樹海の異変

 暗闇の中で目が開く。

 朝のようだ。

 洞窟の中は光が差さないから、時間が分かりにくくていけない。

 だが、それも今日までだ。


「なんせ今日から俺は街に行くのだからな!」


 咆哮が洞窟の中で反響する。うるさい。

 ああ、久しぶりにテンションが上がってしまった。

 こんなにテンションが上がったのは、里でスキルの検証をした時以来か?

 

 洞窟を出て空気を吸う。ただでさえ樹海は昼夜問わず暗いのだ。

 朝の空気で目を覚まさないと。

 なんたって今日は街に行く日だからな! 新鮮な気持ちでいないと!

 だが、空気に交じって微かに、これは血の匂い……?

 まあオーガ達が狩りでもしているのだろう。

 俺はそう考え街に行くための荷物を抱え、飛び立った。


「おかしい」


 俺は呟いた。

 飛び始めて5分。樹海の空を飛ぶのは俺1人。

 流石におかしい。こんなに静かなのは異常だ。

 樹海も、空も何だか気味の悪いくらいに静かだ。

 いつもなら樹海には獣やゴブリンやオーガ達が、空には鳥やレッサードラゴンがいたはずだ。

 それにここに来てからは、俺が外に出るとレッサードラゴンがうるさいほどに、ついて回っていた。

 そもそも、あいつは俺の洞窟の前で待機していたはずだ。眷属の務めだとか何とか言って。

 俺がやめろと言っても聞かずに、あれこれとついて回ってきて。

 最後に挨拶ぐらいはして行くか。……何だか嫌な予感がする。

 俺は急旋回して皆を捜した。




 樹海の中に五人の人間が足を踏み入れた。

 その人間達は立ちふさがる魔物達を殺し、瞬く間に樹海の奥へと足を進めた。


 「ったく、こんな下級の魔物相手もう飽きたぜ。おい布留都ふると、まだ天業竜山とかいうのは着かないのか?」


 逆立たせた髪を撫で上げながら、人間の男が吐き捨てるように言った。

 そして男はなんとなく、倒れたゴブリンに足を乗せ、心臓を華美な装飾の剣で貫いた。


「下級の魔物ばかりではありませんよ、コレは上級に分類される魔物だと言ったでしょう? 竜輝りゅうきさん。それに天業竜山ならもうすぐです。」


 眼鏡をかけた長髪の男――布留都が魔物の死体を漁りながら、竜輝と呼ばれる男の間違いを正した。

 訂正に舌打ちで返す竜輝に対して興味もないのか、布留都は魔物の心臓横の内臓魔石を手際良く回収していく。


「布留都って本当に地味な作業が好きデスね。こんな事しているから、いつまでも天業竜山に着かないデース。お手伝いしマスか?」


「結構ですよ、ケイトさん。君は少し大ざっぱですからね。レッサードラゴンなんてレアな魔物の魔石に傷が付いてはいけない。火を吹くからコモンドラゴンを期待していたんですが、まあこれでも十分貴重です」


 申し出を断られたケイトはふらふらと金のポニーテールを揺らしながら、集団の中のもう1人の女の子の元へと移動していた。

 

「エリー、なにしょんぼりしてるデース! 殺した魔物を憐れんでるデスか? 本当にエリーは優しいデース!」


「きゃあ! ……ケイト先輩! もう、いきなり抱き着くのはやめてくださいね。びっくりしちゃいますから、それに私は絵里ですよ」


 エリー、絵里はケイトを振り払うが、格闘家タイプのケイトはそれをかわしながら絵里をからかい続ける。 

 それを見ていた髪型、顔立ち共に平凡な男が言った。


「仲良しなのは良い事だけど、あまりここで油断しない方がいいよ。いつ強力な魔物がやってくるか分からないんだから」


「はあ~。ひじり、お前は慎重すぎるんだよ。ここまで出てきたのは強くてもオーガかレッサードラゴンぐらいだったろ?」


「そうかもしれないけど……。それに魔物だからって、そんなにいたぶるような真似も良くないと思う」


「はあ? 魔物相手に何言ってんだって。こいつらは人間じゃないんだから別にいいだろ」


 竜輝はため息をついて、足元のゴブリンだった物を蹴飛ばした。

 聖がその蛮行に眉をひそめたのを見て、鼻で笑って話を続ける。


「それに今回は天業竜山に辿り着けばいいんだ。そこに棲むドラゴンにこれを見せればいいんだから、気を張る必要もないっての。そんなに気を張ってたら疲れちまうぜ、俺達は前にドラゴンを倒したこともあんだから気楽に行こうぜ」


 そう言って竜輝は古びた紙片を取り出す。

 人間には分からない竜の言葉で書かれた契約書だ。

 天業竜山に辿り着いてこれを掲げれば、竜の長と会談ができるという契約を、彼らの雇用主が以前結んでいたのだ。


「その通り。僕達の任務はドラゴンと戦う事ではありません。それに、この樹海の主はレッサードラゴンと事前調査で分かっています。これ以上強い魔物は現れない……」


 布留都の言葉を遮りドラゴンの咆哮が鳴り響いた。

 急速に人間達の周囲の空気が熱を帯びる。

 ドラゴンだ。

 誰かがそう叫ぼうとした時、既にソレの尻尾は竜輝を弾き飛ばしていた。


「竜輝ッ! 絵里、今すぐ竜輝の回復を! 俺とケイトはあのドラゴンを抑えるぞ! 布留都、魔法で援護を頼む!」


 聖とケイトがドラゴンの前に立ち塞がり、追撃を阻もうとする。

 ……が。

 

(降りてこないッ!)


 ドラゴンは飛行を維持したまま、人間達を見据えている。

 以前戦ったドラゴンはこんな事をしなかった。彼らは思った。

 ドラゴンという種族は自分達の力を過信しているのか、大抵は地上に降りて力を直接振るう事を好んでいる。

 それが、空中に留まり続けるというのは異常な事だ。

 『空中を飛び続け火を吹いたり物を落としたりしたら、一方的に攻撃ができる』

 それは自分の力に誇りを持つ傲慢なドラゴンには出てこない発想だ。

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