第11話 震える土、蠢く岩達11 シェノールの過去4

 行ってはいけない。今なら、引き返せる。




 友達が死んで、心を痛めてるのに、




 これ以上、痛めつけてどうする?




 頭の中で、もう一人の自分が囁く。




 私なら、大丈夫。




 私はもう一人の自分に、言い返す。




 再び、もう一人の自分が囁く。




 無理するな。後悔するだけだ。




 行っても、何もしてやれないだろ。






 うるさい!!!!




 それでも、私は知りたいの!!




 行けば、何かの力になれるのかもしれないじゃないの!!




 私はもう一人の自分の囁きを無視して、ドアを開ける。




 すると、タンスの形をした、透き通った容器がが等間隔に並んでいる。




 よく見ると、タンスの中に黄緑色の液体で満たされてる。




 さらに、その中には人が入っている。




 そう、これがLGMB。別名、生きたまま入る棺。




 何時見ても、死体のホルマリン漬けみたいで、気持ち悪い。




 おそるおそる、私は室内に入った。






 部屋に入ると、病院の死体置き場のような臭いがする。




 部屋の様子を眺めると、様々な光景が広がる。




 あるLGMBの前では、恋人らしき人が人目をはばからずに、



 涙を流して嗚咽する。




 別の所では、友人か知り合いらしき人が、千羽鶴や花をLGMBの横や前に飾る。




 また別の所では、親友か家族らしき人が回復を信じて、



 LGMBに他愛のない話をする。




 死んでいるのに生きている、生きているのに死んでいる。




 LGMBは生と死の狭間に彷徨う人が入る、生きたまま入る棺。




 残された知人や家族にとっては、患者の回復を祈るための祭壇。




 人々の様子を見ると、私は不安が助長される。




 仮に友達の言う事が本当だとしても、今は違うのかもしれない。




 急に症状が急変して、妹は死んでいるのかもしれない。




 あの、思わず抱きしめたくなる妹の笑顔が、二度と見れなくなる。




 あの、少し煩わしい妹の説教が、二度と聞けなくなる。




 そんな最悪な不安を振り払うように、私は妹のLGMBを探す。




 しばらく探すと、お姉ちゃんの姿を見つける。




 急いで、お姉ちゃんの所へ駆けつけた。






 すると、お姉ちゃんの傍に見覚えのある男の姿があった。




 やや小柄で、顔半分は包帯で隠れているが、インテリ風でキザっぽい顔立ち。




 あれは妹の隊の副隊長だ。




 固唾を飲んで、二人は何か見つめている。




 すると、もしかして……。




 緊張で息が荒くなり、心臓の鼓動がバクバクと爆発しそうだ。




 私も二人の視線の先をゆっくりと、見てみる。




 そして、目の前のことが理由の判らずに、




 ただ、私は呆然としていた。




 いや、頭の中では目の前の事を認識することができないでいた。




 しばらくすると、目の前の事を認識することができた。




 やはり、友達の言った通りに、現実のものとして現れた。






 LGMBの中には意識も無く、妹が居た。




 妹の体は全身傷だらけで、両下肢と右腕が無い。




 顔はもっとひどく、両目と両耳が無い。




 おそらく、妹は敵に拷問か見せしめなどにされたのだろう。




 私の頭のどこか冷めた部分が、妹の体の傷やその時の状況を分析している。




 しかし、この事を認識した瞬間に、私の手は男の頬をひっぱたいていた。






 どうして、妹を危険な目に合わせたのか。




 もう一回、男の反対の頬を叩く。




 どうして、妹はこうなる前に助けてやれなかったのか。




 男は黙り込んだまま、かわすこともなく、私に叩かれていた。




 黙っている男に腹を立て、胸倉に掴む。




 そして、私は男を睨みつけるが、男は目を逸らす。




「そのくらいにしなさい。」




 その時、この様子を静観したお姉ちゃんが淡々と、私に言う。




 私は男の胸倉を放すと、目から涙が溢れているのに気づいた。




 あれ?友達の時は大丈夫だったのに。




 幾ら目を擦っても、涙が止まらない。




 あれ? あれ?




 すると、お姉ちゃんがそっと、私を抱きしめてくれた。




「うあああああああぁぁぁぁあああん!!!!!!」 




 人目もはばからずに、私は大声で泣いた。




 心の底に溜まっていた色んな感情が、声と共に溢れ出て来る。




 そんな私達の傍で、男は沈黙したまま、うなだれていた。








 なんで、妹が愛したこの男が、妹を守ってやれなかったのか。






 その後の事は覚えてない。 




 気が付いたのは家のベットで、窓を開けたら、外が暗かった。




 数日間はあの男を恨んだ。




 なんで、あの男が妹を見殺しにしたのか。




 もし、そうだとしたら、どういう風にしようか。




 殺してやるか。




 それとも、妹と同じ目と、遭わせてやるか。




 そうでないなら、なぜ、黙っているのか。




 妹の仇を探しにいかないのか。




 その事ばかりをずっと、考えていた。






 数週間、数ヶ月が立っても、妹は目を覚ますことはなかった。




 あの男への恨みや妹の仇を取ろうとする気持ちは、徐々に薄れたのかもしれない。




 今は、あの男への恨みや妹の仇を取ろうとする気持ちは、あまり無い。




 しかし、恨みや仇を討ちたい気持ちは消えないが。




 その間にも、LGMB室の患者は妹が搬送した時の半数まで、減っていた。




 無事に退院する者や死体として出て行く者。




 それらを喜んだり、悲しんだりする家族や知人。




 そんな姿を見ると、天に祈らずには居られなかった。




 妹には早く、目を覚まして、昔と変わらぬ姿を見せてほしい。




 それがだめなら、意識だけでも、取り戻してほしい。




 その気持ちが日に日に強くなって行く。




 そんな方法がないのかと、何度も医師に聞くが、首を横に振る。




 ただし、こんな事を言っていた。






 妹の無くなった腕や足などは、無理やりに引きちぎられたらしい。




 そのせいで、意識が戻らないのかもしれない。




 無くなった腕や足などを取り戻せば、意識が戻るかもしれない。




 医師は私を追い払うために、適当な事を言ったのかもしれない。




 しかし、私はそれを信じる事にした。




 医師でもない私が、妹に出来る唯一の事だから。








 失った妹の体のパーツを必ず、見つけ出す。






 私は胸の中で、そう誓った。




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