優しい拷問

ひーこー

優しい拷問

 ここは映像技術、イラスト、声楽などの情報コンテンツについて学べる専門学校。僕はここの二年生で、将来は声優になりたいと思っている。

 そんな学校の、七もあるかわからない不思議の一つに「送られた者のほとんどが懺悔する拷問室」なるものがあるらしい。しかし拷問なんて現代で認められているはずもないし、なぜこうも懺悔してしまうのだろう。いや、拷問なんだから懺悔するのが普通なんだろうけど、なぜ拷問として一定量の懺悔が得られることと、誰にも告発されていないことの両立ができているのだろう。

 ……もちろん他にもこの学校に不思議はある。なぜ僕が今回この話を取り立てて書くかというと、僕が先日ここに行ってきたからで。


「ユウ?何してるの、机になんか向かって」

「悪い?みぃこそ机に向かわなくていいの?未来の人気小説作家さん」

 ここで初めて書くけど、僕はユウ、とみぃに呼ばれている。みぃというのは僕の同い年の幼馴染。一緒にこの学校に入ったまではいいけど、みぃは作家を目指しているので、僕と方向性は違う。あ、ちなみにみぃは女の子だ。

「何よ、ちなみにって。人物の描写に性別は大事でしょ!」

 僕は趣味で小説を書いている。たまに僕の文章を覗いてはなにかと口を挟んでくる。作家を目指しているだけあってそのアドバイスは的確で、一応は素直に従うことにしている。

「みぃ、そろそろ課題の締め切りだって聞いたけど、ちゃんと書いてる?」

「ん~、なーんか降りてこないんだよね」

「まだ手もつけてないの!?さすがにマズいよ、それは」

 みぃはどうしてこうサボり癖があるのだろう。こう見えても彼女の文章の才能はすさまじいものだそうで、彼女の書いた原稿を初めて見た教授がコピーをとらせてくれと頼んでいたという話は学校でそこそこ有名だ。

「まぁ降りてこなかったらそれまでだよ、仕方ない」

「今までそうやってどれだけサボったの?」

「……一ダースくらい?」

「素直に十二って言えないの!?というかそんなにサボってたの!?」

「もうちょっと少ない気もしないこともない……よ?」

「『よ?』じゃないよ!……最悪拷問室送りだって聞いたよ?あの」

「ほとんどが懺悔とかーってやつ?あははっ、あんなのただの噂だよ」

「むしろ僕としては、みぃにさっさと懺悔してほしいよ」

「私が拷問されてもいいっていうの?」

「うん」

「ひどいっ!」

 その締め切りはすぐにやってきた。案の定、みぃは課題を出さなかった。

「……」

「みぃ、結局サボったんだ?」

「……ん」

「みぃ?やけにシュンとしてるけど……?」

 反省の色、というのが何色かは知らないけど、少しだけそれがみぃの周りからにじみ出ているような。

「……ユウ、私……拷問室に呼ばれた」

 前言撤回。自主的な反省ではないらしい。

「呼ばれた?」

「手紙が届いたの。拷問室に来るように、来ないと無条件で退学って」

「退学……それは、行くしかないね。その手紙、本物なの?」

「学校と校長のハンコがあるよ……」

 学校も認めている制度なのか。驚きだ。

「それでね、ユウ、その……一緒に来てよ」

「え?いやいや、まさか僕も来いなんて書いてあるわけじゃあるまいし」

「そのまさかなの!」

「……はい?」

「ユウも来てって書いてあるの」

 みぃの言うことが嘘だとしたら、拷問室前で開放されるだろうし、本当だとしたら僕はついていかなきゃいけない。何よりも僕自身、拷問室がどういうものか興味があったので、みぃの後について、拷問室に行ってみることにした。さて、何が待っているのやら。

「ここ、みたい」

 手紙に地図が書いてあったようで、そこにはさほど苦労せずについた。拷問をする場所とは思えないほどに普通の外観。用具置き場なんて言っても差し支えない。

「失礼しまーす……」

 弱気なみぃを先頭に扉をくぐる。いつもは少し上から目線なみぃのこんな反応を見るのが楽しいと感じている僕は、サディストなんだろうか。

「来たわね。そっちはお連れさんね、入って」

 中から顔を出した女性が一人。あまり歳が離れているようには見えないので、おそらく先輩だろう。僕をあっさりと受け入れたところを見るに、みぃの言っていたことは本当なのだろう。

 中は赤々としていて、血の気がする。とても用具置き場とは言えない。部屋は壁と扉で二分されていて、こちらからは奥側の様子は見えないが、そこには拷問器具が置いてある。見えないにもかかわらず、なぜ僕がそれを知っているかというと、僕だけがこの奥の部屋に通されたからだ。

「じゃあ、あなたはこっちね。あんたはそこで座ってなさい」

 連れである僕を「あなた」、被拷問者にあたるみぃを「あんた」と呼ぶあたり、きちんと差別化が図られている。

 僕は奥の部屋で、この拷問の真実を知ることになった。


 椅子は硬くてあまり座っている気になれない。でもそれよりも、ユウと先輩が二人で奥に入っていったのが気になる。私とユウを隔てているのは赤い壁と扉、そして意味深についているスピーカーだ。どうにも気になって、奥へつながる扉に手をかけようとしたその時。

 バチィィン!!

 激しい破裂音、と思った瞬間、

「ああああぁぁっ!!」

 ユウの声がした。

「ユウ!?ユウ!!」

 私の視線は扉とスピーカーを行き来する。間違いなくユウはこの扉の先にいるはずなのに、音だけはスピーカーから聞こえてくる。

 どうしてユウの叫び声が?あの破裂音は?

 バチィン!

「がァァァッ!」

「……ウフフ、まさかもうダメなんて言わないわよね?」

「ぐっ……どう、して…?」

 私は思わず扉を開け……ようとした。それが開くはずもないのに、ドアノブを持って我を忘れてそれを前後に動かそうとした。

「ダーメ、教えてあげない。……アハッ、情けなくてカワイイ顔ね」

「ユウ!!どうしてユウが……私じゃないの!?」

 ユウは、痛めつけられている。そう直感した。どうして?

「ほらほら、まだまだいくわよ!」

「ぅ、ぁ、やめっ」

バァチィィン!!!

「ひぅっ……」

「……そう。声も出なくなっちゃったのね」

「もうやめてください!ユウは……ユウは何も悪くないはずです!!」

 バチバチバチバチバチバチ!!

「!?」

 さっきのとは違う、一層大きな音。

「これ、何か分かる?」

「ぐ……す、スタンガンッ?」

「正解。使ったら、どうなっちゃうのかしら?」

「やめて!ユウにひどいことしないで!」

 私の声なんて向こうには聞こえてないんだろうか。それでもいい。ユウがこんな目にあっているのに叫ばないなんてありえない。

「ほーらっ」

「ああああああああああああああああああああああああっがああああ!ああああ!ああ!」

 耳が張り裂けそうだ。決して私に聞かせたことのないその声。それを私の見ていないところで、先輩が見ている中で叫んでいると思うと、それはもうあっさりと絶望が訪れた。

「いやあああ!!やめて!やめてよ!!あ、謝る、謝ります!ごめんなさい!この度は課題の提出をサボって、本当にすみませんでした!!ですからもうやめてください!!ユウが、ユウがあああ!」


「……今の、懺悔と受け取っていいのね?」

「……はいっ、はい!そうですっ!」

「そう。じゃあ、許してあげましょうか?」

「……そうですね」

 ユウの声。さっきまで絶叫していたはずの。

「ユウ!?」

 開いた扉から出てきたのは、先輩と、至って元気そうなユウだった。

「ユウ!ユウ!……よかった……よかった…」

ユウにしがみつく。この時は周りの目なんて、どうでもよかった。

「これに懲りたら、ちゃんと課題やってね?」

 ユウは優しい顔を私に向けてくる。

「っ……どうして?だってあんなに」

「これ、説明しちゃっていいんですか?」

 ユウは後ろに立つ先輩に声をかける。手には鞭とスタンガン。

「いいわよ」

「じゃあ説明するね、みぃ」


 部屋に入ると、まず先輩から「この部屋は防音で、今ここで話していることは外に聞こえていない」と説明があった。それから……

「さて、今から拷問を始めるワケだけど、私はあなたに危害は加えないわ」

「……?はい」

「あなたはあの子とはどういう関係なの?」

「幼馴染です。正直、課題をサボることについてはちゃんと反省してほしいです」

「通っているコースは?」

「声優コースです」

 いくつか面接のような質問があった後、

「そう。じゃあ私がこれからあなたを痛めつけるフリをするわ。あなたはそれに対して、苦しむ演技をしてちょうだい。あの子に反省してほしいなら、協力してくれるわよね?」

 そういうことか。これは本人に拷問をかけるのではなく、知り合いが拷問にかけられる様を聞かせて反省してもらう制度だったのか。

 利害は一致した。あとはスピーカーで部屋の外にも声を出して、みぃの聞いた通りだ。

「本当!?本当は少しくらい痛めつけられたんじゃないの!?」

「いやいや、あれは全部僕の演技だって」

「……まだ、納得できない。えいっ!」

「うわぁ!服引っ張らないでよ!」

「傷、とりあえずないみたい……」

「あら?確かめるの、上の服の中だけ?」

「「!?」」

「ユウ!後で全部見せてもらうから!」

「ええ!?ぜ、全部って、え?」

「ウフフ……」

 拷問は、まだ終わらないらしい。

 外に出ると、さっきまで赤に支配されていた目が鎮められる。

「あの、先輩」

気になることがあって、先輩に声をかける。

「何かしら」

「どうして、先輩はこんなことを?」

「私、女優コースに通ってるの。演技の練習になると思って」

 ……かなりコアな配役を狙っているようだ。

「でも私、女優だけじゃなくて監督側も同時に目指してて、その時その時に応じたシチュエーションの設定をして、拷問をしてるの」

 さっき僕がみぃの拷問に肯定的なこと、声優コースに通っていることを聞いて、あれを瞬時に考えたのか。

「ありがとうございました」

 そう言って立ち去ろうとする。

「ねぇ、私からも一ついい?」

 呼び止められる。みぃが先で待っているが、僕が最初に質問したのだから、先輩の質問にも答えるべきだ。

「はい?」

「あの子には何て言われてここに来たの?」

「えっと……「僕」も一緒に来い、と」

「……それだけ?」

「?……ええ」

 先輩は手を頬に当て、フフっと笑う。今日の中で一番面白そうに。

「ありがとう、あの子待ってるわよ。じゃあね」

「はい」

 かくして、僕たちの優しい拷問はこれにて無事終わったのだ。


 結局、ユウには言えなかった。本当は言いたいのに、こんなこと面と向かって言ったら私、照れておかしくなりそう。本当は……




【警告】

 貴殿の度重なる課題滞納に、拷問を実行することが決定した。拷問を受けない場合は無条件にて退学処分とする。なお拷問には、貴殿が最も信頼を寄せる者を一人同伴させること。以上。


おしまい

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