21話 【side灯依】ママになれば良いんだよ!


 澄と奏が帰宅した後、灯依は入浴を済ませ、録画していたテレビドラマを観ていた。

 手に持ったコップには常飲しているココアを含みながら、ぼんやりと今日の出来事を振り返る。


 澄が中間テストの総合五十位入りを果たし、そのお祝いとしてケーキを振る舞った。

 奏と一緒に喜んでくれたため、成功したとみて間違いない。


 次に約束していたご褒美として膝枕で彼を休ませた。

 内心では心臓が破裂しそうなほどに恥ずかしかったが、なんとか平静を装うことは出来たはずだ。

 程なくして澄が寝入って安堵したのは秘密にしようと誓った。


 最後に兄妹に振る舞う夕食の用意を始める。

 奏からのリクエストで作るメニューはオムレツにした。

 色々と言い含めて兄妹を食卓に誘ったのはやりすぎたかもしれない。


 振り返れば振り返るほど、踏み込みすぎではないかと冷や汗が流れ出していく。


 これでは本当に妹の言うとおり、恋愛的に澄とスキンシップしているようではないか。


(そんなつもりないもん。私、ただ澄くんを甘やかすために頑張ってるだけだし……)


 誰に言うでもなく、灯依はそんな言い訳を浮かべる。

 だが本当にこのままで問題無いのか、上手く判別が付けられそうにない灯依は奈由なゆに相談してみることにした。


『もしもし? 今日はどったの、おねぇ』

「また急にごめんね。前に話した兄妹のことなんだけど──」

『マジ!? めっちゃ気になってたんだよねー! 告白された?』

「されてません。茶化さないでまずは話を聞いて」


 数秒して電話に出た奈由は、要件を耳にするや興奮した様子で詳細を聞いてきた。

 他人事だと思ってと灯依の頬が引き攣るが、自分から巻いた種なのだと呑み込んだ。


 そうして前回相談してからの出来事を一通り報告したのだが……。


『膝枕してご飯作ったって、それもう完全に誘ってるじゃん!!』

「さ、誘うって……そんなことしてないもん」

『いやあるって。むしろそこまでしておいてよく襲われなかったね。普通だったら今みたいに無事じゃ済まないよ? お兄さんの頑丈な理性に感謝しなよ』

「……澄くんは、妹がいる前でそんな酷いことしないから」

『一ヶ月で積み重なった信頼すげぇ~』

「むぅ」


 ケラケラとふざけて笑う奈由に不満を抱く。

 相談相手を間違えただろうかと過ったが、灯依はため息をつきながらも続ける。


「そもそもさっきも言ったでしょ? 膝枕をしたのはあくまでテストを頑張ったご褒美なんだから」

『だからって膝枕しないっしょ。しかもテスト前に口パクで応援までしてさぁ……なんなの? いつの間におねぇは男を誑し込む才能に目覚めたワケ?』

「目覚めてないよ!? あれは緊張を解そうとしただけだから! 人聞きの悪いこと言わないで!」

『い~やタラッタラに誑し込んでるって。よく考えてみ? お兄さんの応援するってことはさ、自分からご褒美渡したがってるようにしか見えないからね』

「そんなこと……」


 言われてから思い返していく内に、段々とてつもないことをしでかした自覚が芽生えて行く。

 引き攣りそうな頬をなんとか堪えながら灯依は続けた。


「……ないもん」

『間、空けちゃってんじゃん』

「うぅ~!」


 苦し紛れの否定を見逃されずツッコまれ、灯依は恥ずかしさから呻き声を漏らす。


 これでは男誑しと言われても仕方が無い。

 なのでもうこの話はおしまいだという風に、灯依は無理やり話題を切り出す。


「それで! 膝枕してた時のことなんだけど!」

『うんうん』


 何やら微笑ましげな暖かい声音に苛立ちを抱きながらも敢えて無視した。


「澄くんがね、寝る直前に呟いてたことが引っ掛かってて……」

『呟いてたこと?』

「母さんって言ってた」

『えっと、確かお兄さんとこってお母さんが亡くなってたんだよね?』

「うん……」


 奈由の問いに灯依は頷く。

 母親が亡くなったと教えてくれた時、澄は割り切ったと話していた。

 しかしあの呟きを見るに、それが本当なのか疑わしくなっている。


 澄から感じる壁は、もしかすると母親の逝去が関係しているかもしれない。

 漠然とだが灯依はそう感じていた。


 それらの推測を聞かされた奈由は……。


『ふ~ん。だとしたら甘やかす方向性、だいぶ絞れたんじゃない?』

「方向性ってどういう感じ?」

『もしお兄さんがお母さんの温かさを求めてるんなら、おねぇがママになれば良いんだよ!』

「え、えぇ~……?」


 やけに自信満々な答えに、灯依は何をバカなと困惑を露わにする。

 それだけ奈由が口にしたことは荒唐無稽だった。

 真面目な返答を期待していただけに、肩透かしをウケた灯依はあからさまに頬を膨らませる。


「ママになればって、澄くんのお父さんと再婚しろってこと? それはいくらなんでも……」

『んなワケないでしょーが。ママみたいに甘やかせって意味だっつの』

「だ、だよね。冗談だってば、うん……」


 いつになく冷たい罵倒を放つ奈由に、最初から分かっていたと慌てて繕う。

 決して本気に捉えた訳では無い、無いったらないのだと。


「ま、ママみたいに甘やかすって言われても、どういうのか分からないんだけど」

『今日したことと同じで良いと思うよ~? 膝枕までやったんだからヨユーっしょ』

「簡単に言って……」


 膝枕に関しては時間が経った今でもやり過ぎたかと自省している。

 ただ恥ずかしかっただけで、不快な気持ちは一切無かった。

 膝を貸すだけで澄が甘えてくれるようになるなら、またしても良いかもしれない。


 その光景を浮かべると、少しだけ胸が弾んだような錯覚が起きた。

 どうしてなのか思考するより先に奈由から呼び掛けられる。


『そうだおねぇ。来週、そっちに泊まりに行っても良い?』

「来週? 良いけど……まさか、澄くんと奏ちゃんに会うつもりじゃないよね?」

『あ、バレた? いやぁ~おねぇが気になる男子、どんな人なのか一回見てみたくてさ~』

「泊まりに来るのは構わないけど、会って良いかに関しては澄くんに断られたら諦めてね?」

『ほ~ん……いくら若い子に靡いて欲しくないからって大人げなくない?』

「そういう意味じゃないから! 奏ちゃんは人見知りする子だから、いきなり奈由と会わせて怖がらせたくないだけ!」

『ムキになってやんの~。っま、兄妹を抜きにしてもおねぇの家に行きたかったからそれで良いよ。じゃね~』

「もう……」


 約束を取り付けて満足なのか奈由は、姉をからかいながら通話を切った。

 灯依は呆れながらも、なんだかんだで相談に乗ってくれた妹に感謝はしている。


 とはいえすぐに弄ってくるところは直して欲しいとも思っているが。

 こういう時、可愛らしさのある奏が妹の澄が羨ましくなる。


「……」


 何の気なしに灯依は壁の方へ顔を向けた。

 そこは久和兄妹が住む隣室の方角で、今はどうしているのだろうかと考える。


(お母さんみたいに甘やかす、かぁ……)


 奈由は余裕だろうと言っていたが、本当に自分で良いのかという不安はある。

 そもそもその方向性すら合っているのか未確定だ。

 的外れなのに甘やかそうとして、澄に引かれるのは避けたい。


(もうちょっと時間を空けてからにしよう)


 しばらくは今まで通りに接しよう。

 ただもし……灯依の目から見ても澄が限界だと判断した時。

 その時が来たら、精一杯の勇気を出そうと密かに決意するのだった……。


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