大晦日はゆっくりしたい④

 「う――……寒すぎるだろ」

 「年も暮れですからね。私もちょっと冷えたので手を握ってくれませんか?」

 「すぐそうやって甘える……。ポケットに入れたら大丈夫だろ」

 

 満天の星空の下で白い息を吐く二人の姿。

 所々に立っている街灯の光が、闇夜に溶ける腰まで伸びた艶やかな黒髪に反射して、星々のように煌めく。

 隣を歩く青年の後ろ姿には以前のような孤独や自信の無さは消えて、代わりに温かさと未来への期待で満ち溢れていた。

 二人の背中から伸びる影はどこまでも長く続いて一つになっている。

 誰の声もしない静かな風景はこの場所が二人だけの世界だと錯覚させてしまうほどに眩い。

 何気ない会話が響いて夜闇と飽和していく。

 除夜の鐘が鳴るまで一時間と少し。

 もう少しだけ甘々な二人の会話は続きそうだ。


 「さすが大晦日だな――。人集りが凄すぎる」


 音絃と遥花は普段と変わらない会話をしながら待ち合わせ場所である自宅近くのお寺までやって来た。

 やはり大晦日ということもあり、並ならぬ人集りができていて集う人々も老若男女だ。


 「そうですね……。こんなに人がいっぱい居たら酔ってしまいそうです」

 「そうだな。いつも密集地帯を避けて生きている身としては非常に辛いぞ」


 人目を避けて目立たないように生きてきた音絃が、今すぐにでも帰りたいと思うほどの密集度に遥花も参ってしまっているらしい。


 「ん……?ちょっと待てよ。遥花はいつもクラスのやつらに囲まれてるからそういうのに慣れてるんじゃないのか?」


 忘れていたが遥花は学校で聖女様として崇められている身だ。この位の人集りで酔う訳がない。

 学校ではこれ以上にひどい光景を眺めていたのを覚えている。

 予想外の指摘を受けたようでクリっとした綺麗な双眸をパチパチと瞬かせる。

 そしてすぐに悪戯がバレてしまった子供のようにニヤリと笑みを浮かべた。


 「音絃くんが私をエスコートしてくれるかもと思って嘘を付いちゃいました。学校でも音絃くんは私のことを見てくれていたんですね」


 遥花にそう言われてからやっと自ら墓穴を掘ってしまったことに気付いた。

 別に隠す理由もないだろうと平静を装う。


 「遥花が可愛いから目立つんだよ。普通に過ごしていれば視界にも入るから不可抗力だ。まあ、なんだ……結論、遥花が可愛すぎるのが悪い」


 我ながらめちゃくちゃな御託を並べている自覚はあったが、取り乱さず表情が緩んでしまわないようにするにはこれが精一杯だった。

 遥花のことだから追撃をされるに違いないと防衛体勢に入るが、いつまで経っても声を掛けてこない。

 気になって尻目でチラリと隣を伺う。

 追撃なんてものは皆無。代わりに下を向いたまま黙っている遥花がいるだけだ。

 よく見ると屋台の灯りで薄らと照らされた耳がほんのりと赤くなっている。


 「こ、こ、ここは公衆の面前ですし、お家に帰ってからじゃないと恥ずかしいよぉ……」


 音絃は知らないうちに遥花にフルカウンターを直撃させてしまっていたらしい。

 そして自らが発したことを思い出して悶絶してしまい、二人はしばらくその場から動けなかった。



 「お――いたいた」

 「はるっちと黒原くんみぃ――つけた!」


 学校一(?)のバカップルに無事発見された二人はようやく落ち着いたようで変わらず会話に混ざる。


 「華園さんに杏凪さん!お久しぶりです!」

 「いや、最後に会ったのは五日前だろ……。とりあえずお前らはいつも通り元気そうだな」

 「当たり前だろ?俺が元気を失う訳がない」

 「そうだよな。元気が取り柄だもんな」


 蓮の眉がピクリと釣り上がる。

 不穏な空気に遥花はオドオドと慌てふためくが、杏凪が大丈夫だよと宥めた。


 「聞き捨てならないな――!久しぶりにやるか?」

 「やってもいいが、蓮が負けるぞ?」

 「白瀬さんの前で恥をかかせてやるよ」

 「はっ!蓮こそ都魅の前で赤面を晒せや!」


 「止めた方がいいんじゃないですか?」

 「大丈夫だよ♪あの二人がこんな場所で殴り合いの喧嘩なんてする訳ないからね」

 「そうですけど……心配です」

 「大丈夫。二人とも不器用だけど私たちのことを一番に考えてくれてるから。はるっちは黒原くんをもっと信じてあげていいと思うよ!」


 「おっちゃん!机貸して!あ、あと甘酒も四つお願いします――!」

 「お、おう。別にいいが……一体何をするんだ?」

 

 音絃と蓮は顔を合わせて子供っぽく笑う。

 それから声を合わせて同時に応えた。


 「「今年最後の腕相撲!」」


 音絃が蓮と初めて出逢ったときの話だ。

 当時の二人の心情は決して穏やかなものではなかった。

 何かあればすぐに突っつくような状態だった入学したての二人は偶然にも屋上で鉢合わせる。

 殴り合って、蹴り飛ばしあって、内容はかなり激しいものだったが結局、駆け付けた教師陣に取り押さえられて決着は付かず。

 嫌悪な関係が続いていた二人にある教師は言った。



 「決着が付かなかったなら付ければいい。俺が監督してやるからお前らで決めてみろ」

 「殴り合いは?」

 「駄目だ」

 「鳩尾みそおちノックは?」

 「なんだそれ?痛そうだから駄目だ。だぁぁ……お前らは相手を痛め付ける以外に脳はないのか?例えば腕相撲――」

 「よし、それで行こう。お前も異論はないよな?」

 「力勝負ならなんでもいい。早くやろうぜ」


 簡単な準備をして体勢をとる。


 「用意はできたな?それにしてもなんで上半身脱がないといけないんだ?」

 「雰囲気って大事だよな?」

 「ああ、同感だよ。いいから早くおっぱじめよう」

 「俺には理解不能だよ。じゃあ始めるぞ。レディ……ファイト!」


 それから約二年。

 音絃と蓮はこれをきっかけに互いを認めて許し合える仲になり、今もこうして馬鹿なことをやり合っている。


 「あれから意外と経ったな……。あん時はギリギリで俺が勝ったからな」

 「次は絶対に負けないからな蓮!」

 「こっちの台詞だ。次は油断しないぞ音絃!」


 何かが始まると聞き付けた人々が二人の周りに続々と集まっている。

 人に見られることが嫌いな音絃も今はそんなことを気にしていない。

 ただ、目の前にいる親友とこれからも仲良くしたいという意志だけが音絃を支配する。


 「悪い、杏凪。審判を頼む!」

 「はいは――い!じゃあ始めるよ?レディ――……ファイト!」


 掛け声と同時に両者は腕に全力を込めた。

 一進一退を繰り返し両者とも引かない熱烈とした闘いは周囲の野次馬までも沸かせる。

 しばらく均衡した状態が続いたが、それを崩したのは音絃だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

〜後書き〜


過去編が気になる人もいると思いますが、別の機会に語られる予定ですm(*_ _)m

さて、今回は……まあ、そういう話でしたが、もう少しだけ続きます⤵︎ ︎


予告です。

皆さんの温かい言葉掛けにより、作者は頑張ることを決意しましたm(_ _)m

第一部最終話だった50話から繋がるように第二部として制作していきます。

乞うご期待🍀


やはり完結宣言をしてしまったこともあり、一度決めたなら貫き通せよと思う方もいるかもしれません。

読者も以前の半分程になっているのも事実です。

ですが、私にもう一度チャンスを下さい。

絶対に後悔はさせませんから!


皆さんからの温かい言葉のおかげで今の私があります。

この恩に必ず報います!


〜今日の雑┌(┌ ・ω・)┐ダンッ


お隣の天使様がアニメ化決定しましたね!

私にとっての原点であり、今後も変わることのない頂点です。

発表と同時に嬉しすぎて泣いていました。

佐伯さん!はねことさん!

本当におめでとうございます😭

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る