも写実的に描いたのか分からない。

 

「気になるか? それは吾輩の祖父だ。威厳ある方だろう」


 声に釣られ振り向くと、美しい刺繍の施されたドレスに着替たセルティミアが立っていた。

 なんというか……体格と気品が合わさってすごい強いと思った。

 彼女は絵画をの前まで来ると、描かれた老人と目を合わせ尊敬のまなざしを向ける。


「祖父は私の憧れだ。勇ましく、義に篤く、そして何より強かった。そうだ、私の使っていた『パニッシュメントフォーザナイト』を作ったのも祖父なんだ! 面白い逸話があるが聞くか?」


「ああ、聞かせてくれ」


 一人称が私になる程、興奮したセルティミアは聞けと言わんばかりに俺を見つめる。

 短く答えると、よほど語りたかったのだろう、セルティミアは饒舌に素早く語り始めた。


「ある時、王都の近くで蛮族が村を作り、近くの街道を通る馬車を襲うようになった。王はすぐさま蛮族を制圧する騎士を募ったんだ。名乗りを上げたのは祖父の友人だった。彼は蛮族の村へ向かったが、しかしその友人は勇敢だが力が足りなかったのだろう。蛮族に倒され、その死体は街道に串刺しにされ晒された。それを知った祖父は怒り、単身蛮族の村へ馬を走らせ、1人残らず串刺しにして同じ目に合わせた。その時の悔しさと友への弔いの為に作ったのが『パニッシュメントフォーザナイト』だ。あの技は友のための裁きの技なのだ」


 セルティミアは語り終えると、どうだ凄いだろうと言わんばかりに俺を見る。

 これが価値観の相違か。

 俺には暗くて後ろ向きな気持ちになる話だったが、セルティミアにとっては英雄譚らしい。


「あー……その御祖父さんは友人想いの方だったんだな」


「ああ、その通りだ! 他にもこんな話があってだな!」


 セルティミアは目を輝かせ、次々に祖父の逸話を語る。

 俺は対応を間違えた。

 セルティミアの祖父の話はこの後、食事が始まるまで続いた。


 やがて、マリーが時間直前に食堂に到着し、食事が運ばれてきた。

 食事は美味しく、会話は楽しかった。

 俺だけがマナーを知らなかったという点を除けば。

 マリーは1000年前の人間とはいえ、そもそもマナーとは古臭い物で、現代だろうと完璧だった。

 自然に貴族の食卓のマナー通りに振舞う2人と囲む食卓は、俺にとっては気が休まらなかったと言っておこう。

 

 食事が終わり、召使い達がお茶を運んでくる。

 食事もどれも宿屋や街で食べられない美味だったが、このお茶も上品な香りと染み渡るいい味だ。


「そういえば、セルティミアはなんでこんな急に俺を招待したんだ? 宿に居なくて直接会えないなら、伝言を残すなり手紙を寄越すなりすればよかったのに」


 食後の会話の一環で俺は、疑問をぶつけてみた。

 それに対し、セルティミアは神妙な面持ちで応えた。


「ふむ……すでに情報が出回っている事だし、良いだろう。実は吾輩は近日中にこの街を立つ。我が騎士団はフォーク連邦国沿いの国境を守る任務を、王より命ぜられたのだ」


「それは国境沿いの監視をするって事? 強大な魔物でも出たの?」


 フォーク連邦国とこの国は確か友好的な関係を築いていた。

 貿易と文化を通し、皇国という共通の敵を持つ彼らは固い絆で結ばれている。

 そう簡単に関係が悪化するはずもない。

 しかし、セルティミアの答えは違った。


「いや、強大な魔物ではない。……知らないのか? 先日フォーク連邦国とモスワ皇国は本格的な戦争状態に入った。彼らの国境線ではすでに小規模な戦闘が何度か発生しているそうだ」


 連邦と皇国が戦争か。

 大変だな、貿易で力を付けているこの国に多少の影響もでるかもしれない。

 そうなったら俺もこの国を出て、他に行かないといけないな。

 どちらにせよ俺には関係ない事か。

 気にせず食後のお茶を楽しもう。


「うーん、確かフォーク連邦国はすでに皇国の支配下を抜けて独立していたのよね? モスワ皇国も東の方の諸国と戦争状態で手一杯。お互い戦争をするメリットなんてないと思うけど、どうして開戦したの?」


 小首を傾げるマリーの質問を、俺はさほど気に留めていなった。

 この国の経済状況が悪化すれば、俺は国から出て行くだけだから直接的な関係がないと、そう思っていたからだ。

 しかし、セルティミアの返答によって俺の関心は一気に引き戻された。


「連邦国にも勇者が出たからだ。名前はユカワヒジリ、そしてイズミエリ……だったか。彼らが国境沿いで行った、皇国側の勇者との戦闘がきっかけになったのだ」


 湯川聖、泉水絵里。

 どちらも知っている名前だ。

 片方は朧気だが、もう片方はしっかりと覚えている。

 俺の元親友で、この世界で初めて俺を殺しかけた男の名前。

 

「双方とも異世界より呼び出された転移者で、元は皇国の勇者だったと聞く。ユカワヒジリが皇国に背信行為を働いたのが、皇国を追い出された理由と聞くが、あの国の言う事だ。信用できるかどうか」


 十中八九、俺との戦闘が原因だろう。

 聖が俺と会話していたのを聞かれたのなら、それはあの勇者の腕を喰った魔物と内通していると捉えられかねない。

 なにより、彼らはあの樹海での目的を果たせないまま帰還する事になっただろうし、誰かがその失敗の責任を負わなければいけない。


 前世でよく見たシナリオだ。

 組織かグループが取り返しのつかない失敗をして、その責任は人の好い誰かが1人で背負わされ追い出される。


「だとすれば俺にも責任はあるのか……?」


「何か言ったか、ヒトゥリ殿」


「いや、なんでもない。ところでその任務はどれくらいの期間なんだ?」


「む、戦争だからな。長い事もあるだろうし、短い事もあるだろう。ただ、今回の戦争はお互いの勇者の力量を見せ、ある程度の格付けが決まれば、結果に従いどちらともなく引く事になるだろう。そこまで長くはならないだろうが……1カ月で終われば早いな」


 1カ月。

 戦争の期間としては短いのか?

 局地的な戦争だろうし、この世界には魔法がある。

 怪我の治りも早ければ、移動や人が死ぬのも早い。

 地球と比べれば素早い戦争なのかもしれないな。


 ……その期間中に俺も行けば聖に会えるだろうか。

 勇者だというし、平時に会いに行っても顔を見る事すら叶わないかもしれない。

 せめてあいつがこの世界に来て、何をしていたかくらいは話したい。

 このゲームの様なファンタジーの世界で、何を楽しんだか。何を苦しんだか。

 主観的な地球の視点を持たなければ、語り合えない事が沢山ある。


 俺はセルティミアの館から帰宅し、すぐにマリーに自分の考えを話した。


「よし、次にやる事は決まったぞ。できるだけ早く連邦国に行くんだ」


「え? セルティミアの話聞いてた? あの国は戦争をするのよ。この国にいた方が豊かで文明的な生活ができるのに、連邦国に行くの?」


 マリーが俺の頭を心配するかのような目で、見てくる。

 安心しろ。平常だ。

 

 しばらくすれば、戦争を理由に国境を監視する警備は厚くなる。

 そうなると人間形態で入ろうが、ドラゴン形態で入ろうが、隠れて入ろうとしても見つかって騒ぎになる。


 それとこの街では目立ち過ぎたのが問題だ。

 ソリティアからの支援を受けられるとはいえ、ほぼ同等の権力との繋がりを持つと予想されるレイオンに睨まれているこの状況は好ましくない。

 だから1カ月後ではなく、できるだけ早くだ。


「さっき言っていた連邦国の勇者は転生前の俺の古い友達だ。何年も合えず、お互いだと気づかないままに殺し合ってしまって、それきり会っていないんだ……。だから、会って話がしたいんだ!」


 マリーから反対されるのは想定済みだった。

 そして別れてしまった親友を探す彼女にこう言えば、俺に同意せざるを得ない事も。

 

「わ、分かったわ。……でも、私は戦争に参加するのはごめんよ。実験の時間が無くなるから」


「ありがとう」


 よし、これで俺は連邦国に行ける。

 心の中でガッツポーズをした。


「それともう1つ! その友達について、出会った日の事から話してよ。私だってフラウについて、色々話したんだから」


 少し恥ずかしそうに、マリーが言う。

 これは少し予想外だった。

 だが、聖の話しても支障はないだろう。

 殺し合いをした事にそこまで罪悪感はないが、ショックを受けたのも、何年もあってないのも事実だし。


「ああ、話すよ。まずは俺達が出会ったのは、小学生の頃で――」


 俺と聖の話を続ける。

 思い返せば、友達のいない俺にとって、あいつとの友人関係は俺の全てだったのかもしれない。

 もう割り切った事とはいえ、久しぶりに語り合うのが待ち遠しい。

 ああ、でもそれは、この街でやるべき事を全て済ませてからだ。

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