平穏の国セラフィ王国:商人と公務員達

平穏の国へ

 俺は今、モスワ帝国からセラフィ王国に続く街道を歩いている。

 樹海を抜けた丘の上で人間化して、そこから見える街道に向けて歩き始めて2日。思ったよりも時間はかかったが、やっと俺はセラフィ王国に続く道に辿り着いた。

 王都は俺達ドラゴンの棲む天業竜山とセラフィ王国の大山脈の間にある。

 国としては軍事力も文化力も発展はしていないようだが、それぞれ国交断絶状態にある周辺3カ国の交易地点となっているので、それなりに美味しい物もあるだろう。

 山脈を挟んだ王都の向こう側にある港町では漁業が盛んで海鮮が美味いらしい。

 ああ、楽しみだな……。


 王国の美食に期待を膨らませながら歩いていると、遠くにまばらな農地と民家が見えてきた。

 きっと王都の周辺で農園をしている人々の家々だろう。

 ついに俺もまた人間の社会に溶け込む事になるのか。そう考えたら、ちょっと緊張してきたな。

 言葉は完璧だ。老竜達の講座でこの世界の言語はほとんど完璧に習得した。ドラゴンの理解力は人間とは比べ物にならなくて、自分でも驚いた。

 金はオーラから貰った物があるし、なんだったらルルドピーンから貰った鱗を売ればいい。

 身だしなみは……多分この世界にあってる。聖達の服装を参考にして竜魔法で作り替えたから大丈夫だろう。 

 後はステータスの確認かな。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ヒトゥリ

種族:メタ・イヴィルドラゴン

称号:孤独な者 群れの主 勇者喰い

ユニークスキル:天業合成てんごうごうせい 異界之瞳いかいのひとみ 飛躍推理メタすいり

スキル:竜魔術 爪牙技 剣技 魔工 棒技 はめ込み 消音 欲望の繭 腐食魔法 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「何か色々増えてる!」


 しまった。あまりの事に叫んでしまった。街道の真ん中で誰にも聞かれてないといいが。

 ここ2日ずっと人間の姿で過ごしていたから進化に気づけなかったのだろう。仮の姿だとドラゴンの姿に異変が起きても分からないしな。

 辺りを見て誰もいない事を確認して、道のはずれの森の中でドラゴンの姿に戻る。


「おお……」


 視点が以前のレッドドラゴンの頃より、ずっと高い。

 それに鱗が赤茶から漆黒に変わっている。

 進化ってこんなにも体に変化が出るんだな。第一次成長期と第二次成長期が一度にやってきたみたいだ。

 種族はメタ・イヴィルドラゴンか、メタって確か高次って意味だよな。

 

 進化の前提条件は3つ。

 名前を持つ事。すなわち個としての存在を得る。

 経験を積む事。すなわち進化先の適正を示す。

 称号を得る事。すなわち世界に自分の存在を認めさせる。

 これで神の定めた法則により進化する……と、老竜が言っていた。

 俺はオーラに名前を付けられ、勇者と戦い、3つの称号を得て進化の条件を満たした。

 進化先はおそらく、ただのイヴィルドラゴンだった。それが何らかの条件でメタ・イヴィルドラゴンに進化先が分岐したのだろう。

 分岐の理由であり得そうなのは俺が転生者だという事。

 『異界之瞳』の影響でこの世界の常識に縛られずに済む事が、高次メタと形容された。

 という事は、これからも何らかの特殊な条件を満たせば珍しい進化ができるのか?

 ……考えてみたが、条件が分からない以上は何もかも未知だな。

 これから経験を積んでいけば、また進化する事もあるだろう。進化の考察は後にしてスキルの確認をしよう。


 新たに得たスキルは2つ。『飛躍推理メタすいり』と『腐食魔法』だ。

 名前からしてどちらも種族の進化で得られたスキルだろう。

 『飛躍推理』は起きた出来事に対して、手掛かりがなくとも精確に把握できる。

 その代わり俺自身がその出来事が起きた現場にいるか、現場にいた人物と一緒にいる必要がある。何も知らない状態から全てを完璧に把握できる万能スキルではない。

 『腐食魔法』は腐食の概念、つまり闇や毒、錆、風化を司る魔法を使う。

 これは一般的なスキル全部に共通する事だが、魔法と付くスキルは、『竜魔術』のように魔術と付くスキルの上位互換だ。威力が高かったり、使える魔法の精度が高くなる。

 正直どちらのスキルも俺の今持ってるスキルの中では規格外に強いスキルだ。


 これが進化。まさしく種族レベルで強化されている。

 肉体も魔力もスキルも今までにない程の力を感じる。

 少し腕試しをしたい気分だ。何か丁度良いのがいないか探してみよう。

 翼を広げて跳び上がる。

 知能の低い魔物か、あるいは俺の食料となりそうな獣はいないか……。

 そうやって見回していると、俺の目に1つの馬車が止まった。

 馬車を襲うとしているのではない。むしろその逆だ。襲われている。

 馬車の進行方向にもう1台の馬車が止められ道を塞ぎ、止められた馬車の周囲で護衛らしき者達と野盗達が戦っている。

 見た所野盗達の方が優勢だな。

 あれなら丁度良い。悪人なら叩きのめすのにも抵抗はないし、数も十分だ。

 俺は急加速し野盗の1人を掴み、空中に放り投げる。もはや常套手段となった奇襲だ。


「な、なんだ! ……ウワー! ドラゴンだ、逃げろ!」


 1人が大声を上げると蜘蛛の子を散らすように、その場の全員が逃げていった。野盗も護衛も襲われていた馬車の中の民間人も全員だ。

 なんだ立ち向かってこないのか。

 少しやりがいがないけど、今はスキルの検証だ。

 『腐食魔法』で生成した霧をブレスにして野盗達に吹きかけ、鎧と武器を錆と風化で破壊する。


「ひ……鎧が、俺の剣が……。おい! 魔法使い共、あのドラゴンを撃ち落とせ!」


 大声で指示を出しているあれが野盗の親玉か。野盗の集団の中にいた魔法使い達が様々な魔法を飛ばしてくる。

 炎や氷、雷、岩の塊……。そもそも竜の鱗にはこの程度の魔法は効きもしないが、『腐食魔法』が魔法に効くか試すか。

 息を吸って肺に魔力を溜める。専用の器官を使う生体的な攻撃のブレスとはまた別の感覚だ。

 喉の辺りで渦巻く腐敗の魔力がピリピリと喉に若干の痺れを与えてくる。

 まだだ……。まだ魔力コントロールで推進方向を変えられる可能性がある。引きつけろ。


「よし、当たるぞ! だが剣がねえ! 撃ち落としたら、全速力で森に駆け込め野郎共!」


 方向のコントロールをしようと、こちらを見ていた魔法使い達が当たったと油断して森に逃げ始めた。

 今だ!

 腐敗の魔力を目前数mに留まる様に吹く。

 壁のように展開された霧の中に、敵の魔法が次々に飛び込み、跡形もなく溶けていく。

 『腐食魔法』の検証完了。後は強化された肉体だ。


「クソ! あのドラゴンまだ追ってくるぞ、捕まったら殺される。早く逃げろ!」


 霧の中を突き抜けて、野盗を追う。魔力の残留した翼に当たった森の木々が腐り落ちていく。

 それを見た野盗は更に逃げる速度を上げるが、恐怖のあまりに足をもつれさせ転んだ。

 俺は動けなくなった野盗を1人ずつ爪で掴み持ち上げていく。5回も空と地面を往復すれば全員を捕まえる事ができた。

 思ったよりもあっけなく終わってしまったので、少し不完全燃焼だ。

 こいつらもどうしよう。殺す気にもなれないし……。

 『飛躍推理』の検証もしておこう。こいつらがいるし、さっきの馬車の事でいいだろう。

 スキルを発動すると、脳の広がる感覚と共に俺の脳内に、流水の如く情報が流れ込んでくる。

 ……なるほど。全部分かった。

 こいつらは見た通りの野盗。他に何の変哲もない。それぞれが元冒険者とか騎士志望とか農民だったり事情はあるけど、どれも大した理由はない。

 逆に襲われていた馬車の中の民間人はそれなりの商会の一員、というか商会長の娘らしくその身柄と金品を狙って野盗達が襲った。

 商会の商売ではなく、娘個人の私的な旅行途中だったので護衛も薄く狙い目と考えたそうだ。

 まあ言葉で表すとこの程度の情報量だが、俺の脳内に流れ込んできた中には野盗達の根城や計画内容、構成員の詳しい情報や、積み荷や商会側の詳しい情報までこの件に関わった事物全ての情報が入ってきてしまった。

 気軽に使うと混乱しそうだし、『飛躍推理』を使うのはほどほどにしておこう……。


 さて、この野盗達はどうしよう。

 野盗に身をやつした事情を知ってしまっては殺すのもはばかられる。

 ……そうだ、無力化はできているので、商会に任せよう。

 商会の人間を『飛躍推理』で得た情報を元に逃げ出した方向に探索を行う。

 空を飛ぶドラゴンの速度を持ってすれば、馬を走らせようと人間達にはすぐに追いつけた。


「ひっ、あのドラゴン追いかけてきたわ! アンドレイ、もっと馬を速く走らせて!」

 

 ドレスを着た人間の女の子が、こちらを指さして叫んでいる。

 追いかけて来た俺を見て怯えているようだ……。

 仕方ないさっさとこいつらを置いて、退散しよう。

 俺は速度を上げて彼らを追い抜かし、爪で掴んでいた野盗達を投げ捨てて、そのまま森に姿を隠した。


「野盗を投げていった……。なんだったの、あのドラゴン……私達を助けてくれたの?」


「さあ、なんであれ俺達の命は助かったって事だけは分かりますがね。とりあえずこいつらは縛っておきましょう。お嬢様はクレイグと一緒に街に避難をしてください。俺は馬車と積み荷を拾ってきます」


 俺の耳に商会の人間達の声が届いた。

 彼らは無事に街に辿り着けそうだ。

 俺も日が暮れる前にさっさと人間化して、街に入ろう。初めて人間の街に入るのに野宿なんてしたくないし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る