短い再会

 なぜ聖がここに? まさか高校時代に行方不明になって、そのまま異世界に行っていたのか?

 よく見れば、周りに倒れている他の人間達も見たことのある奴らばかりだ。

 

「独なのか? 本当に? なんでドラゴンに……いや、それよりも大丈夫か!」


 聖が俺に駆け寄り、矢を引き抜く。傷口が染みる……薬を塗っているのか?

 

「ごめん。麻痺を治す薬は持ってないんだ。その代わり傷を塞ぐ薬を塗っておいた。……ドラゴンならすぐに治るのかもしれないけど、これくらいさせてほしいんだ」


 湯河聖ゆかわひじり。見た目は地味だが、誰にでも優しかった俺の少ない友達。

 ライトゲーマーで楽しみ方は違うが、俺と同じゲーマーで色々なゲームを楽しんでいた。

 死んだと思っていたから、ここで会えるなんて驚いている。

 訳を話せ。

 そう言おうと思ったが、口が麻痺して話せない。


「そういえば、周りの魔物はもしかして独の友達なのか? 本当にごめん。俺はやってはいけない事をしてしまった……。でもどんな暴言でも受け入れるから、麻痺が治ったらまた話をしてくれ……」


 突如、地響きと共にドラゴンの咆哮が轟いた。

 聖は驚き俺から距離を取るが、吠えたのは俺ではない。

 俺はこの声を知っている。

 里の同世代で最も強いと豪語していた傲慢なドラゴン。


「人間! お前何をしている! ヒトゥリから離れろ!」


 ヴィデンタスが俺をかばう様に、聖との間に入り込む。

 あれこれ、こいつが来たからもう聖と話せないんじゃないか?

 というより聖の方がヤバいぞ。

 素の能力で言えば、ヴィデンタスは俺の格上だ。

 前回の戦いで勝ったのはスキルの使い方や意表を突く戦い方が俺の方が慣れていたからだ。

 人間対ドラゴンの戦い方をしてしまえば、手負いの聖なんて瞬殺だろう。

 体の痺れが取れない俺にはどうすることもできない、聖の交渉能力に賭けるしかないか。

 聖が、一歩前へ足を踏み出した。


「俺はただ、独を……ヒトゥリに手当てをしていただけだよ。そのドラゴンとは知り合いなんだ、それに気づかず攻撃をしてしまったんだ!」


「嘘を言うな! こいつは里から出てまだ日も経ってねえ。人間の知り合いなんているかよ」

 

「本当だ! ヒトゥリの右肩を見てくれ。薬を塗ってあるだろう」


 ヴィデンタスが俺の肩をちらりと見る。

 そこに薬の塗られた跡を見つけると、納得したようで聖に対する威嚇をやめた。


「嘘は言ってねえようだな……。だが、お前が俺の仲間を傷つけたのは確かだ。これ以上お前と話すつもりはねえ、さっさと仲間を連れて失せろ。殺すぞ」


「待ってくれ! 俺はヒトゥリと話を……」


 ヴィデンタスが牙をむき出しにして、聖を威嚇する。

 これ以上対話は無理だと分かったのだろう。聖は悔し気に引き下がり、仲間を起こし始めた。

 ヴィデンタスが俺を足で掴み連れ、飛び立とうとする。

 俺はヴィデンタスに噛みついた。

 待ってほしい。俺の眷属が死にそうなんだ。

 そう目で訴えかけると、理解してくれたのかヴィデンタスは眷属達を見た。

 眷属達の体を光が包む。


「ヒトゥリ、お前の群れの奴らは『治癒魔法』スキルで、ある程度の手当てはしてやった。後はこの魔物共の生命力次第だ」


 そう言ってヴィデンタスは飛び立った。

 俺の体は無茶な戦闘のせいで限界だったのか、そこで意識が途切れた。



 目が覚めた時、俺は見慣れた里の寝床にいた。

 やたらと硬い岩の寝床だ。他のドラゴンにはしっかりと加工を施している者もいるらしいが。

 起き上がって寝床から出ようとしたら、ルルドピーンが寝床の前にいた。

 出待ち……いや、丁度俺の様子を見に来たのか。


「あ、起きたのかヒトゥリ。もう傷は治っているだろう? オーラ様が呼んでいる」


 オーラが? あのブラック企業の社長みたいな奴が俺を呼んでいるのか……逃げたい。


「勝手に里を抜け出した事と、今回の人間達について話をするのだろう。大丈夫だ。私も一緒に謝ってやる。さあ行くぞ」


 何やら張り切るルルドピーンに連れられて、俺はオーラの棲む天業竜山の頂点にやってきた。

 ここはいつも雲に隠れていて視認性が最悪だ。なんだってこんな所に棲みたがるんだ。

 俺は先を行くルルドピーンの後ろについてオーラのいる岩屋まで進んだ。


「よく来たな。我が子達よ」


「失礼します。ヒトゥリを連れてきました」


「お久しぶりです。オーラ様」


 正直まったく口を利きたくない気分だ。

 前世の間接的な死因だからな。ブラック企業の社長って。

 話とは何だろうか。やはり叱られるのだろうか。無断で出ていくなとか。

 ああ、そう考えたら少し怖くなってきたな。

 オーラは俺からしたら化け物だし。

 ナイーブな気持ちになっていると、オーラが俺を見て口を開いた。


「人間と知り合いだというのは本当か?」


「えっ?」


 ああ、聖の事か。

 ヴィデンタスが喋ったんだろうな。

 怪我をした俺を連れ帰った時に、騒ぎになっただろうし。

 だが何でそんな事を。まあいいか。


「本当です。彼とは昔……あー、ちょっと前に知り合ったんです」


 昔とか異世界の記憶とか言っても信用されるか怪しいし誤魔化しておこう。

 多分、今それはそこまで重要な部分じゃないだろうし。


「そうか。……ならば良い。あの者達については他の者に調べさせよう。お前の友人には悪いようにはしない」


「はい、ありがとうございます」


 それは良かった。報復で全員喰ってやるとかされたら、せっかく会えた聖にまた会えなくなるからな。

 俺が落ち着いたのを見て、オーラは少し笑った。


「話は変わるが、お前は里の外に出たいのか?」


 おっと、やっぱり来たな。

 素直にここが嫌だから外に行くなんて言えるはずもないだろう。

 なんと誤魔化すか……。


「オーラ様! ヒトゥリを叱らないでください。こいつはただ、外に憧れただけです!」


 ルルドピーンがかばってくれる。

 理由は少し違うが同じような物だ。

 俺は黙っていよう……。


「ルルドピーン。友をかばうのは良いが、私は今ヒトゥリに聞いているのだ」

 

 無理か。

 うーん、叱られてしょぼくれてしまった。可哀そうに。俺なんかをかばったばかりに。

 これじゃあ俺が答えるしかないのか。

 でも俺の里を出たい理由なあ。

 ブラックみたいで嫌。以外だろ?

 それだったらコレだよな。


「俺はスキルを集めの旅に出たいんです」


 やはりコレだ。

 俺はスキルを組み合わせたり、工夫して使うのが好きだ。

 『天業合成』を活用するにも、多くのスキルを検証して不要なスキルを集めていかなければいけない。

 強いスキルを素材にしたり、数を多くすればレアなスキルが合成できるかもしれないな。


「ほう、やはりか」


 俺の答えを聞いたオーラは目を細めた。

 なんだ?これで納得してくれたのだろうか。


「ヒトゥリ、旅に出るのなら人間の街に行くと良いだろう。これを持っていけ」


 そう言って、オーラは俺に2つの袋を渡した。

 中を見てみると、片方には大量の硬貨が。もう片方には数冊の本が入っていた。

 取り出して中身を見てみると、どうやらスキルとその効果が書かれているようだ。


「それは人間の使う貨幣とやらと、多くのスキルについて名と性質の書かれた書物だ。全てが書かれている訳ではないが、役に立つだろう」


「あ、ありがとうございます」 


 なぜオーラは俺にここまでするんだろうか。

 この人はブラック企業の社長じゃなかったのか?

 不思議に思いながら、俺は貰った物を街に行くために準備していた道具入れの中に入れた。

 話を終えたと考え、俺とルルドピーンはオーラに礼をしてオーラの岩屋から出ていく。

 ルルドピーンが岩屋を出た丁度の所で、俺はオーラに呼び止められた。

 何かと思い、ルルドピーンを先に行かせて俺は再びオーラの前に立った。


「ところで……ヒトゥリ、お前は『欲望の繭』というスキルを持っているな?」


「なぜそれを……!?」


「私はありとあらゆるスキルの状況を把握できる。お前がどのようなスキルを所持しているのか、そしてそのスキルの性質もな。1つ忠告しておこう」


 そうだった。オーラは『天業支配』で全てのスキルを文字通り支配しているんだった。

 そんなオーラが忠告する物なのか?

 この『欲望の繭』という謎のスキルは。

 俺は固唾を呑んでオーラの次の言葉を待った。


「欲望を抑えろ。……ドラゴンであるお前には酷だ。しかし、出来ねば欲に呑まれるぞ」


「欲望を抑える……? 欲に呑まれるとは?」


「詳しくは言えん。【繭】をふ化させてしまえば、お前は欲の権化となり私はそれを滅ぼすだろう」


 オーラはそれ以上語らなかった。

 スキルを司るドラゴンの長であるオーラが隠そうとしている事だ。何か深い理由があるのだろう。

 俺もそれ以上は詳しくは聞かなかった。


 こうしてオーラとの面談は終わった。

 餞別も貰ったことだし、これで大手を振って里を出れる!

 ありがとう、オーラ様!

 今度こそ街に行こう。人の住む街へ。

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