王都の休日
「さあ今日は全部、俺の奢りだ。飲めよ、ジョン」
「いいのか? 悪いなヒトゥリ、遠慮なく貰うぜ。……プハーァッ! うめえ! しかし、商売は上手くいったみたいだな、この間までの文無しとは思えないくらいの大盤振る舞いだぜ」
「そうだろう? 自分でも驚く程に上手くいってる。商会に販売を任せたのが良かったな。なにしろ商会から貰った金から計算すると、俺は今まで販売店にぼったくられていたみたいだし、何より自分から店を探しに行かなくていいから時間が空いて、更に金を稼げるのが良い」
俺とジョンは王都の適当な酒場で酒盛りをしていた。
今日は2人とも仕事は休みで、俺の魔道具卸売りの商売が上手く行っていたので、こうして暇な者同士で時間を潰しているわけだ。
お互いの仕事を酒の肴に、好きに食らい、好きに飲む。
気の合う仕事仲間と酒を飲むっていうのは、こんなに楽しいのか……。
前世では仕事場の強制参加のイベントでしか、同僚と飲まなかったから、こういうのは初めてだ。
「……で、そうしたらベックの奴が魔物の糞溜まりにずっこけてよ。スッと立ち上がったと思ったら言うんだぜ、『ふむ……これは、新種のレアスライムだな!』ってな……。ハハハ、今思い出しても笑える!」
「そのベックって奴は、知恵のあるのに馬鹿なんだな。面白い奴だ」
「だろ! あれは傑作だったぜ、ヒトゥリもたまには他の奴らと依頼を受ければいいのによ」
「まあ、それはおいおいな。おいおい」
そうだ、俺はジョンや他の冒険者と共に仕事をした事はまだ一度もない。
ジョンにはダンジョンに行こうと以前誘われたが、その時は金がなかったし、それよりも大量の魔道具の在庫を処分するのが先だった。
それなりに時間を共にしてこいつの事も分かってきたし、そろそろ共に仕事をしてもいいのかもしれない。
よし、いっそ今その話してしまうか。
「おや、ヒトゥリ君だ。こんな所で奇遇だね」
俺がダンジョンに誘おうと口を開きかけた時、先に話しかけてきた者がいた。
俺達の囲む机の、脇に白く美しい手が置かれる。
女だ。
そして、この優しく語り掛ける様な声。
「あ、あんたは警備隊長のシャルロ……様」
「ヒトゥリ君の冒険者仲間かな、よろしくね。ご存じの通り、私は王都警備隊隊長のシャルロだよ。とはいっても君と同じ平民だから様は着けなくてもいい。気楽にしてもらえるかな?」
シャルロ、この王都の警備隊長であり王都に入り込む危険人物や違法な物品を取り締まる秘密警察でもある。
俺はこの街に来た日にこいつに目を付けられ、それ以来たまにこいつの視線を感じる事がある。
それとたまに、直接話しかけてくる事まである。
こっちは毎回正体がバレていないかと、無駄に緊張しながら受け答えするので疲れるのでやめてほしい。
シャルロは勝手に空いている椅子に座った。
誰も座っていいとも言っていないし、呼んでもいない、帰ってほしい。
そう言いたいが、シャルロはまだ俺が監視を受けている事に気が付いていると知らないはずだ。
今は穏便に済ませてお帰り願おう。
ここは俺と仕事仲間の気楽な酒盛りなんだ。
「こんにちは、シャルロ。本当にこんな所で会うなんて珍しいな、何か用事でもあるのか?」
「うん? 用事なんてないよ。ただ休日に街を歩いていたら、ヒトゥリ君がいたから話しかけてみただけさ。もしかしていたら不味かったかな?」
「いえいえ、そんな事はないですよ、シャルロ様!」
おいお前、ジョン。
勝手に話に割り込んだ上に、許可するな。
これで帰らせ難くなった。
仕事仲間との飲み会だから、という理由で帰そうにも、その仕事仲間が許可してしまったから、もうその理由は使えない。
「……おい!……おい! ヒトゥリ!」
どうやって帰したものか悩んでいると、ジョンが小声で話しかけてくる。
薄笑いを浮かべているシャルロの方を一瞥して耳を傾ける。
「なんだ、どうした?」
「どうしたじゃねえだろ! お前シャルロ様とデキてたのか!」
「いやデキてねーよ。ただ王都に入った日に助けてもらっただけで……シャルロはそんなに有名なのか?」
「ああ、警備隊長って事もあるし、それにシャルロ様は元々騎士だった。騎士団の中でも最強格で、その上平民出身だろ? 俺達のような庶民には騎士をやめた今でも人気が高いんだよ」
元騎士だったか、それは初めて聞いたな。
まあ見た目も良いし、爽やかで優しいし、元騎士で、そんな人が自分達と同じ平民出身なら人気も出るか。
「そんな人とお前がデキてたなんてな……。俺は応援するぜ! それじゃあ邪魔にならない内に、俺は帰るぜ!」
「は、いや、だからデキてないって……おい! 待てよジョン! 足早いなあいつ……」
こういう時に変に気を使われても、された方が気まずいだけだというのに……。
それに俺の場合はそんな関係でもないし、ジョンが居なくなったこの状況は俺にとって非常によろしくない。
そもそも、今日俺はジョンと酒を飲みに来たのであって、シャルロと話をしに来たわけじゃない。
「おや、友達は帰ってしまったみたいだね。せっかくだ。ここではなく、他の場所で話さないかい?」
そう言って、シャルロは席を立った。
このまま帰らせてくれるような雰囲気ではない……というか、俺が帰ろうとしたら妨害をしてくるだろう。
気は進まないが、従っておいた方が良さそうだ。
俺はシャルロと共に街を歩いている。
彼女は俺を先導し、街の名所や名店を案内してくれている。
「ほら、見てよこれ。フェルレットと言う食べ物だよ。私はこれが好きでよく食べるんだ。ヒトゥリ君も食べてみてよ」
そう言って、手に持ったクレープみたいな菓子を渡してくる。
自白剤、毒物……そんな文字が頭に浮かんだ。
少し躊躇したが、受け取って食べてみる。
クレープと違いパリッとした皮の中にフルーツやチーズや何か色々入っている。
でもこの食感はどちらかというとガレットか?
薬物の味はしないし、何か仕込んでるわけでもない。
「うん、美味しいよコレ。初めて食べる味だけど気に入った。ありがとう」
「へー、そうなんだ。このフェルレット、フェルケン地方で作られた物なんだよ。知ってた?」
シャルロは笑って俺を見ている。
何なんだ一体。
それにしても、フェルケン地方で作られたのか。
気候とか地質がフランスに似ているんだろうか。
でも、そのフェルケンっていう所……どっかで聞いたことがあるような。
「そうだよ。君の出身のフェルケン地方で、昔作られた物なんだよ。このお菓子」
畜生この女ッ!
まさかこんな所で仕掛けてくるなんて思わないだろ!
いや、落ち着け……。
そもそもフェルケン地方出身が嘘の事なんて、この王都に入った初日にバレている嘘だ。
今更掘り返されたって別に痛くも痒くもない。
適当に話を逸らしてやればいいのさ。
「そうなのか。知らなかったな。菓子なんて普段食べないからな。……お、次はあの店に行ってみないか」
食べ終わったフェルレットの包み紙を握りつぶしながら、今度は俺が先に歩く。
なるべく早足で、平静を保つんだ。
落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け……落ちつ、痛い。
急ぎ過ぎていたのか、俺の脇腹にローブを着た人物がぶつかってしまった。
「わ、悪い。ちょっと急ぎ過ぎてたみたいだ」
「……! いえ、こちらこそ。前を見ずに失礼しましたわ」
そう言って、ローブを着た人物は走っていった。
今の高い声からして女の子か?
でもさっきの声どこかで聞いた覚えが。
「やっと追いついた。ヒトゥリ君、こんな大通りで早足で歩いたら危ないよ。そんな事よりも、君の出身についてだけど……」
「あ!」
シャルロに肩を置かれた瞬間思い出した。
あの声、あの身長、あの口調。
「今の……ソリティアじゃないか?」
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