大晦日はゆっくりしたい⑤
「だぁぁ――!負けた!」
「蓮……お前強くなりすぎだろ」
両者とも勝敗に関わらず、満足そうな様子を見せる。
歓声もその様子を称えるかの如く、どんどん強まっていた。
『年越し前にいいもの見せて貰ったぜ!』
『あんたら暑すぎるだろ!寒さなんて全く感じなかったぞ!』
辺りは熱気に包まれ、遥花は何気なく温かな空気に頬を緩める。
結果は音絃の勝利に終わり、新年まで残り僅か。
屋台を見て回りながら時間を潰す。
「毎年、家で独り年を越していたんだけどな……。どうしてこうなった?」
「音絃くんは私と居るのは不満でしょうか?」
「そんな訳あるかよ、幸せすぎて困っているだけだ」
音絃と遥花はゆるりと自然に話す。
普段通りになりつつある二人の会話を聞いた蓮と杏凪はここぞとばかりに横槍を投げ込んだ。
「いやはや、大胆になりましたな――お二人さんは」
「はるっちから相談を受けていたのはついこの間のはずなのに……何だか懐かしくて泣けてくるよ」
泣く素振りをわざとらしく表現する杏凪を蓮が支える。
その姿を真に受けたように遥花も支えに入った。
――俺は何を見せられているんだよ……
「これは俺たちの称号も年越しと同時に返還だな」
「やっと私たちから二文字が消えるんだね!」
「お前ら何の話をしているんだ?」
「黒原くんとはるっちに称号を譲渡します。おめでとう!【バカップル】の称号を手に入れたよ!」
「要らんわ!早急に返上させて頂く」
【バカップル】という称号が乗っているであろう杏凪の両手を押し返すような動きをみせる。
こんな何の得にもならない恥ずべき称号を易々と受け取る訳がない。
「皆さん年が明けますよ!」
音絃は身に付けてきた腕時計に視線を落とす。
確かに針は五分前を示していた。
「あの――皆さんに一つお願いがあるんですけど……」
「ん?どうしたんだ。何か食べたいのか?」
「違います……。そのですね、大したことじゃないんですけど」
聞こえるか聞こえないかの僅かな声量で遥花は願望を告げた。
「その……皆さんが良ければ皆で手を繋いで跳びたいです……」
俯き、耳をほんのりと赤く染めて手を弄る。
誰もが一度は考えたことがあるだろう、年が明ける瞬間に地から足を離し、「年が明けたときに俺は地球に居なかったんだぜ」を演出するというものだ。
実際には地表に居なかったというだけの話なのだが、年を物理的に跨ぐと考えれば悪くはない。
カップラーメンの件で分かったが、普段何気なく過ごしていれば経験するような事柄も遥花にとっては未体験なことが多い。
音絃と蓮、杏凪は一斉に目を丸くして顔を見合わせる。そして堪えられずに吹き出した。
「笑うなんて……皆さんひどいです!」
「ごめんごめん。そういえばやったことないなって思ってさ。それにやっぱり遥花は可愛いなって」
「面白がってませんか……?後、可愛いって言えばにゃんでも許しゃれ――……」
遥花は恥ずかしさの余りに呂律が回らず盛大に噛んでしまう。小さな呻きを上げながら再び俯いてしまった。
付け入る隙を逃さぬように杏凪は遥花に駆け寄る。
「音絃は本当にいい子を掴まえたな」
「俺には勿体ないっていつも思ってたけど、今は遥花に肩を並べられるような男になろうと思ってるよ」
「そうか……。音絃がいい方向に変わってきて俺は嬉しいよ」
「柄でもないこと言うなよ。甘酒で酔いが回ったのか?」
「そうかもな」
これ以上、言葉を交わす必要はなかった。交わさずとも分かった。
そして愛しい彼女を音絃と蓮は見守った。
「はるっち、一緒にジャンプしようよ!実はね、私も同じこと考えてたんだよ!一緒だね私たち!」
「杏凪さん……!ありがとうございます」
美少女二人が戯れ合い微笑む姿は目の保養になると同時にいけないものを見ているような気にさせる。
音絃は徐々に恥ずかしさが込み上げ、遂には直視できずに目を逸らす。
普段から見慣れているはずの風景を照れる必要はない。
「蓮も本当にいい彼女を持ったよな」
「お?柄でもないこと言ってるのはどこのどいつだ」
「そうか?なら俺も酔ってるんだよ」
そう俺は今、きっと酔っている。
決して故意で物申している訳ではない。
顔を合わせて純粋な感謝や称賛をしようものなら面食らって羞恥の余りに悶えてしまう。
俺はそんなに出来た人間じゃない。
「音絃くん……音絃くん!」
「ああ、悪い。どうしたんだ?」
この世で一番愛おしい少女に手を握られて意識を正す。
黒か白かも分からない暗く明るい空間を漂うような感覚から連れ戻されるこの時が好きだ。
淡く緩く歪んだあの空間を人々は夢と呼ぶ。
現実から逃避、底の見えない願望、忘却の行方。全てが向かう先は夢という曖昧な異界のゴミ箱。
見捨てないでいてくれる。手を離さないでいてくれる。そんな実感を抱かせてくれる優しい手を一生離したくないと思う。
「年がもう明けます!もう片方の手を華園さんと繋いで下さい!」
「了解ね――。んじゃあ、もう一方は杏凪とだな」
「うん!私ももう片方の手をはるっちと繋ぐね!」
そして四人はそれぞれの手を取り、一つの輪になった。繋がれた双方の手の結びは強固で外れそうもない。
これを絆と言わんばかりだ。
「それじゃあカウントダウンだ。最後に音絃から一言どうぞ!」
唐突に役を振られて断る暇を与えない。
音絃は渋々、そしてハッキリと真剣な気持ちで応えた。
「俺は幸せだ。来年も馬鹿みたいに仲良くして欲しい。愛してるよ遥花」
「ひゅ――う!大胆だね――黒原くん。お陰ではるっちが沸騰寸前だよ!」
「悪かったな!もう時間ないんじゃないか?」
「音絃の言う通りだ。よし、それじゃあ跳べ!」
こうして四人は笑顔で手を繋いで年を跨いだ。
出逢いと別れの偶然と必然。
もしも、神様が居るのならお願いです。
私は奇跡なんて望みません。幸せなら私たちの手で掴みます。
なので、私たちのことをどうか見守っていて下さい。
薬指に銀色に輝く真新しい指輪を付けた少女は願った。
「私は今もこうして元気だよ……佳夜ちゃん」
ある一人の少女のことを思った。
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〜後書き〜
すいません。投稿が遅れましたm(*_ _)m
詞作に没頭しておりました。
色々散りばめました(。 ・`ω・´) キラン☆
どうぞお楽しみに(*^^*)
ブランクで文脈が大変なことになっておりますが、リハビリしているんだと思って頂ければ幸いですm(_ _)m
ご迷惑をおかけします。
とても寒いです。オミクロン何とか(現実逃避)が流行っているらしいので身体にはお気を付け下さい。
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