どちらの欺騙か

「どういう事ですか? 御姉様」


「ヒトゥリさんの作った魔道具の効果はドラゴンの爪と鱗を再現する物……それも人間用に調整された魔法ではなく、ドラゴン用の魔法よ」


 ソリティアとプラムの視線が俺に突き刺さる。

 疑惑、困惑そして怪訝さを含んだ感情が向けられているのが、嫌でも分かる。

 どうにかして誤魔化さなければ、俺がドラゴンだと確信される前に。


「それは……あー……」


「それは、何ですか? なぜあなたの作った魔道具にドラゴンの魔法が付与されているのでしょうか?」


 上手い言い訳を、俺がドラゴンだと確信されず、かつドラゴンの魔法を使っていてもおかしくない様な……そうだ!


「スキルだよ。『竜魔術』のスキルを持っているんだ」


「スキルですか? でもヒトゥリさんの使うスキルは『剣技』『魔工』『消音』の3つでしたよね?」


「提出したのはそうだったな。でも、人間がドラゴンの使う『竜魔術』を習得しているのはおかしいと思ったんだ。昔それで迫害された事があったし、バレたくなかったんだ。最初に、7つもスキルを書いて出したのは、隠しているスキルがないか疑われたくなかったからだ」


 聞き返してきたプラムの言葉に乗って更に嘘を重ねる。

 努めて平静を保って、受け答えをする。

 嘘を言うのは慣れていない。

 まばたきが多くなっていないだろうか、声が震えていないだろうか。

 手の内側に汗がにじみ出る。

 聞かれてもいない事を喋りすぎたか……?


「そう……でしたか。それは失礼しました。事情は分かりましたわ」


 ソリティアが浅めに頭を下げる。

 どうやら納得してもらえたようで、心の中で安心してため息をつく。


「しかし」


 ソリティアの声に驚いて、持ち上げたカップを落としそうになる。

 まだ何かあるのか。


「ご存じでしょうか。わたくしたちセラフィ王国は、北にある天業竜山が皇国の軍を阻んでいるおかげで今日までの繁栄があります。その恩恵からこの国ではドラゴンを神聖視し、ドラゴンに関するスキルを持っている者を優遇する政策を取っています。あなたも申請すれば王城で働く事ができますが、どうでしょう?」


 なんだ、ただのアドバイスか。


「いえ、遠慮しておきます。俺は旅人ですし、王城に留まるのは性に合いません」


「そうですか」


 俺がそう断ると、ソリティアは大した反応もなく答えた。

 この商会も国と関わっているのだろうし、該当者がいた時にこういった勧めをするのは何かしらの義務や暗黙の了解で、本人の意志ではないのだろう。

 それにしてもまさか天業竜山が防波堤の役割になっていたなんてな。

 皇国は侵略主義のようだし、軍事などでは特筆すべき事のないこの国が生き残っていたのはそのおかげか。

 しかし、そんな事よりだ。


「それで、俺の魔道具は取り扱って頂けますか?」


 こちらの方が大事だ。

 ドラゴンバレの脅威を乗り越えた俺にとって、次の課題は明日からの宿賃だ。

 商会という巨大な取引先を手に入れれば、少なくともこの街にいる限りは金に困る事はなくなる。

 

「そうですね……いいでしょう。あなたの魔道具を私達の商会で取り扱う事とします。納品する分量や納期は妹に文書を渡して伝えさせます。完成した魔道具は鑑定して値段を決めるので、直接この館に持ってきてください。他の詳細については、この契約書に書いてありますわ」


 渡された契約書に目を通し、問題がない事を確認してサインした。

 返した契約を受け取り、ソリティアは頷いて執事に契約書を持たせた。


「さて、これで契約完了。これから末永い付き合いとなる事を祈りますわ。……妹の事もよろしくお願いします」


「御姉様、余計な事を……!」


「それでは用事が控えておりますので、お先に失礼致しますわ」


 怒るプラムを笑顔でかわしながら、ソリティアは席を立ち退出していった。


「いいお姉さんじゃないか」


 膨れた顔をするプラムを見て俺がそう言うと、彼女はそれまでとは打って変わって悲しそうな顔をした。

 しまった何か地雷を踏んだか。

 そう思ったのが伝わったのか、プラムは慌てて口を開いた。

 

「ごめんなさい、ヒトゥリさんが変な事を言ったんじゃないです! ただ、御姉様があんな事を言ったのは、つい最近御父様と御母様が亡くなったせいじゃないかって思ってしまって」


「亡くなった……?」


 思わず聞き返してしまうと、プラムは更に悲しそうに目を伏せて答えた。


「はい。2週間前の事です。御姉様が旅行から帰ってきたその日、御父様達は観劇に出掛けていました。その帰り道に、馬車が故障して事故を起こしそのまま亡くなってしまったんです」


 なるほど、それで1人残された肉親を心配するようになって、初対面の男を恋人かなんて聞いたり、妹をよろしくなんて言うようになっていたのか。

 ……待てよ? ソリティアが旅行から帰ってきた日といえば、野盗に襲われていた日の事だよな。


「私はその日、御父様達と一緒に観劇に行っていましたが、途中でドラゴンが出たという報せを受けて1人、ギルドに向かうために劇場を出ました。……その偶然が無ければ同じ様になっていたのが、御姉様を余計に心配させてしまっているんです」


 偶然が無ければ……。

 というか俺が急に王都の周辺に出現しなければ、この一家は全滅していた。

 これは何者かの策謀を感じる。

 この一家が消えれば得をする人物が一家暗殺を試みて、偶然俺というイレギュラーが入ったせいで失敗した、というような。

 

「なので、本当に気にしないでください。御姉様は御父様の跡を継ぐ商会の次期会長争いだとかで、過敏になっているだけなのでヒトゥリさんが何かしたとか、そういうのじゃないんです! むしろヒトゥリさんは凄いですよ。私、御姉様が商談中にあんなに焦ったの初めて見ましたし……」


 その後のプラムの言葉はほとんど曖昧に相づちを返すだけになってしまった。

 だって、明らかに跡継ぎ争いの策謀だからな。

 しかもプラムは人殺しまでするような相手に狙われている。

 納品に関してプラムに伝えさせるのも、俺をこの館に連れてこようとするのも、プラムを守らせたり、関係を深めてこの国で優遇される『竜魔術』の使い手を取り入れるためだろう。

 ああ、うかつだった。

 厄介な事になってる商会に首を突っ込んでしまった……。

 

 俺はせめてもの仕返しに、控えていた給仕に茶と菓子のおかわりを要求した。

 給仕開けた扉の奥から、ソリティアの笑い声が聞こえたような気がした。

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