17話 お待ちかねのご褒美
「澄くん、総合二十六位おめでとう!」
「おめとー!!」
「……ありがとう」
二人から送られた祝いの言葉に澄は恐縮と照れを感じながら感謝の言葉を返す。
テスト結果が張り出された日から数日が経った週末の土曜日。
澄と奏は中間テスト総合入りのお祝いとして灯依の家に招かれていた。
テーブルにはチョコ色のケーキがあり、例によってこれも家主の手作りだというのだから驚きだ。
そのケーキを作った灯依はもちろんながら私服姿である。
黒髪を二つ結びにして束ね、白い薄手のレースカーディガンにパステルブルーのワンピースを着ていた。
初夏を控えている時期とあって涼しげさを感じさせられる雰囲気だ。
そんな感想も程々に三人はジュースの入ったコップで乾杯をした。
「本当に頑張ったね! 他の先生も澄くんのこと褒めてたよ」
「たまたまですよ。正直、気力使い果たしたせいで期末でも同じ結果を出せる気がしないッス」
屈託のない称賛に照れた澄は、気恥ずかしさから逃れるように謙遜を口にした。
そう返された灯依は不満そうに眉を寄せる。
「そんなことない。澄くんの努力があったからこその結果だよ。少なくとも私はそう信じてるから」
「……」
「あ、でもだからって無茶はしちゃダメだからね? 澄くんが体調を崩したら、奏ちゃんもお父さんも私だって心配しちゃうもん」
「! ……はい」
言い聞かせるように告げられた忠言に姿勢を正しながら頷く。
もっとこういった一面を出せたなら、生徒からの人気も出そうなのにと他人事ながら勿体なさを感じてしまう。
とはいえ今の雰囲気に口を挟めるほど澄の面の皮は厚くない。
そうして話が一段落し、灯依の手作りケーキを食べることになった。
「はい、どうぞ」
「ふわー! ひぉちゃん、すごーい!」
「本当に美味そうッスね……」
切り分けられたケーキの断面は市販品と遜色ない綺麗な層になっていた。
受け取った奏は目をキラキラさせるほど歓喜し、澄も堪らず頬が緩む程だ。
早速食べようとフォークで掬って口に頬張る。
「!」
「おいしー!」
ケーキを口に入れた瞬間、澄は目を見開き茫然とし、奏は飛び上がりそうなほどに喜んでいた。
チョコレートの甘みとまろやかさが口の中にフワリと広がり、ケーキの上に
スポンジも間に挟まれたクリームもフワフワで、特にクリームには苦めのチョコチップが混ぜられており、確かな噛み応えもあった。
これで市販品ではないのだから凄まじい完成度だと感歎する他ない。
(テスト、頑張った甲斐があったな……)
最高のご褒美を貰えたことに澄は感激を隠せなかった。
「めっちゃ美味いッス、灯依さん」
「おくちのなかでけーきがふわーってなったの!」
「ふふっ、喜んで貰えて良かった」
兄妹の称賛に灯依は安堵してから微笑む。
自分の手作りが褒められた嬉しさからか、その笑顔は花が咲いたように可憐だった。
その笑顔を見れたのも、テストで結果を出したからだと澄の胸が沸き立つ。
あまりにも単純過ぎるやる気の出し方だったが、誰かに期待されて褒められるというのはとても気分が良かった。
尤も今後も灯依との関係が続かなければ何の意味も無い学習だったが。
「とぉくん!」
「ん? どうした奏?」
そう思い返していると不意に奏から呼び掛けられた。
顔を向けて聞き返したところ、妹はニコニコと笑みを浮かべながらケーキが刺さったフォークを差し出す。
「はい、あーん!」
「あーん」
「おいし-?」
「もちろん」
流れるように澄は奏から差し出されたケーキを食べる。
同じケーキなので味に差は無いが、兄の返答に奏は嬉しそうに笑みを輝かせた。
「かなにもあーんってしてー!」
「いいぞ、あーん」
「んー!」
お返しをせがまれた澄は特に気負うことなく応じる。
兄から差し出されたケーキを頬張った奏は、頬が蕩けそうな感激の声を漏らす。
そんな兄妹のやりとりを灯依は微笑ましそうに眺めていた。
「二人とも仲良しだね」
「まぁ兄妹なんで」
「かなととぉくん、なかよし!」
灯依の前で食べさせ合いを披露した恥ずかしさから澄は苦笑して返す。
一方で奏は誇らしげに胸を張る。
そこからハッと奏が何かを閃いたような面持ちを浮かべた。
先程と同じく小さく切り分けたケーキにフォークを刺し、今度は灯依の方へと差し出す。
どうやら彼女とも食べさせ合いっこをしたいらしい。
「ひぉちゃんもあーん!」
「わぁ、ありがとう!」
「どーぉ?」
「うん、美味しいよ」
「ん!」
奏から差し出されたケーキを食べた灯依は和やかな笑みを浮かべる。
その笑顔を見た奏がニパッと明るく笑う。
澄から見れば二人も一ヶ月の付き合いとは思えない程に仲がよく見える。
それこそ歳の離れた姉妹だと言っても信じられそうなくらいだ。
頬杖をつきながら眺めていると、奏にグイッと袖を引っ張りながら高らかに告げた。
「とぉくんとひぉちゃんもあーんして!」
「「えっ!?」」
純真な笑みで以て口にされた提案に、澄と灯依は堪らず驚愕と困惑の声を漏らす。
そして反射的に澄は灯依へ、灯依は澄へと視線を向ける。
図らずも目が合った二人は互いの朱に染まった顔色を見つめ合う格好になった。
奏にしたように食べさせ合うためには、既に口を付けた自分達のフォークを使う必要がある。
それはつまり間接キスをしあうという意味合いに繋がってしまう。
脳裏に芽生えた意識から自然と、澄の目線は灯依の顔から薄ピンクの唇へと向けられる。
たったそれだけでどうしようもなく胸が高鳴り、ドキドキと鼓動が早くなっていく。
見つめていた時間は数秒程度だったが、澄はハッと思考を取り戻して弾かれるように顔を逸らす。
邪な念を払おうと長い息を吐いてから無垢で無慈悲な提案をした奏を見やる。
「か、奏。流石にそれはちょっと……」
「や! とぉくんもひぉちゃんにあーんするの!」
やんわりと断ろうとする兄に、奏はムッと眉を顰めながら強行を指示した。
まだ幼い妹に男女間での意識を察しろというのは無茶な話だろう。
そう理解していても言わずにいられなかった辺り、澄は平静を装いきれなかった。
「奏ちゃん。その……私も恥ずかしいかなぁ」
「む~! とぉくんとひぉちゃんもなかよしなのに、なかまはずれなの、めっ!」
「ええええぇ~……」
折れる様子のない奏の頑固さに灯依もお手上げだった。
灯依と出会ってから妙にワガママになった妹に、澄も困惑する他ない。
どうしたモノかと灯依に目配せをする。
その視線を受けた彼女は苦笑しつつも手元にあるケーキを切り分けていく。
まさか……と思った時には、澄へ一口サイズのケーキが向けられた。
「あ、あ~ん……」
灯依は奏の要望に応える選択をしたのだ。
いっそ冗談を疑いたかったが、頬の赤らみからそんな余裕はないと見て取れる。
フォークを持つ手がプルプルと震えているのも証拠の一つだろう。
そんなに恥ずかしいのならやらなければいいのに。
とは思っても口にしなかったのは、言ってしまえば余計に灯依を辱めるだけになってしまうからだ。
ドキドキと逸る鼓動に息苦しさを覚えるものの、どこか離し難い感覚が生じる。
横目で奏を見やれば、妙にワクワクとした面持ちで二人を見つめていた。
どうやら逃れる術はないと澄は断念する。
いつまでも躊躇っていては灯依の羞恥心をイタズラに刺激するだけだ。
腹を括った澄は平静を装いつつ、せめてもの照れ隠しとして目を閉じながらゆっくりと頬張る。
変わらずチョコとココアの甘みが口の中に広がるが、奏にしてもらった時よりも随分と甘さが増したように感じた。
ただ食べさせてくれた相手が灯依に変わっただけでこうも違うのかと驚きを隠せない。
フォークから口を離して咀嚼するも、甘い以外の感想が全く浮かんでこなかった。
感想に窮していると、灯依は赤い顔のままジッと澄を見つめながら口を開いた。
「どう、だったかな?」
「……美味いッス」
「う、うん。ありがと……」
変に言葉を込めようとすると失言しそうだと直感したため、敢えて率直な感想で返す。
だが灯依は赤らめた顔を伏せてモジモジと落ち着かない様子を見せる。
言い出しっぺの奏はというと、澄と灯依を見つめながらニコニコと満面の笑みを浮かべていた。
何やらケーキとは異なる甘い空気を感じる二人は、ただひたすら形容できないムズ痒さから黙るしかなかった。
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