竜の怒り
ヤバい。
空中から眷属達を探していたら、人間達が虐殺していたので、ついカッとなって1人やってしまった。
これから人間の街に行こうというのに、こんな短気でやっていけるのだろうか。ちょっと心配になってきた。
「く……。もう大丈夫だ絵里、いつも通り布留都と同じ場所で待機してろ。……このクソドラゴンが、許さねえ! 絶対にぶっ殺してやる!」
死んではいなかったようだ。
ただ、どうするか。完璧にこちらを敵として認識してしまっている。
今からの対話とかは無理そうだな。
……ま、いっか。
こっちだって眷属を殺されてキレてるんだし。むしろやりやすいな。
戦闘準備、昨日使った魔道具の鱗――
竜の体で使えるスキルは『竜魔術』、『爪牙技』、『はめ込み』だけか。
いいだろう。これで十分だ。
種として人間の遥か上位に位置する竜の戦いを味あわせてやる。
「来るぞっ! 聖、ケイト! 低空になったら、かく乱して抑えておけ!」
「分かってる。 ……後ろに行くぞ! 後衛を守れ!」
狙うべきは、前衛ではない。後衛だ。
火力支援、回復役。こいつらは特に厄介だ。
単体ではそこまで強くないのに、前衛中衛を強化して戦闘を長引かせる。
この世界の戦い方がどうかは知らないが、奴らは回復や魔法での支援と言っていた。
基本的な考え方は合っているんだろう。
「下がってきたぞ、狙え!」
装飾の多い宝剣を持った男が降下する俺を狙って斬りつけようとしてくる。
だが……。
『噴炎』発動!
「加速した!?」
『爪牙技』発動、強化された爪で回復役の女を掴む。
回復役の女を連れて空中へ、そしてそのまま速度を維持して地上へ突き落す。
「まずい、絵里!」
地味な方の剣を持った男が、女と地面の間に入る。
スレスレで受け止められるが、問題はない。最初から狙いはそれだ。
再び『噴炎』の発動。ただし、今回は尻尾の鱗を起点にした。
これなら角度を調整して、ある程度変則的な動きができる。
「馬鹿ッ! 聖、避けろ!」
「え? ……うわぁあ!」
こんな風に、一回転して尻尾を叩きつけるとかな!
竜輝と呼ばれた男が警告を受けたようだが、もう手遅れだ。
今確かに俺の尻尾の下で人間が2人、戦闘不能になった。
「クソっ、まともに戦わせもしねえのか、この卑怯なドラゴンが! ケイト、2人を安全な所まで運べ!」
金髪の女が走り出す。武器を持っていない所を見ると、あいつ素手で戦うタイプか。
なら多分、回避重点で防御は薄い。今が狙い目だ。
『竜魔術』発動。
自分の体を媒介とする発動方式ではなく、魔法陣を展開し威力の低い火炎弾を連射。敵の全体に放射し、牽制する。
この展開は長くは持たない。早めに1人仕留める。
「当たりマセーン!」
狙いはアレだ。剣で防御している奴でも魔法でいなしている奴でもない。回避に集中している女。
やはり回避重視のようで、素早いステップで炎の弾幕をかわしていく。
あれはユニークスキルか?
俺の攻撃を回避する度に、電気が女の足元に溜まっていく。電気が溜まる程に更に素早く、なっていく。
火炎弾を連射したのは失敗だったな。もう俺の爪ではあいつを捉えられない。
あいつもそう思っているようだ。薄笑いを浮かべ、こちらをあざ笑っている。
「竜輝! 私が一撃入れて動きを止めマース! 追撃アンド止め頼んだデース!」
金髪の女が火炎弾をくぐり抜けて、近寄ってくる。
距離を取り、地上の木を1本引き抜いて、持ち上げる。
爪が駄目なら範囲の広い剣を使うだけだ。
ドラゴンの形態で唯一『剣技』を使う方法。剣を空中で持ち上げ振り下ろす。
『
金髪の女が吹き飛んでいく。木にぶつかったが、動く気配はない。
直撃はしなかったが、かすっただけでも十分か。
「ケイト! ああ、クソッ。このクソトカゲが!」
何とでも言え、俺は効率的にお前達を倒す方法を実行しているだけだ。
やめる気はないし、勿論対話をする気もない!
「竜輝さん、落ち着いてください。
「……! 分かった、布留都。タイミングは合わせろよ」
陰険そうな眼鏡の男が、光球を展開する。
ようやく戦闘準備か。遅いな。
だがあいつのせいで、宝剣を持った男も冷静さを取り戻したな。
少し気を付けた方が良さそうだ。
距離を取って空中で待機する。魔力を使い過ぎたし、少しここで呼吸を整えて回復しないと。
「今だッ! 布留都、強化を頼む!」
「はい、どうぞ行ってください! 『
宝剣を持った男が、眼鏡の男に合図を送り跳んだ。
魔法によって肉体を強化したのか、上空にいる俺の所まで一直線に飛んでくる。
俺が降りるのを待つんじゃなかったのか!?
いや、もしかして先程の間は何かの互いにしか分からない合図を送っていたのか?
くっ、どちらにせよ、もう避けられない!
「クソドラゴン、勇者の俺に殺されな! 『怒髪帝剣』!」
光り輝く宝剣が俺の鱗を切り裂いていく。灼けるような痛みが走り、思考が乱れる。
まずい、このまま畳みかけられると終わりだ。
早く回避、ガード、いや反撃……。
駄目だ、考えるな! 動きが鈍れば殺される!
俺は勇者と名乗る男の剣に必死に対抗した。
魔法やスキルを使う事も、相手の後ろに支援役がいる事も忘れ、がむしゃらに爪を牙を振るった。
どれ程そうしていたのか、俺が気付いた時口の中には何かの肉の食感がした。
まさか人間を喰ったのか。
背筋に悪寒が走り、辺りを見回すと人間達は全員地面に倒れていた。
……勇者と名乗った男の右腕は無くなっていたが。
そうか、俺は人間の腕を喰ったのか。
嫌な気分だが、もう口の中の肉片は原形を留めていないだろう。
吐きそうになるソレを、無理やり飲み込んだ。
そして、同時に右肩の激痛に叫んだ。
「思い知ったか、ドラゴン。一矢報いてやったぞ」
俺の肩には矢が深々と突き刺さっていた。
飛んできた方向を見れば、最初に倒したはずの地味な男が弓を引いていた。
しかし、もう立ち上がる気力もないようで木に背中を預けた姿勢だ。
いつの間に弓を?あいつは剣士じゃなかったのか?それとも剣も弓も使える戦士なのか?そもそも弓をどこから出した?
そんな事を考えている場合ではない。あいつが2本目の矢をつがえている。
もうあいつが剣士だろうと戦士だろうと、どうでもいい。
これ以上俺や眷属が傷つけられる前に、こいつらを
人間形態になり、走る。こちらの方が今は速い。
弓を引き絞る男と、薙刀を振るう俺の距離が縮まる。
そして距離が縮まり、俺の薙刀が男の首を落とそうとする寸前。
俺の足がもつれ、その場に倒れこんだ。
「毒、か……」
麻痺毒。それもドラゴンに効く程に強力な物が、人間形態になった俺の体に回っていく。
人間化したのは失敗だったようだ。
俺に毒に対処する方法はない。完全に詰みだ。
さあ、弓を放て。俺の心臓を射ろ。
覚悟を決めて目を瞑る。
それにしても、あまりにも短い人生だったな。生まれて1年すら持たないとは。
結局、スキル集めも中々捗らなかった。
街に行けば、ここよりも経験を積んで多くのスキルを獲得できるはずだったんだけどなあ。
…………。いつまで経っても矢が来ない。
目を開けてみると、男の驚いた顔が見えた。
手に持った弓と矢は落とされ、完全に無防備だ。
「お前……
俺が独り……。何を言っている?
いや、独りではなく独――ヒトリ。俺の前世での名前か。
こいつは俺の前世の事を知っている。
そして、ドラゴンの目では小さな人間の顔はあまり見分けられなかったが、人間化した今なら俺も分かる。
「ひ、じり……」
なんてことだ。
目の前の人間は、俺の眷属を殺した男は、俺の前世での親友だった。
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