入都審査

 森でさっと人間化して街道に戻ってきた。進んで街の門の近くまで来ると、なにやら騒がしい。

 沢山の馬車や旅人が立ち往生している。

 どうやら兵士、警備員……何か門番っぽい人が、立ち塞がっていて門の中に入れないようだ。

 近くの旅人に話しかけてみるか。


「何があったんだ?」


「おん? あんたも足止め食らってんのか。なんか近くでドラゴンが出たようでよ、確認が取れるまで中に入るなって」


 俺のせいか。

 ここは随分と安全確認を大切にしている都みたいだな。


「あんた来たタイミングが良かったな。もう列が動いてる。それじゃ俺はお先に、武器持ってるし多分あんた俺と同じ冒険者だろ? 次会った時は飲もうぜー、俺はジョンってんだ!」


 男は手を振って先に行ってしまった。

 冒険者な。覚えておこう。ロマンがあるし。

 この世界の冒険者は俺の思ってる通りの職業だろうか。魔物を討伐したり、薬草探したり、護衛をしたり、ダンジョンを冒険したりして日銭を稼いで生きているちょっと危険な奴らみたいな……。

 さっきの男、ジョンのイメージとは一致するな。あいつは日銭を稼いでふらふらして生きてそうな奴だ。


「次の方、前へ進んでください!」


 そんな事を考えていると、列がどんどん進んで行って俺の番になった。

 門のそばには幾つもの机が置いてある。なんだか高速の料金所か空港の通行所みたいだ。

 さて、どうしたものか。

 俺の前に門を通った人々は通行証か身分証を出していた。俺はどちらも持っていない。

 冒険者の事じゃなくて、ここを通る方法を考えるべきだったな……。


「どうした? 早くこちらに!」


 脇に控えていた槍を持った門番がこちらに近寄ってきた。

 しょうがない、大人しくついていくか。


「さあ通行証か身分証を……どちらも持っていない? 田舎者かよ、めんどくせえな……」


 机に座っていた男が紙片を出してペンを置いた。

 紙には名前や職業、滞在目的を書くスペースがある。

 これを書けば仮通行証を出してくれるのだろう。

 幸い文字は老竜とレッサードラゴンから勉強した。

 すらすらと書いて提出すると、男はそれを仮通行証に書き写し、渡してくれた。


「随分と古くさい文字を書くんだな。俺の曾祖父の代くらいか? まあどうでもいい。ほら、これで中に入れるぞ」


「おい待てよ。危険物検査を忘れてるぜ。ちょっと動くなよ、若いの」


 門番が俺に近づいて先の膨らんだ棒をかざしてくる。

 うっとうしい。

 ピーピー甲高い音を鳴らしながらつま先から頭頂部まで全部を調べられた。

 魔力を流して反響で危険物を探知してるのか?

 しばらくすると、門番が棒を戻して眺めている。


「危険物はなし、通っていい……ちょっと待て、何だこの魔力量!」


 なんだ?

 門番が男を呼んで何か話し合っている。

 話し終わって、門番がこっちに来たな。


「ちょっとついて来てくれ。話を聞かせてもらう」


 先導する門番と新しく来た門番2人に挟まれて、門の内側の小屋に入らされた。

 そして取調室のような所に入って椅子に座らされたかと思うと、若干偉そうな制服を着たおっさんが現れた。


「えー、こんにちは。少しお話を聞かせて頂きます。貴方は王都に入りたいという事でしたが、目的は何でしたっけ?」


「え……さっき渡された紙に書いたと思いますが、職を探すためです」


「あーはいはい、そうでしたね。申請書はこれか」


「はい……」


 沈黙が流れる。

 これは、アレだ。

 俺不審者と思われてね?


 なんでだ。何を間違った?

 完璧に街に入れる流れだったろ、あの検査を受けるまでは……。

 あの検査のせいか。魔力量が何だとか言ってたな。

 おそらく人間の姿にしては魔力の量が多すぎて不審に思われたのだろう。

 魔力は抑えておくべきだったか。

 とはいえ、ここで後悔しても遅い。次に活かすとして、今はここを乗り切ろう。


「それで、ヒトゥリさんですか。出身はどこですか? 職を探しに来たと言っていましたし、東のフェルケン地方辺りですか?」


「はい、そうです」


「そうですか……」


 おっさんは俺の返答を聞いて、紙片に何か書き込んでいく。

 何か返答を間違えたか。

 クソっ……。この沈黙が苦しいっ……。

 まるで前世での上司との面談のようだ。

 吐き気までしてきやがった……。

 誰か助けて。


「あの、すみません俺ちょっと体調が悪いので、トイレに……」


「おっと、どこへ行くんだい? 貴方が珍しい田舎者か、まだ外に出てはいけないよ」


 外に出ようと席を立ちあがった所で、亜麻色の長い髪を編み込み一つ結びにした女とぶつかりそうになった。

 これもう完璧に囲まれてるな。

 もう絶対に外に出さない気だよ。どうしよう。


「ふうん。フェルケン地方出身ねえ……よし、貴方は街に入っていいよ」


「えっ、何を言っているんですか警備隊長! この男はあまりにも怪しく、そもそもフェルケン地方は……」


 警備隊長と呼ばれた女がおっさんの肩に手を置いた。


「うっ、分かりました……。どうぞこれは仮の通行証です。職を探しているとの事でしたので、街の中で職を得れば身分証明書の申請ができますので、その時に返してください」


 おっさんから仮通行証を貰った。

 すまないおっさん。だが上司の命令には逆らえないな……。同情するよ。

 俺は貰った通行証をしまって、警備隊長に礼を言った。


「ありがとう、知っているかもしれないが俺はヒトゥリだ。この礼はいつかさせてほしい」


「どういたしまして、私はシャルロ。男みたいな名前だよね。気軽にシャルかシャロか好きな方で呼んでくれ。そして、気にする事はないよ。私も田舎の出身なんだ、初めてここに来た時は同じように事情聴取を受けたんだよ。さあ、気にせずに行くといい。君の道に幸福があらんことを」


 俺はシャルに頭を下げて、外に出た。

 そして一息ついた。

 まったくこんな事になるなんて思わなかった。

 危うく街の中に入る前に、危険人物扱いで捕らわれる所だった。

 そうして街の中に入ろうと足を前に出した所で、俺の耳に声が届いた。


「良かったのですか? 警備隊長。あの男の魔力量は異常でした。何か危険物を隠し持っているか、出現報告のあったドラゴンと関係があると考えますが。それにフェルケン地方は……」


「連邦に繋がる街道だけで村なんてない、だろ?」


 どういう事だ?

 俺は引き返して小屋の裏側で耳を澄ませる。

 ここなら誰にも見られないし、声も良く聞こえる。


「だからだよ。異常な魔力量に、存在しない出身地を答えるあからさまに不審な人物。そんな人物にここで暴れられても困るし、ここで知り合っておけば監視もしやすいでしょ」


「なるほど。そういう訳でしたか。私の考えが足りていませんでした。感服致します、秘密警察隊長シャルロ様」


「あはは、世辞はよしてくれ。それに……」


 思いっきり机を叩くような音がした。

 その直後におっさんのうめき声が……。


「私の本職を軽々しく口にしないでくれ。国のために存在を隠し、国に害を為す者を監視するのが私の役目なんだから」


 俺はその場を離れた。

 急いで街の中に入って、人混みの中に紛れ込んだ。

 大勢の人の中にいるのは苦手だけど、今は心地良かった。

 あれと知り合うべきじゃなかった。

 決して優しそうな人だとか、惚れそうだとか考えるんじゃなかった。

 もう、今はあれの事を忘れたい。

 今日のこの出来事は俺の人生の中の失敗リストの2番目くらいに位置するだろう。

 1番は勿論ブラック企業に入った事だ。

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