大晦日はゆっくりしたい②
「それでいつ帰るんだ?ここにはベッドが一つしかないぞ」
遥花が用意してくれた年越しそば(かき揚げ付き)を囲んで頬張っていた。
そして美味しすぎて時を忘れてしまい、気付けば時計は亥の刻を示している。
あと数時間程度で年が明けるが、勝平と裕美子は全く帰ろうとする素振りを見せない。むしろ裕美子はビール四缶目を開封しようとしていた。
「え――?トロントロンに酔っちゃってる私を暗い中に放り出すつもりなの?」
「時と場合によってはありだと思ってるが――」
「勝平さん!音絃くんが……音絃くんがまた反抗期になっちゃったわ!私、どうしたらいいの……」
「喧しい。とりあえずどうするんだ?」
勿論、追い出したい訳ではない。そんな親不孝者ではないと自負している。
確かにそれなりに、いや、かなり迷惑を掛けてきたが、今は落ち着いてきたと思う。だからこそ恩返しはしていきたい。
ただ、問題は一つだけ。
「音絃、裕美子さんはかなり酔ってるみたいだから今夜は泊めてくれないか?」
「え……。寝床が三つもないんだけど……」
押し入れに布団を仕舞っているが、最後に出したのは遥花が泊まっていた時だ。
それが九月の上旬辺り。だとすれば約三ヶ月の間仕舞いっぱなしということになる。
そんな布団が埃っぽくない訳がない。
だからこそ出すことは出来ないし、来訪を予告してくれていればそれなりの準備は出来ただろう。
「そうか……。いきなり押しかけたのは僕らだもんな、悪かったね。今日はおいとまするよ」
勝平は裕美子に肩を貸しながら立ち上がり背を向けた。
去っていく二人の背中をぼんやり眺める。目の錯覚で二人の姿が信じられないくらい小さくなって、それはいずれ恐怖心へと変わっていった。
このまま帰してしまえばダメな気がしてならなかった。
どうしてかなんて何一つ定かなことはない。根拠なんて微塵もない。
だけどそう思ったんだ。
「待って!」「待って下さい!」
音絃と遥花は同じ瞬間に二人を引き止めた。
お互いに驚きを隠せずに見つめ合う。
「二人してどうしたんだい?」
勝平はキョトンとした様子で振り返って二人に問いかけた。
音絃は遥花の心意を知り得なかったが、自分が感じた危機感に順応する。
「俺は父さんと母さんのおかげでここに住んでいる。だから二人が泊まりたいって言うなら拒まない」
それを聞いた勝平はわざとらしく小さく微笑んでみせる。
勝平の優しい雰囲気は何となく落ち着く。その横で支えられて呑気に寝言を呟く裕美子とは大違いだ。
「僕らが泊まったとして音絃が寝る場所はどうするんだ?」
「それはソファで寝れば何とかなるから」
「冬の真っ只中だぞ。風邪でもひいたらどうするんだ?遥花さんにまた迷惑を掛けるのか?」
「違うよ……。ただ俺は――」
勝平の口から放たれた言葉を否定しきれずに行き詰まる。
遥花には返しきれない膨大すぎる恩がある。これ以上は迷惑を掛けられない。
「音絃くん!」
遥花はいきなり声を張り上げて音絃の名前を呼んだ。
隣の遥花にゆっくりと視線を移すと、怒ったとも悲しいとも取れないような複雑な表情を浮かべていた。
「私は……私は音絃くんの……音絃くんにとってのたった一人の彼女なんです!もっと私を頼ってくれてもいいんですよ」
「遥花にはただでさえ多大な迷惑を掛けてきたんだ。これ以上は――」
食事を作ってもらって、風邪の看病もしてもらって。
もう返しきれないこの恩をどうすればいいだろうか。
そんなことを考えていると遥花は音絃の胸に飛び込んだ。
そして顔を伏せたまま続ける。
「私は音絃くんの彼女なんです。世界で一番愛おしい人の彼女なんです。大好きなんです!だから私をいっぱい頼って下さい。私も音絃くんをいっぱい頼りますから」
「そうか……そうだね。ごめん、遥花をもっと頼るかもしれないけど許してくれ。遥花が困った時は俺が助けになるよ」
誰かに支えられているという実感する日々だ。
優しさは温かくて、胸騒ぎも落ち着く。
「本当にアツアツなんだな。気持ちはありがたいが寝床はないだろ」
勝平は少し困った様子を見せながらこちらを伺っていた。
「確かにそうなんだよな……」
結局、どうにもならない問題に当たる。
頭を抱えて苦悩していると遥花が決心したような顔をして音絃を見つめていた。
「その……!わ、わ、私に提案があります」
「何かあるのか?」
なぜか言葉を詰まらせる遥花に疑問を抱きながら問い返す。
「あの……音絃くんが私の家に来ればいいと思います……」
「そうだな、確かにそれなら問題は解決できるな……って、え……?」
つまりそれは……。
「遥花ちゃんも大胆なこと言うわね――。それじゃあお言葉に甘えて泊まらせて頂こうかしら!」
「ちょっと待て!待て待て!そういうことは親が率先して止めないと行けないんじゃないのか?」
「あら……、双方の合意があるならいいんじゃない?」
裕美子は顔を真っ赤にして呂律も回っていない。
全く頼りになりはしない。
「僕は……甘える側の人間だからなんとも言えないけど、音絃が今どうするべきなのかを未来を見据えて判断できると思っているよ」
信頼の眼差しを四方から向けられてこれ以上は何も言えずに床の板目を双眸で追う。
現実を逃避するように遠くに向かって。
「だぁぁ――。遥花がそう言ってくれるならそうしよう」
去り行く背中を見た瞬間の胸騒ぎは無視できない程に嫌な感覚だった。
「遥花さん本当にありがとうございます。音絃を宜しくお願いします」
こうして黒原夫婦と別れて、音絃と遥花は隣の遥花の家へと移った。
その後は言わずと知れた沈黙が部屋を静寂へと導く。
顔を合わせず背を向けて、赤面を覆う両手は耳までを隠しきれず露出する。
乱雑短髪の青年と白色純麗な才女はあまりにも純粋無垢すぎた。
時間は数分前に遡る。
「いや――やっぱり寒いね。お邪魔します」
「年越しそばを作る前に一度帰る予定だったので暖房はつけてませんでした。ごめんなさい……」
「わがままは言わないよ。遥花といればいつでも温かいからな」
心が温まれば自然と内部から温かさを感じられる。
そう考えると、ある意味では遥花は――
「手冷たいですよ?私が温めてあげますから手を握ってもいいですか……?」
よりによってこんな状況でクリティカルヒットを炸裂させる遥花の願いを断る理由もなく、静かに頷いて了承した。
「それにしても遥花の家に入るのは初めてか?」
「ふふふっ。そうですね、音絃くんは第二の我が家だと思ってくれていいですからね。私もここを第二の我が家と思いますので!」
「俺の家が遥花にとっての我が家ってことかよ。まあ、いいか」
隣にいる遥花は楽しそうに微笑んでいる。
それでいいんだと思える日々を愛おしく思う。
なんでもないありふれた日常が続くことを願うばかりだ。
「ねぇ……音絃くん」
「ん?どうした遥花」
「一緒にお風呂……入りませんか?」
「…………ふぁ?」
日常は続かない。
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〜後書き〜
久々の更新です。お久しぶりですm(*_ _)m
年も暮れ、寒さが増す今日この頃をどうお過ごしでしょうか?
前置きはこの辺で……
私、今作詞を中心にやっております。
来年には機器を揃えてボカロPになりたいと思ってます(*^^*)
詞は掲載してるので是非!
次回、お風呂会……
読者の皆様、戻ってきて下さい()
因みに、そのまま帰していたら黒原夫婦は事故で……って世界線もあります。知り合いの実体験をもとにしてあります。
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