25話 兄失格
着替えと洗面具にお気に入りのぬいぐるみ等々……灯依の家で一晩を過ごすことになった奏の荷物を纏めていく。
その間、澄はひたすらに後悔と自己嫌悪に陥っていた。
どう考えても幼い奏に対してアレは言い過ぎた、もっと自制するべきだった、何よりまたも灯依に迷惑を掛けてしまった……消えては浮かんでを繰り返している。
これがもし一人きりであれば、もっと際限なく罪悪感の坩堝に嵌まっていただろう。
そうなっていないのは、何故だか手伝いを名乗り出た灯依の妹──
ただ……。
「お兄さんのことはおねぇから聞いてたんですけど、まさかイケメンだったとは聞いてませんでした! しかもウチと同じ高校の先輩だなんてもっとビックリ! 意外と世間って狭いですよね~!」
姉である灯依と違って妹の方は底抜けに明るく、事ある毎に話し掛けて来る。
サイドテールの金髪に加え、オフショルダーのシャツとミニスカートという開放的な出で立ち……いわゆるギャルの装いだ。
確かにこういった趣味の持ち主なら、灯依にファッションやメイクを教えるのも造作でも無いだろう。
とはいえ清楚な灯依とこうも真逆だとは思わなかったが。
「俺も灯依さんから妹さんのことは聞いてたよ。もっと違うタイミングで会いたかったけど、いきなり情けないところを見せて悪かった」
「気にしてないですよ~。今、こうやってお兄さんと話せてるんで!」
「ポジティブ……」
謝罪に対しあっけらかんと返す奈由の態度に、澄は苦笑する他なかった。
少しだけ見習いたくなる気持ちを片隅に置いて、荷物を入れたリュックのチャックを閉める。
「なぁ、筑柴さん……」
「奈由でいいよ。苗字だと他人行儀だし」
「分かった、奈由。俺の方も澄で良いから」
「りょー! 澄パイセン!」
「パイセンって」
見た目に違わない軽い呼び方に戸惑いながらも、お互いの自己紹介は一応済んだと言えるだろう。
改めて澄は質問を再開する。
「奈由は灯依さんからある程度は俺達のこと聞いてるんだろ?」
「まぁね」
「俺、どうすれば良かったんだろうな」
「んん?」
吐露された悩みに奈由が首を傾げるが、澄は構わずに続ける。
「母さんが亡くなった時に決めたんだ。天国にいるあの人に誇れるような息子になろう、幼い奏を任せられるような兄になろうって」
「それが澄パイセンの原動力ってこと?」
「そんなとこ。っま、見ての通り盛大に失敗したワケだけどさ」
「後悔してんの?」
力ない自嘲を浮かべる澄に奈由が切り込む。
遠慮のない問いに澄は首を横に振って返した。
「自分で決めたことには何も。あるのは選択ミスった悔いの方だ。灯依さんと会ってから、彼女の迷惑にならないように気を付けて来たつもりなんだ。でも一緒の時間を過ごしていく内に、このまま関係が続いていけば良いなんて甘えが出てきた」
「なんで? 拒否されてるならともかく受け入れられてるなら良いじゃん」
「良くないだろ。ただでさえ男女なのに生徒と教師なんだから。近所付き合いでも訝しむヤツは絶対に出て来る」
「……」
澄の断言に奈由はただ沈黙する。
正確には何も言い出せなくなってしまった。
何せ奈由自身、今し方に澄が言及した『訝しむヤツ』に含まれているのだから。
姉の気になっている相手だからと、面白半分にあれこれ吹き込んだせいで兄妹喧嘩に発展してしまったと、今さらながらに強い後悔の念が過る。
彼がしっかりしているとは聞いていたが、社会的な距離感を念頭に入れる程だと思っていなかったのが大きい。
本当に同年代なのかと疑いたくなるものの、今はそんな場合では無いと邪念を払った。
自分が姉をけしかけたことはバレないようにしよう。
奈由は独りでにそう決心した。
隣の女子が脳内で独り相撲を繰り広げてるとは露も知らない澄は、沈んだ面持ちのまま続ける。
「どうしていれば灯依さんと普通の距離を取れて、奏も傷付けずに済んだのか……考えても考えてもまるで答えが浮かばないんだ」
欲張りだというのは自覚している。
現に両方を目指した結果、奏を傷付けた上に灯依に迷惑まで掛けてしまった。
けれでも澄にとって一番望ましい状況はそれしかなかったのだ。
「原因は分かり切ってる。灯依さんの優しさに甘えて、奏に嫌われたくない保身を捨てきれなかった俺のせいだ」
「……パイセンって、頑固すぎない?」
「たまに言われる」
呆れと戸惑いが入り交じった奈由の呟きに、澄は苦笑しながら返す。
優成や汐美といった友人達に加え、父にも指摘されたことを今日が初対面の彼女にも言われてしまった。
そうして話も程々に、澄は纏め終えた荷物を奈由に渡す。
女児用とあって女子でも容易に持てる重さだ。
一方で受け取った奈由は浮かない面持ちを浮かべている。
「パイセンはこれからどうすんの?」
「今日のところは一人で過ごすよ。明日、なんとか奏と仲直りしたいんだけど……出来るかは分からないな」
「そっか……とりま、妹ちゃんのことは任しといてよ」
「頼む……」
力なく答える澄に、奈由は少しでも慰めになればとそれだけ告げて去って行った。
改めて部屋で一人きりになった澄は、物静かな空間に強烈な寂寥感と違和感を覚える。
妹が居ないだけで住み慣れたはずの家がやけに広く思えて、どうしようもなく落ち着かない。
何の気なしに時計を見やれば、時刻は午後四時を過ぎていた。
洗濯物を取り込んで畳みはしたものの、タンスに仕舞うまでの気力が沸かない。
普段なら夕食の準備をしているところだが、それさえも面倒くさくなって身体を動かそうという気になれなかった。
胸に空いた虚しさに抗いきれず、澄は事切れるように床へと寝そべる。
(いつもやってたことが出来なくなると、こんなにも勝手が悪いんだなぁ……)
ぼんやりと天井を眺めながらそんな感想を浮かべる。
自分の呼吸以外、何も聞こえない部屋の中でこれでもかと孤独を突き付けられる一方だ。
この感覚は母……美咲希が亡くなった直後と同じだった。
あの時も足元が覚束ないような、どこか現実味が無い孤独感に苛まれていたと思い出す。
「……っ」
蓋をしていた記憶から溢れた寂しさを誤魔化すように、澄は右腕で目元を覆い隠しながら歯を噛み締める。
何度か呼吸を繰り返す内に、気の緩みから段々と微睡みに包まれていく。
無気力な状態では到底逆らえるはずもなく、澄は誘われるがまま眠りについた。
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「たで~ま~……って暗!? え、玄関の灯り点け忘れたのか?」
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
やけに騒がしい声によって、澄の意識がゆっくりと浮上した。
閉じていた瞼を上げようとするより早く、視界が一瞬だけ白に染まる。
それが唐突な眩しさだと遅れて気付いてから、澄は寝ぼけ眼を開けて身体を起こした。
視線の先にはボサボサの黒髪に無精髭を生やした中年の男性がいる。
男性は起き上がった澄に呆れた眼差しを向けていた。
「うわ。何やってんだ澄?」
「父さん……」
声の主はなんてことない。
澄達の家の本来の家主である、父親の
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【悲報】ストック尽きました。
申し訳ないことに今後は不定期更新となりますが、書き終え次第更新していきます。
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