14話 優成と汐見から見た筑柴先生評
休み明けの月曜日。
今日も奏を保育園に送り、澄は学校で授業を受けていた。
現在は昼休み後の授業は灯依が受け持つ現代文の時間だ。
学校なので当然ながら彼女は地味さを醸し出す丸眼鏡に、引っ詰めて一つ結びに束ねた黒髪という仕事スタイルだった。
やはりというべきか彼女の授業進行はあまり思わしくない。
緊張から覇気が無く抑揚の小さい声音、分かりやすいが遊びのない退屈な内容……昼食後というのもあって眠気を後押してしまっている。
クラスメイトに混じって澄も欠伸を噛み殺す中、灯依は教科書を片手に黒板へ文章を書き込んでいく。
書き終えた彼女が振り返り、教室内を軽く見渡してから……。
「え、えぇっと、教科書の三十五ページの冒頭を……久和君、呼んで貰って良いかな?」
「っ! は、はい、ひっ──
「うん、お願いね」
指名された驚きのまま、うっかり名前を呼びそうになってしまった。
咄嗟に繕えたから良かったものの、唯一間違いを察したであろう灯依が少しだけ赤い顔で苦笑している。
彼女が呼び間違えないか心配していた自分がそのミスをしそうになるとは。
身悶えしそうな羞恥心に震えそうだが、平静を装い席を立って指定されたページを音読する。
「──そうして私は彼の後を追うのだった」
「ありがとう、座って良いよ」
淀みなく読み切り、促されるまま席に戻った。
危うい場面を乗り切った安堵からため息が出てしまう。
========
それから何事もなく授業を終え、放課後になって澄の席に
「よっ澄。居眠りしそうなタイミングで名指しなんて運がなかったな」
「あ、あぁ。ホントにビックリしたよ」
指名された際の反応を勘違いした優成の言葉を否定せず乗っかって返す。
まさか副担任を名前で呼びそうになったとは思うまい。
「でもさっきの筑柴先生、ちょっとだけ雰囲気変わってなかった?」
「え?」
汐美の何気ない発言にドキリと、心臓を突かれたような緊張が澄の体に走った。
呆ける面持ちを浮かべた澄の内心を知らず、彼女は『だってさ』と続ける。
「いつもは愛想笑いとか苦笑いだけど、今日はなんか普通に笑ってた気がするんだよね」
「へぇ~
感心した口振りの優成に汐美がジト目を向ける。
「それは優成が寝てたからでしょ」
「仕方ねぇじゃん、眠かったんだからよ」
「うわ開き直った」
「眠くなるのは分かるけど居眠りは流石にな……」
しかしこんな調子では来週の中間テストで泣きを見ることになりそうだ。
楽観的に笑う優成に対しそんな感想を浮かべる。
「コホン。それで筑柴先生の雰囲気が変わった話なんだけどね。その普通の笑顔が可愛いなって思ったのよ」
「筑柴先生がか? 確かにあの人って顔立ち自体は悪くない方だけど、可愛いとはでは言えないだろ。何しろ地味過ぎる」
「本人居ないとはいえ言い過ぎ。まぁ地味なのは否定しないけど」
「……」
逸れた話を戻すために
少しだけモヤッとする気持ちが浮かぶものの、澄はふとある質問を投げ掛けることにした。
「あのさ。もしもの話になるんけど、筑柴先生の髪とか服が地味じゃなくなったらどう思う?」
「へ? う~ん……まぁ見た目が華やかになるなら、目の保養とかで居眠りする人は少なくなるんじゃない?」
「そうなのか? 俺はイマイチ想像出来ねぇわ。だってあの格好しか知らないんだからさ」
「そっか……」
唐突な問いに対し返された率直な意見に、澄はなんとも言い難い複雑な気持ちに襲われる。
二人が言ったことは何も間違っていない。
学校での灯依は地味な装いに加え、退屈な授業進行も相まってプラスの印象を懐きにくいのだから。
そちらの姿しか知らない以上、優成と汐美から見てそんな評価に留まるのも無理もない。
だがしかし……素の灯依を知っている澄からすれば、少なくない不満が募っていた。
緊張さえ解ければ、本来の彼女の魅力が伝わるはずなのだと。
にも関わらず灯依の素顔を知られて欲しくない気持ちも湧き上がっていく。
(いやいや、我ながらいくらなんでもキモすぎるって)
そこまで自覚したところで、澄は胸の内を擽る独占欲を慌てて払う。
そんなことをしている時だった。
「そういう風に澄が気に掛けるのって珍しいね」
「そ、そうか?」
「うん。もしかして……」
「っ」
澄の質問に疑念を抱いた汐美に訝しまれてしまう。
何やら察したようで、澄は堪らず息を呑む。
まさか自分と灯依の関係性に気付かれた?
今にも心臓を締め付けられそうな錯覚を抱く澄に汐美は告げる。
「──筑柴先生のこと、気になっちゃってるのかな~?」
「は?」
ニマニマとからかうような口振りで発せられた問いに、澄はポカンと呆けた顔を浮かべる。
遅れて意味を呑み込んだが、どうしてそんな飛躍の発想に至ったのかは理解が及ばなかった。
その反応を図星を衝かれたと誤解したらしい優成が、驚いたような面持ちになる。
「マジかよ!? だから先週の告白も断ったのか?」
「そんなワケないだろ。奏がいるのに恋愛してる暇が無いって話だったろ」
「年上に惹かれる気持ちは分からなくもないけどダメだよ? 相手は先生なんだから……」
「なんか勘違いしてるみたいだけど、俺はそんなつもりは微塵もないからな」
責めはせずとも憐れむような眼差しにイラッとするが、あくまで冷静に返す。
感情的になって否定したところで、素直に引き下がってくれそうにないからだ。
そんなドライな返しが功を奏したのか、二人はつまらなさそうに閉口した。
追及を振り切って安堵する間もなく騒ぎ立てる心臓を落ち着かせる。
──筑柴先生のこと、気になっちゃってるのかな~?
妙に脳裏から離れてくれない汐美の言葉に、澄はどうしようもない高揚に襲われる。
(違う……コレは絶対にそういうんじゃない)
決して目を向けてはいけない何かから逸らすために、何度も自らに言い聞かせ続ける。
認めてしまったら、後戻り出来ないと確信しているのだから。
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