第2話 モンスターの群れ

「……ン?」


 悲鳴に気付いた俺がドアに顔を向けると、続いて、地響きが起きた。

 「起きた」というか、ずっと揺れてる……。それも、どんどんと大きくなっていく。

 地響きと「ドドドド」という爆音のなか、悲鳴も、女の人のものだけでなく、男のものも、子どものものも、いろいろな種類が聴こえるようになった。


「なんだ……?」


 俺は部屋のドアに近づいていくと、地響きで揺れるなか、おそるおそる開き、のぞき見るようにした。


 ドアの隙間から見えたのは、地獄の光景だった。


 ドアの外はすぐ、外だったらしい。想像してたとおり、空模様は夜。そして、セロが言うにはタイトの村なはずだ。

 だが、景色は「村だ」と一見してわかるものじゃなかった。


 ドアのすぐ前を川が流れるように、とんでもない数の黒いモノが駆け抜けていってる。見渡せる先、ずっと奥まで、黒いモノ、モノ、モノの大行列。

 子どもほどの大きさ。まさに、今の俺と大差ない大きさの……サルか? 地響きの正体はこのサルの群れらしい。

 遠くでは三、四人、手になにか武器のようなものを持って、サルに向かって振り回しているようだ。

 だが、抵抗むなしく、無数の黒いサルにまとわりつかれ、倒れていく。


「人が……、サルに襲われてるのか?」


 流れのなか、サルがひときわ密集してるようなところがいくつかあった。

 その一番手前の密集の場所。

 サルの隙間から見えたのは、さっき俺が見とれた、この部屋を出たばかりの白茶けた服だった。


「セロ……?」


 女の子は倒れ、サルに群がられていた。

 チラリと見えた、彼女の可愛い顔。

 暗い中でも白くきわった彼女の顔はこちらを向いているが、目には生気がなく、口や鼻からは血が――。


「し、死んでる……?」


 俺がつぶやいたその時、一匹のサルがセロの顔にかじりついた。

 ガクンガクンと生気のない目を揺らされるセロ。

 このサル、人を襲って食ってる?

 この村は、サルの群れに襲われてる真っ最中だっていうのか?


 恐怖のあまり、俺の体は震えた。


「キッシャアアア!!」

「?!」


 サルの流れが俺の存在に気付いた。

 一匹を先頭にして、数匹、流れから枝を分けるように俺に向かって直進してくる。


「ちくしょう!」


 短い足を精一杯伸ばした渾身の蹴りで先頭のサルを跳ねつけると、俺はドアを勢いよく閉めた。

 入ってこれないよう、手近にあった棒でつっかえを作る。

 もともと、このドアには鍵のようなものはなさそうだったが、ふすまみたいに引くタイプのやつでよかった。

 ひとまず安心した俺は、その場にへたり込む。


「なんなんだよ……。サルが人を食うなんて、聞いたことねえよ。あんなの、モンスターだろ……。俺、異世界にでも来たってのかよ」


 だが、安心していたのもつかの間――。


ドン ドン


 サルがドアを殴ってる。


「まだ諦めてないのか……?」


 殴る音は強く、数も多くなっていく。

 ミシミシときしむ木製のドア。

 こんなんじゃ、いつ突破されるか判ったもんじゃない。


「どうすんだ、どうすんだよ……」


 ドアから後退あとずさりながら、俺は部屋のなかを見回した。

 せめて、何か武器になるものを。

 だけど。


「ない……、何もねえよ!」

 

 元から牢屋ろうやのような狭さ。あるのはベッドと鏡だけ。

 いつくばってベッドの下も探したが、土の地面がひんやりとしているだけだった。

 だが、続けて鏡の裏を探そうとしたとき、俺は気付いた。


 鏡が光ってる。


 光が当てられてるとか、反射してるとかじゃなく、なんていうか、鏡自体が光っていた。

 俺が近づくごとに、光は強くなっていく。


「なんだ、この鏡……?」


 吸い寄せられるように鏡の目の前まで近づいたところ、そこで俺は、言葉のとおり、鏡に吸い込まれた。

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