里からの刺客

「てめぇえ! ヒトゥリィ……さっさとかかって来いや!」


 俺の前で1人のドラゴンが吠える。

 岩のような鱗を持ち、俺よりも一回りデカい。

 ヴィデンタスはイラつきながら近くの木を尻尾でなぎ倒し挑発してくる。


「ヒトゥリ様~! そんな奴ワンパンっス!」「やれやれー!」「俺達の主に舐めた口ききやがって!」「ヒトゥリサマ、オマエよりツヨい」「チョウシにノってないでオウチにカエんなってヒトゥリサマはイってる」


 外野の魔物共もヴィデンタスと俺が戦うように、けしかけてくる。


「何だとヒトゥリ! ぶちのめしてやる!」


 それを聞いたヴィデンタスも更にキレるし、どんどん収集つかなくなっていく。

 ああ、何でこうなってしまったんだ……。

 少し思い出してみるか。


 俺はその日、レッサードラゴンから聞いた人間の文化を元に、服や道具などを作成していた。

 進めて行く内に上機嫌になっていた俺は、いつも通りに洞窟に帰って眠ろうとしていた。

 そして、そこでやたらと大きなドラゴンが待ち構えていた。

 ヴィデンタスと分かった瞬間に、面倒事を避けようと飛び立ったが、尻尾を噛まれて連れ戻された。

 離せ、離さんと問答をしている内にぞろぞろと眷属の魔物達がやってきて、そいつは誰ですかと騒ぎになってしまった。

 気付いたら、俺を貶すヴィデンタスと褒め讃える眷属達で言い争いが始まっていて、こんな事になっていた。


 ああ、さっさと洞窟の中で眠りたい……。

 準備は終わったんだ。明日になったら俺は人間の街に行くんだ。そうしたら、人間の文化に触れて、美味い飯を食って、スキルについて研究して……。


「ボーッとしてんじゃねぇぞヒトゥリ!」


 反射的に『跳躍』し、飛び込んできた塊をかわす。合成していなかったのが運良く作用した。

 後ろの岩壁に衝突した塊を見ると、茶色い何かが蠢いている。

 ヴィデンタスだ。

 俺に突進し、初手を奪おうとしたのか。

 

「チッ、素早いじゃねえか。体が小さい分動きやすいのか?」


 標準的な幼竜の大きさだ。俺は。

 というか、ヴィデンタスの奴は体の大きさに比べて動きが素早すぎる。

 何かのスキルを使ったのか? 流石にコモンドラゴンとメタルドラゴンの種族差とは考えにくい。

 メタルドラゴンは動きが鈍い事で有名だからな。


「もう一度行くぞ! 次はかわさせねえ」


 ヴィデンタスが岩壁を蹴り、加速する。

 ただ、速度を上げただけか。これなら余裕で……。


「ぐあっ!」


「俺が同じ攻撃を二度繰り返すと思ったか? 馬鹿が!俺はお前よりも戦闘慣れしてんだぜ!」


 『跳躍』し上に逃げた俺に、岩の塊のような物が打ちつけられた。

 なんだこれは。岩壁の欠片? そうか!


「蹴りで壊した岩壁を魔法で飛ばしたのか……!」


「その通りだ。さあ、止めだヒトゥリ! お前は里に帰るんだよ!」


 再びヴィデンタスが突進の体勢をとる。

 俺は空中で岩にぶつかり体勢を崩している。

 これなら、外すことなくメタルドラゴンのパワーと鋼鉄の体を活かせる。

 中々考えられている。

 だが……。

 俺は更に浮上し、ヴィデンタスをかわした。


「なっ、また飛んだだと! ありえない! その体勢から飛ぶのはできねえはずだ!」


 ヴィデンタスが突進の方向を急転換し、岩壁に衝突する寸前で留まる。


「『魔工』を使った。お前も使えるだろ? 里にも使える奴がいた。『天業模倣』でコピーできたはずだ」


「使えるけど、『魔工』にそんな力はねえ! 道具を作るだけのスキルに一瞬で浮上するなんて効果は……」


「だから自分の鱗を魔道具に加工したんだよ。『竜魔術』の『飛行』の魔力を籠めた道具に」


 ヴィデンタスは俺の言葉を聞いて呆気に取られた表情をしている。

 だから甘いのだ。他人のスキルをコピーして何でもできる力を持ちながら、それを活かそうとしない。

 俺の『天業合成』がダメなスキルだと思わないが、ヴィデンタスの『天業模倣』と比べれば劣っているとしか思えない。ルルドピーンの『天業創造』となんか比べ物にもならない。

 俺はこの劣等感を抱えて生きてきた。前世からそうなので今更気にもしていない。

 けど、目の前の奴みたいに才能のある奴が、自分の才能を殺しているのは許容できない。

 ゲーマー時代もそうだが、俺は俺よりも才能のある奴が嫌いだ。更にそいつが自分の才能を殺しているのは尚更だ。


「なんだ……ヒトゥリの癖にいい顔すんじゃねえか。目の前の奴をぶっとばしたくて、たまんねえって顔だ」


 そして、俺はそういう自分よりも才能のある奴を倒すのが大好きだ。

 自分の才能を理解できていない、生来のマウントマンを負かして煽るのが大好きだ。

 自分の才能に驕って努力をやめた天才を、凡人の俺が食って上に立つのが大好きだ。

 

「ああ、ヴィデンタス。お前をぶっ倒してやる、覚悟しろ」


「へっ、やっとやる気になったか。いいぜ、や……」


 返事を聞く前に俺の牙がヴィデンタスの鱗に食い込む。先手必勝だ。

 魔道具と化した鱗に付与された『噴炎』の魔法が発動し、俺を急加速させたのだ。『噴炎』は通常なら口から吹かれるブレスの一種だが、鱗を起点にすればブースター代わりにできる。

 そして牙でしっかりと捕まえたまま、『跳躍』を発動し跳ぶ。……思っていたより高さが足りないな。

 ヴィデンタスの巨体を咥えたまま跳ぶのは不可能なようだ。更に後押しが必要か。


「うおおおおっ! ヒトゥリ、お前何をするつもりだ!」


 更に『噴炎』の魔法を発動。鱗に籠められた魔力が切れた。後でもう一度魔道具に加工しなおさなければ。

 だが、高さはもう十分。このまま地上に叩きつけてやる!


 迫る大地に向けて、翼を使った自力での加速を始める。ヴィデンタスもやっと俺のやりたい事が分かったのか抵抗を始める。

 無駄だ、絶対に離しはしない。


「グッ、硬ァ!」


 地面スレスレで俺の牙がヴィデンタスから弾かれた。

 思わず相手を見ると、ようやく何が起きたのか分かった。


「『鋼鉄化』だぜ。俺がメタルドラゴンだって忘れてたんじゃねえか?」


 ヴィデンタスの鱗は金属のような光沢を放ち、俺の噛みついた部分は噛み跡も無くなっていた。

 『鋼鉄化』、あいつがメタルドラゴンに進化した時に獲得したスキルで、自分の体が鋼鉄のように丈夫になる。

 こうなったあいつには、もう生半可な攻撃は効かないだろう。今の俺では勝てない。

 

「今度こそ本当に止めだヒトゥリ! 大人しく里に帰れ!」


 そう、今の俺では。

 ヴィデンタスの巨体が俺に迫り、そして衝突の土煙と共に轟音が樹海に響いた。

 煙が晴れ、倒れていたのはヴィデンタスだった。


「な、なにを……した?」


「魔法で『人間化』、『竜人化』。魔道具で『腕力強化』『脚力強化』『噴炎』。スキルで『はめ込み』『剣技』『棒技』『爪牙技』。何をしたかと言われれば、合わせて9つだな」


 人間と化した俺の持つ薙刀が、突進してきたヴィデンタスの首元に突き刺さっていた。

 竜の逆鱗という部位だ。

 俺達ドラゴンの首元に生えている1枚逆さの鱗をそう呼ぶ。大抵のドラゴン族にとって弱点で、そこに攻撃を受ければどんなドラゴンでも痛みに悶えると里で聞いた。

 

 俺はそこを今出せる全力を持って攻撃した。

 首元を狙いやすいように『人間化』、『竜人化』を使い、できる限りの魔道具による強化を重ね掛けた。

 そして『噴炎』での衝撃の相殺、『はめ込み』での足元の固定、『剣技』『棒技』『爪牙技』で全力で突きを放つ。


 ヴィデンタスの喉に突き刺さった薙刀を引き抜き、距離を取る。

 転げ悶えるヴィデンタスを見る限り、俺の攻撃はかなり効いたらしい。

 『剣技』と『棒技』を両方発動させるために長さを調整してできたのが薙刀だった。初めて扱うから上手くいくか、心配だったが杞憂だったようだ。

 ただ、『剣技』『棒技』両方が中途半端な発動になっているのだろうか。思っていたよりも破壊力が出なかった。まだスキルには検証が必要な部分が多そうだ。


「さあどうする。ヴィデンタス、まだやるか?」


 転げるヴィデンタスに声を掛ける。

 ここまで痛手を負ってまだ戦うという事はないだろう。


「クソが……! 覚えていろヒトゥリ、次は負けねえぞ!」


 ヴィデンタスは立ち上がり翼を広げた。

 そうすると思った。

 首の傷は放っておけば、悪化する。ドラゴンの生命力で死ぬ事はないだろうが、早く治療しないと傷が長引くからな。

 こんな喧嘩のためにそこまではしないだろうよ。


 飛び立とうとしたヴィデンタスが、動きを止めた。

 なんだろうか。まだやる気か?


「ヒトゥリ。皆……ルルや俺もお前が帰ってくるのを待ってるんだぜ。……また来るぞ!」


 そう言い残してヴィデンタスは今度こそ飛び立った。

 ……何だって言うんだ。

 里を出るドラゴンを追ったって仕方がないだろう。


「俺は戻るつもりはないぞ……絶対に!」


 明日にはこの樹海を出る。俺の決意はお前の鱗よりも固いぞ。ヴィデンタス。

 俺は囲んで騒ごうとしてくる眷属達をあしらって、洞窟に戻った。

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