18話 甘すぎなココアチョコレートケーキ
若干の気まずい空気の中、澄達はケーキを食べ終えた。
この時点で十分にご褒美は堪能したと思っていたのだが……。
「澄くん。そろそろご褒美を渡しても良いかな?」
「え? それはもちろん……ん?」
咄嗟に了承したのだが、遅れて彼女の言葉に引っ掛かりを覚えた。
目を丸くする澄に、灯依はキョトンと首を傾げる。
「あれ? 総合五十位に入ったらご褒美をあげるって約束したよね?」
「しましたけど……ケーキがそうだったんじゃないんッスか?」
「えっと私、ケーキがご褒美だって一言も言ってないよ?」
「……」
いつの間にか生じていたらしい齟齬に澄は絶句する。
ケーキで既に満足していた分、胸に走った衝撃は凄まじいモノだった。
茫然とする澄に灯依は苦笑しつつも、ゆっくりと立ち上がって彼の隣へ移り正座をする。
不意な接近と鼻を擽る甘いココアの香りに、心臓が大きく跳ね上がった。
近くで見る灯依の顔は見惚れる程に整っており、否応なしに澄の鼓動を加速させていく。
「それじゃ改めて、私から澄くんへのご褒美を発表します」
「は、はい……」
畏まった物言いで前置きされ、澄は全身を強張らせながら首肯する。
どんなご褒美になるのかまるで予想がつかない。
一言も聞き漏らさないように耳を澄ませる澄に灯依は告げる。
「ひ、膝枕を……どうぞ!」
「──……え?」
自身の膝を指しながら明かされたご褒美に、澄は唖然としてしまう。
身体は硬直しても脳内は絶えず先の内容を反芻していたが、やはりすぐに呑み込めるような気安い事柄ではなかった。
「えっと、どうして膝枕かっていうとね! テスト勉強を頑張ってたなら、あまり寝てないんじゃないかなって思ったの! それでどうしたらぐっすり休めるかネットで調べたら、膝枕が良いって書いてあって……あはは、引いちゃうよね?」
「い、いやビックリしただけで、引くとかそういうのはないッス、はい……」
「そ、そっか……」
澄の反応が思わしくないと感じた灯依が捲し立てて理由を話す。
驚きこそしたものの決して不快ではないと返したところ、彼女はホッと赤い顔色のまま安堵の息を吐いた。
一体どのサイトを参考にしたのか疑問だが、訪ねても余計に恥ずかしい思いをさせるだけだと噤んだ。
灯依なりに疲労を癒そうと考えてくれた結果なのだから、自分が口出ししても虚しさしか残らない。
それはそれとして彼女に膝枕をされる状況に頭を抱えたい気持ちは拭えないが。
こういう時にこそ奏に割り込んで欲しかったが、肝心の妹はニコニコと笑みを浮かべるだけだった。
もはや気にしてる自分の方がおかしいかと疑ってしまいそうになる。
あまり長考して灯依を待たせては不安にさせてしまう。
「はぁ~……それじゃ、し、失礼します」
「う、うん。どうぞ」
観念した澄は長い息を吐いてから、ゆっくりと彼女の膝へ頭を預ける。
瞬間、スカート越しでありながら太ももの柔らかな感触が側頭部へと伝わった。
(うわっ
今まで使っていた枕を置き去りにする程の心地良さが押し寄せて来る
その衝撃に伴い、澄の心臓は凄まじい勢いで鼓動を刻んでいく。
頭を預けた途端に香ったココアの匂いには妙な安心感があった。
灯依といえばこれだと、澄の脳裏に鮮明な形で焼き付いているせいだろう。
実際、彼女と交流し始めてから家でココアを飲む回数がかなり増えている。
それこそ勉強で酷使した脳の糖分供給として常用していた程だ。
「ど、どうかな?」
「……落ち着くッス」
「ホント? 良かった」
おずおずと投げ掛けられた問いに、かなり配慮した返答を口にする。
それを額縁通りに受け取った灯依が安堵の声を漏らす。
この状態で彼女の顔を見ようという度胸は出ない。
学校のスーツ姿ではあまり目立たなかったが、灯依は意外と着痩せするタイプだったようで、私服だと女性らしい体付きが浮き彫りになっているからだ。
意識しないように心掛けていたものの、こうも身を寄せているとどうしても気になってしまう。
加えて膝枕されている現状だと仰向けになれば視界に入ってしまうし、かといって顔を灯依の身体側に向けるワケにもいかない。
故に背を向けながら側臥位になるのがせめてもの妥協点だった。
ドキドキとやかましい鼓動音が聞こえないか不安を抱いていると、不意に自身の頭に何かが乗せられた感覚が走る。
「っ!」
「あ、ゴメンね? いきなり撫でられたからビックリしたよね」
「えっ!?」
驚きから思わず肩を強張らせると、灯依が謝罪の言葉を口にする。
そこでようやく澄は、彼女が撫でるために手の平を置いたのだと悟った。
確かに落ち着いて感覚を澄ましてみれば、細いながらも柔らかな手の感触が伝わってくる。
そう認識したらしたで、今度は別の意味で困惑を隠せなくなってしまったが。
「澄くんの髪、サラサラだね。しっかり手入れされてる証拠だって分かるよ」
「……全くやらないよりはマシなんで」
「そう? 私のお父さんなんて、シャンプー以外は頑なに使おうとしないから、ボサボサになってたよ?」
「それは灯依さんのお父さんの髪質としか言えないッス」
緊張しつつも会話している間、澄は心地良い手付きで撫でられ続けていた。
その力加減は絶妙で、前に膝枕をして貰っていた奏の気持ちを実感する
なるほど、確かにこれは眠気を誘われると得心が行った。
同時に眠気で瞼が重さを増していき、しかしこのまま寝たら灯依に迷惑が掛かると懸命に堪える。
するとそんな兄の顔を奏がジッと覗き込む。
「ひぉちゃん、とぉくんねむそー」
「ホント?」
「っ、奏!」
奏はわざわざ目を擦る仕草をして見せてまで灯依に教えてしまう。
一切の疑いを持たずに信じた彼女に聞き返され、一気に襲い来る羞恥心から澄は妹に抗議の声をあげる。
そのまま起き上がろうとした彼の頭を、灯依の手によって押さえ付けられてしまう。
「いっぱい勉強して疲れてたんでしょ? だったら遠慮しないで寝ちゃって良いよ」
「で、でもそれは行き過ぎじゃないッスか?」
「せっかくのご褒美なんだから受け取ってくれた方が私は嬉しいかな」
「……その言い方は、狡いッス」
色々と引っ掛かる点はあるものの、限界に近い眠気に加えてそんな言い方をされては逆らえるはずもない。
観念して脱力した澄の頭を灯依は優しい手付きで撫でる。
安らぐ人肌の温もりと柔らかさ、甘くて落ち着くココアの香り、それらが澄の身と心にじんわりと広がっていく。
その心地良さにはどこか懐かしさを感じさせられる。
瞼を開けていられず目を閉じる澄は、込み上げる思いのままふと唇を震わせて……。
「──かあ、さん」
そう呟いたと同時に、意識を手放すのだった。
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