金と商売と闇
俺は今戦場にいる。男達の汗が飛び散る真剣な聖地だ。
周りの男達に倣い、俺も巨大なソレを持ち上げる。
一息にソレを抱え跳び上がり、『はめ込み』を使い大地へ深々と突き立てる。
歓声が沸き起こり、賞賛の視線が寄せられるのを感じる。
俺は拳を上げそれに応えた。
目立つのは嫌いだが、こういう一体感のある歓びは好きだ。
しかし歓声の渦中に怒号が走り、男達は僅かな休息を終え再び戦場へと戻る。
俺もまたその中の1人だった。
「ようヒトゥリ! お前が来てくれて今日は助かったよ。本当にすげえパワーだな。おかげで工期が1週間くらい縮んだぜ!」
一仕事終えた後、座って水を飲んでいるとタオルを首にかけた男に肩を叩かれた。
「親方、またいつでもギルドに依頼を出すといい。俺が受けられる時は受けるから」
俺は今工事現場にいる。
冒険者ギルドで最初に選んだ依頼だ。
戦闘や採取や護衛ではなく、なぜ工事なのかって?
それは簡単な消去法だ。
この近くの戦闘とくれば、それは魔物を殺す依頼だ。俺は魔物の声が理解できるから、進んで殺したいとは思わない。
そして採取は存在しなかった。交易の盛んな街で足りない物なんて、存在しないんだろう。
護衛は論外だ。登録したばかりの信用のない俺では、護衛などの高ランクの冒険者の受ける依頼は受けられない。
だから受けられるのは街の中の雑用依頼ばかりだった。
その中で人間の常識や知恵の必要のない仕事を探した所、初心者歓迎と書かれたこの工事現場の依頼書を見つけたわけだ。
「おう、その時は頼むぜ。ほら、これは今日の報酬だ。ギルドの方にはこの証明書を持っていきな」
「ああ、今日は色々教えてくれてありがとう。それじゃあな」
俺は工事現場を後にした。
肉体労働は大学生の時以来だ。
やっぱり体を動かすと良い運動になる。前世ではやりすぎで筋肉痛になっていたが、ドラゴンになった今ではこの運動量はちょっとしたストレッチと同程度だ。
現場の人達も気の良い人ばかりだったし、またここで働きたいな。やりがいがあると言いながら暴言しか飛んでいなかったブラック企業にも、見習ってほしい物だよ。
ただ……。
「これぽっちか……」
掌を開いて受け取った報酬を見る。
王国銀貨が1枚。
ここに来る時に見た宿の1部屋1泊の値段が王国銅貨7枚、つまり銀貨0.7枚分。
タコ部屋なら銅貨2枚で少し安いけど……。
正直ドラゴンレベルの鼻に、体を洗っていない労働者の臭いはきついので勘弁だ。
あ、ちなみにオーラから貰った金貨は4世代前くらいの帝国金貨で、もう使わなくなって久しいらしく受け取りを拒否された。
後残りはルルドピーンの鱗か……。
「いや、もう1つ手段が残っていたな」
俺は銀貨を握りしめて路地へと駆けた。
銀細工などのアクセサリーを並べている出店を見つけると、そこに駆け寄って1番安いネックレスを買った。
店番が汗の臭いのする俺に顔をしかめていたけど、そんな事は気にしない。今日の俺の宿が懸かっているのだ。
『魔工』を発動し、適当に『
よし、成功したようだ。使えて1回だけどこれで十分だろう。
ぽかんと口を開いてこちらを見ている店番をよそに、俺は通りを挟んだ反対の路地まで走って目当ての店に入る。
「いらっしゃい……なんだ冷やかしか? ここはあんたの買えるような物はないんだ帰りな。もう店じまいだ」
髭を生やしたうさんくさい店主に近寄り、俺は作成したネックレスの魔道具をカウンターに置いた。
「買い物じゃない。売りに来たんだ。これ幾らで買い取ってくれる?」
「はあ、うちは買い取りなんて……ちょっと待て、お前これをどこで手に入れた?」
「俺が作ったんだ。効果は竜……爪と鱗を生やして防御力を上げる……『
店主は手を組んで、渡した魔道具を観察しながら考え事をしていた。
こちらを値踏みするように見て、硬貨の詰まった袋渡してきた。
中を見ると、大量の銀貨が入っている。
「銀貨が50枚だ。これ以上は出せない。お前の作りが雑で1度使えば壊れるんだから、これくらいが妥当だろう?」
店主は薄ら笑いを浮かべながらこちらを見ている。
多分これはぼったくられている。
俺の汚れた服装を見て、貧民が何かしらのスキルを使って作成した物を売りに来たと考えたんだろう。
だが構わない。
今日の宿にさえ困っている身で、その上このネックレスを買うのに全財産を使ってしまった。
時間的にこれを断れば次の店を探す事はできない。
俺の焦り様を見て、それも見抜いたんだろう。
「分かった。商談成立だ」
「まいど。それじゃあ店じまいだ、帰ってくれな」
店主に促されて店を出ると、後ろから鼻歌が聞こえてきた。
やはりかなりの額をぼったくられたんだろうか。
貰った銀貨を1枚手の内で転がしながら、少し悔しく思った。
だがこれで今日は安心して眠れる。初めて食べる人間の文化の味はどんな物だろうか。
日本の食事より美味いだろうか。エスニックのように特徴的な味だろうか、フランス料理のように精細な味だろうか、アメリカのように大ざっぱでジャンクな味だろうか思い浮かべるだけで涎が垂れてきそうだ。
俺はいつもよりも軽くなった足で宿へと向かった。
「あの男、一体あんな所で何をしていたんだ?」
表の顔はセラフィ王国警備隊長、そしてその顔の影で秘密警察隊長であるシャルロは、本日王都に侵入した怪しい人物ヒトゥリを尾行していた。
まず工事現場で通りがかりの主婦に変装して監視した。
シャルロの予想では、あの場で何か取引か、それとも作業に隠れて仲間との密会でもするはずだった。
しかし、ヒトゥリは作業現場で超人的な力を見せただけで終わった。
予想は外れたが、シャルロはそれを見て1つの結論に達した。
あのパワー、ヒトゥリは確実に人間ではなく魔物である。
魔物が人間に化けて人間の街に入り込む事は稀にある。その場合魔族と呼ばれ、街に混乱をもたらす巨悪と化すのだ。
それに気づいたシャルロは気を引き締め、それからも監視を続けていたが、工事が終わり解散した後、街中で突如走り出したために見失ってしまっていた。
シャルロは走った。
肺が痛む程に走り続けたが追いつかず、そして振り撒かれた後探し回ってようやく見つけた頃には、男はとある店から出てくる所だった。
「フラッシュ魔道具店……。まさか魔族の密会場所! 私を振り撒いてここで街を混乱に陥れる計画を立てていたのか! おのれ魔族、許せん!」
シャルロは店のドアを蹴破る勢いで飛び込み、抜剣した。
そして突如入ってきた剣を持った暴漢に腰を抜かした店主を、無理やり立たせると剣を喉元に当てた。
「秘密警察だ。私も王都の民を殺したくはない。答えてくれ。今の男は何をしていた?」
「ひっ……ひえっ、こここここ、この魔道具を売っていきました!」
店主は震える手でカウンターの上に乗せていたネックレスを差し出した。
シャルロはそれをひったくり観察する。
「魔道具……肉体強化の類、それも異常なまでに強力だ。……これを人間が使えば負担に耐えられず肉体が圧壊する。それを分かっていて買い取ったね? どういうつもりだい」
「わ、私はそのような物などと存じませんでした! どうぞお許しください!」
「駄目だ」
シャルロは店主に延髄に拳を叩きこみ、気絶させた。
懐から笛の形をした魔道具を取り出すと吹いた。
しばらくすると、黒いマントに身を包んだ者達がどこからともなく現れ、店主を連れて再び消えていった。
シャルロは店の中の物品を調べ次々と袋の中に入れていく。
「自死、洗脳……王都では禁制となっている危険な効果を持つ魔道具ばかりだ。ここは闇市場と化していて、あの魔族はそれを知っていて、ここを拠点に街の風紀を乱そうとしていた? ……そういう手口か。いいだろう、とことん付き合ってあげるよ。だったら、こちらも合法的な手段で現場を抑えてあげよう」
シャルロは『竜人化』のネックレスを握り、声を押し殺しながら笑った。
祖父に教わった感情を表に出さない手段の1つだった。
そう、祖父の教えに従いセラフィ王国に棲まう膿を残らず潰す。例え魔族であろうと、貴族であろうと、王であろうと。
それが彼女の持つ信念であった。
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