23話 次の約束は先約あり
放課後。
澄は学校を出て奏を迎えに保育園まで足を運んでいた。
「すみません、久和です。奏の迎えに来ました」
「あ、どうも。奏ちゃ~ん! お兄ちゃんが来たよ」
「とぉくん!」
相も変わらず元気な奏は、兄の姿を見るや一直線に駆け寄って来る。
澄は腕を広げながら屈んで飛び付く妹を抱き留めた。
よほど嬉しいのか奏は柔らかな頬を兄の胸元に擦り付ける。
妹を抱きながら立ち上がった澄も、可愛らしい仕草に頬を緩ませていた。
そんな兄妹の様子を眺めていた保育園の先生が微笑ましげな表情を浮かべる。
「今日も仲が良いですね」
「まぁ、兄妹なんで」
「なかよし!」
澄は照れ気味に、奏は朗らかに返す。
リアクションの違いすらも面白いのか、先生が笑みを崩さないまま続ける。
「奏ちゃんっていつも明るいけど、最近は一段と元気だよね? 何か良いことでもあったの?」
「えっと……色々と」
まさか保育園の先生の目にも分かるほどだと思わず、驚き半分に澄ははぐらかした。
作り笑いの頬が引き攣っていないか不安を感じていると、話を聞いていた奏が先生の方にニパッと明るい笑みを向ける。
「ひぉちゃんとおともだちになったの!」
「ひぉちゃん……?」
「近所の人です! ちょっとした縁で知り合って、奏が懐いてるんですよ!」
「そ、そうなんだ……」
包み隠さず報告する奏の言葉に先生は誰のことなのかと首を傾げる。
澄は慌てて関係のみを簡潔に語った。
その勢いに押されてか、それ以上に深入りされずに済んだ。
バクバクと動揺が止まない心臓を抑えながら、奏と手を繋いで保育園を後にする。
少し歩いてようやく一息つき、膝を屈めて妹と目線を合わせた。
「奏、他の人に灯依さんのこと言っちゃダメだぞ」
「どーして?」
「灯依さんの迷惑になるし、友達じゃいられなくなるかもしれないから」
「やだ!」
「だろ? だから灯依さんとのことは俺達の秘密にしておこう」
「ん~……」
今さらな自覚はあるが、大事なことだと念を押して言い聞かせる。
しかし奏はブスッと唇を尖らせて不満げな声を漏らす。
「でも、ひぉちゃん、おともだちだよ? ないしょなの、へん」
「──変でも、大人や他の人には内緒にしなきゃいけないんだ」
「む~……かな、よくわかんない」
「今は分からなくていいよ。この先、大きくなったら分かるようになる」
「ん……」
無垢な奏の疑問に少しだけ、ほんの少しだけチクリとした痛みが走った。
澄は顔に出さないように努めながら妹の頭を撫でる。
当の奏は未だに納得が行かない面持ちではあるが、灯依が関わっているためか顔を伏せて黙り込む。
その内心を察した澄は奏の小さな身体を抱き抱えて目を合わせた。
突然の行動に目を丸くした奏へ笑みを向けつつ澄は口を開く。
「帰ったら灯依さんに予定を聞いてみようか」
「! うん!」
会えないワケでは無いと分かり、奏はパァッと明るい笑顔で頷く。
機嫌を直した妹を抱えたまま帰宅し、約束した通り早速灯依に週末の予定について連絡した。
家事をこなしていき、午後九時前になって灯依から返信が来る。
だがその内容に対して澄は眉を顰めた。
【こんばんわ、澄くん。返信が遅くなってゴメンね。今週末は妹が泊まりに来ることになったの。澄くん達との付き合いはある程度話してるんだけど、実はその時に会ってみたいって言われてるんだ。澄くんと奏ちゃんさえ良ければ、妹が一緒にいても良いかな?】
どうやら次の土曜日は灯依の妹が来るらしい。
以前から彼女に妹がいるとは聞いていたが、内容から察するに自分達の関係は話しているようだ。
その上で会いたいと言ってくれる様子に、流石は灯依の家族だと頬が緩む。
しかし本当に会って良いのだろうかと澄は躊躇する。
事情を知っているのなら断る必要も無いが、自分達が割って入っても良いのだろうか。
同じ学校に所属しているとはいえ、せっかくの姉妹の時間を邪魔するのはどうにも忍びない。
いくら向こうから希望があろうと、先約を変更させるのは申し訳なくなってしまう。
(それに奏が灯依さんの妹に懐くとは限らないし……)
いずれ会うにしても今でなくて良い。
そう結論付けた澄は灯依からのメッセージに返信する。
【返信ありがとうございます。せっかくの誘いですけど、家族との時間にお邪魔するのは忍びないので遠慮します。奏には俺から説明しますので、こっちは気にしないで下さい】
送信して程なく既読が付き、灯依からの返信に目を通す。
【ううん、こっちこそ無理なお願いをしてゴメンね! その代わり来週は空けておくから楽しみにしててね(o´▽`o)】
「ふっ……」
最後に貼り付けられた顔文字に堪らず噴き出してしまう。
半ば習慣化しつつあった灯依の家で過ごせなくなった寂しさが簡単に吹き飛んだ。
スマホを閉じ、灯依からの返答を今かと待ち構えている奏に顔を向ける。
十中八九、これから言うことを聞いた瞬間に機嫌を損ねるだろうなと思いながらも、澄は断腸の思いで口を開く。
「奏。次の土曜日なんだけどさ」
「うん!」
「灯依さんに用事があるから、今週は行けないみたいなんだ」
「え……」
出来るだけ傷付けないように告げたものの、やはりというか灯依に会えないと伝えられた奏は裏切られたような表情を浮かべた。
妹にそんな悲しい顔をさせてしまった胸の痛みを抑える。
顔を伏せた奏は少し沈黙した後に顔を上げた。
「……どーして?」
「家族が会いに来るんだ。なのに俺達がいたら邪魔になるだろ?」
「ひぉちゃんのこと、ないしょだから?」
「……うん」
「う~……」
今にも泣きそうな面持ちのまま投げ掛けられた言葉に、澄は誠心誠意に返す。
帰り道での話も加味して仕方が無いとは理解しているのだろう。
しかし毎週会っていたのに今週は遊びに行けない不満は消せず、唇を尖らせて呻き声を漏らしていた。
そんな妹の気持ちは、澄にも痛いほど共感出来る。
(……俺だって、寂しいよ)
本当は灯依の誘いに乗れば遊びに行ける。
だがいつまでも彼女の優しさに甘えるワケにはいかない。
教師として働く灯依の負担にならないようにしようと澄は密かに決意する。
そのためにもまずは、落ち込んでいる奏を慰めるべく小さな身体を抱き寄せた。
「大丈夫だよ、奏。今週は無理だけど、来週なら会えるからな」
「ん……」
トントン、と背中を手で軽く叩きながら優しく語りかける。
未だに納得出来てはいないようだが、ワガママを言わずに首肯した。
その代わりという風に、兄の胸に顔を埋めた奏が微かにすすり泣き出す。
今度、何か奏の好きな物を作ってあげよう。
そう考えながら澄は奏が泣き止むまで抱擁を続けるのだった。
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