冒険者ギルド

 何とも恐ろしい人に出会ってしまった。

 しかもあのシャルという女は俺の事を監視すると言っていた。

 これでこの国で目立つ活動はやりづらくなった。そもそも目立つつもりはないんだけど。

 しかし沈んでいても仕方がない。

 気を取り直して、街を探索しよう。


 俺は喧騒の大通りを抜けて、散策を続ける。

 里を出て街に行くと決めてから、数週間経ってやっと街来れたんだ。

 さて、何から始めようか。

 俺が街に来た目的を整理しよう。

 ここに来るきっかけになったのは、樹海で取った飯が不味くてもっと美味しい物を食べたいと考えたからだ。

 ……違った。元はと言えば、俺はスキルを集めるために旅に出たんだった。

 だからこの旅の第一目標は「スキルを得るために経験を積む事」だ。

 そして街に来た目的が「美味しい物を食べる事」。

 人間の街で経験を積み、そして美味しい物を食べる方法……俺はそのどちらにも必要な事を知っている。

 仕事だ。

 美味しい物を食べるには金がいるし、経験を積むのに最適な行動は人間のグループの中で技を磨く事だ。

 だから俺に今必要なのは仕事だ。 

 金と経験のために俺は仕事をする必要がある。

 だが、この街に来たばかりの俺にできる仕事は……2つあるな。

 1つは冒険者だ。もう1つは『魔工』で作った魔道具を売る事だ。

 俺は冒険者の方を選びたい。なぜなら俺がレッサードラゴンに聞いた話だと、冒険者は様々な経験を積めそうだし、俺みたいな流れの者でも仕事を貰えると聞いた。それになによりもロマンがある響きだろ? 冒険者。

 魔道具を売る方は、後に回したい。なぜならそもそも元となる道具がない以上は『魔工』で魔道具を作る事もできないし、市場の平均価格が分からないと安く買われてぼったくられる可能性もある。

 だから俺はせっかくだから、あの赤い看板の出ている冒険者ギルドを選ぶぜ。


 初めて入る店で目立たない方法知ってるか?

 それは入っていく人の後ろについて、自然にさも当然のように入る事だ。

 「俺はこの冒険者ギルドの常連さ」みたいな顔をして入れば、誰にも声を掛けられることは……


「お、さっきの奴じゃねーか! 俺だよ、ジョンだよ! 無事に入れたみたいでよかったな」


 クソが。

 デカい声を出して近寄ってくる奴のせいで注目されてるじゃないか。

 ため息を堪えながら、振り向くと酒に酔っぱらった男がコップ片手に歩いている。


「そういえば、あんた名前なんていうんだ? 聞いてなかったな。冒険者ランクは?」


「ヒトゥリだ。俺はまだ冒険者じゃない。今日は登録しに来たんだ」


「へー! そうだったのか。それじゃあ先輩の俺が教えてやんよ。登録はこっちだ!」


 これは相当酔ってるな。

 まあ先輩が教えてくれるっていうんだから、素直に従っておこう。

 ジョンの先導に従ってカウンターの方へと行くと、ジョンが何か受付の女と話してこちらを向いた。


「おう、それじゃあ俺は飲みなおしてくるから、じゃあな!」


「なんだったんだ……あまりにも杜撰だな」


「仕方ないですよ。ジョンさんはああいう人ですから。それよりもヒトゥリさん。私は受付のプラムといいます」


 随分とかわいい声だと思ったら、台を使ってカウンターから顔を出しているのか。


「子供……?」


「子供じゃありません! もう15です! ……ほら、登録するならさっさとしてください」 


 小さな子供みたいな15歳にせかされて、用紙に書き込んでいく。

 でもこの反発を見る限り、割と見た目通りな性格な気がする。

 ふとプラムの動かした指に釣られて顔を上げた所で、知っている紋章の入った指輪が目に入った。


「その紋章……フィランジェット商会の物か?」


「え? これは、少し違います。確かに商会の紋章でもありますけど、その前にこれは私の家の紋章なんです。私はフィランジェット家のプラム・フィランジェットです。ヒトゥリさんはこの街来たのは初めてなのに物知りなんですね。他の街の支店でお見掛けしましたか?」


「ああ、まあそんな所だ……」


 街道で襲われていたあの商会、娘が2人いたのか。

 『飛躍推理』で商会に使われている紋章や商会の従業員の事は分かったが、彼女の事は分からなかった。

 直接関わっていない限りは、『飛躍推理』でも情報が出てこないのだろう。商会に所属していない娘の事なんて、あの馬車強盗事件には関係ないしな。


「よし、書けたぞ。確認してくれ」


「はい、確認しますね。……ちょっとヒトゥリさん。嘘はいけませんよ」


 全部の項目を書いて渡した用紙がプラムから突き返された。

 名前、スキル、使う武器や戦闘方法、特技の項目全て完璧に、ほぼ嘘偽りなく書いてある。

 流石にドラゴンに関係しているスキルや戦闘方法は隠したが。

 嘘と言われても、もう一度見返してもおかしな所は何もない。


「何かおかしいか?」


「おかしいも何も、こんなにスキルを持っているわけないじゃないですか。歴戦の人でも3つ、この街で最強のシャルロ警備隊長だって4つですよ」


 失敗した、そうだったのか。

 俺の学んだ常識の中には人間の程度については入ってなかったからな。

 『剣技』『魔工』『棒術』『はめ込み』『熱感知』『消音』『腐食魔法』の7つか……。

 確かに常識に照らし合わせれば、多すぎだな。


「いやすまない。ちょっと見栄を張った。直してお……」


「おう、ふざけんなよテメー!」


 湿り気……。頭に何か掛けられたのか。

 振り向くと酔っぱらいが酒の入ったコップを、俺の頭にひっくり返していた。

 それを見たジョンが慌ててこちらにやってくる。


「おい、そいつは俺のダチだ! 何やってんだよ!」


「黙ってろよジョン。こいつは冒険者を舐めてやがる! こんな恥知らずの田舎者には痛い目に合わせねえとな!」


 そう言って男が拳を振りかぶってくる。

 酔っ払ったせいか、こいつの性根がアレなのか。どっちでもいいか。

 拳が俺の鼻に立てられる。


「へへっ、どうだボウズ。俺の拳の味は痛いだろ……おい嘘だろ、なんでビクともしねえんだ! クソっもう1発くれやる!」


 まったく痛くないと言えば嘘になるが、ほとんどダメージはない。

 せいぜいが前世で子供に叩かれたのと同じ程度の痛みだ。

 1度目の拳をかわさなかったのは、試すためと先輩の顔を立てるためだが逆効果だったようだ。

 まあ2度目も食らってやる気もない。痛い目に合ってもらおうか。

 振りかぶられた拳に合わせて頭突きを行う。

 少しの水気と共にぐしゃりと拳の崩れる音がした。


「へ……へへ……俺の、俺の拳が……うわああああ!」

 

 男が裂けた拳をもう片方の手で抱えて逃げて行った。

 ため息をついていると、何やら視線を感じる。

 辺りを見回すと、どうやら目立ちすぎてしまったらしい。

 困ったな。


「ヒトゥリ、お前すごいな! さっきのはそれなりに、この街では有名なB級の冒険者だぜ。悪い意味でな。それを頭1つで撃退なんて、やるじゃねえか」


「あ、ああ。そうだったのか。だが、少しやりすぎてしまったかもしれない」


 ジョンが言う限りでは悪名高い冒険者か。

 確かに周りの冒険者の視線も、どちらかというと嫌悪というより感謝の念を感じる。


「気にする必要なんてないですよ、ヒトゥリさん! あの人、よく初めてきた方に嫌がらせするし、私達受付の事もしつこく口説こうとするんですよ。ヒトゥリさんが痛い目に合わせなければ、御姉様に頼んでどうにかしてもらおうと思っていた所です!」


 プラムが男の事を思い出したのか、むくれながら言う。

 そうか、そこまで嫌われ者なら他の人間から恨まれることはなさそうだ。

 本人からの報復だけは気を付けないとな。


「おーおー、セラフィ王国一番の商会から目を付けられるなんて考えたくないねえ。恐ろしい恐ろしい。ヒトゥリもプラムちゃんがかわいいからって舐めちゃいけないぜ!」


「もー、なんですか。ジョンさんったら、やめてください。そんなかわいいだなんて」


「ははは……引っ掛かる所そこなのか」


 ジョンとプラムの話を聞きながら、魔法で髪と紙に着いた水滴を飛ばして書き直す。

 書いたのは『剣技』『魔工』『消音』だ。

 『剣技』は純粋に戦闘のために、『魔工』は俺がこの街で魔道具を売るのに必要で、『消音』は汎用性がありそうだ。


「書き直した、これでどうだ?」


「……はい。大丈夫です。それにしてもやっぱりスキルが多いですね。見栄なんて張らなくても良かったんじゃないですか?」


「男だからな。見栄を張りたい時もある」


 プラムの事を適当にあしらって、完成したギルドカード――身分証明書を受け取る。

 一目で分かるのは名前と職業だけ、所持スキルは見えないように隠してある。魔力を通さないと見えないインクで書かれているのか。

 これで俺も冒険者というわけだ。

 さあ、最初の仕事は何にするか。

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