第50話 そして未来へ
いつも温かいこの空間も今は静まり返っている。
外のカーテンを開けると外は曇っていて、ベランダには昨夜に遥花が作った小さな雪だるまが残っていた。
音絃の心臓は放課後から激しく脈打っていて中々収まらない。
帰り際、遥花は「私は買い物をして来ますので、音絃くんはお風呂掃除をお願いします」とだけ言い、そこで帰りは別れた。
少し心配ではあったが、蓮と杏凪が一緒に付いていたので大丈夫だろう。
それより今は……
――俺は何を言えばいいんだ……
音絃は例の件をどう伝えるか一日中悩んでいた。
自分の頭の中で、考えて書いて消してを繰り返し、それを何回繰り返したかをもう自分では数え切れない。
一緒に過ごしてきた日の数だけの思い出があり、その数だけの思いがある。
全てを伝えたいが、それでは夜が明けてしまっても話終わりそうにない。
ガチャッ……
玄関の方からドアの開く音がした。
どうやらもう遥花が帰ってきてしまったらしく、リビングに向けて足音は徐々に近付いてくる。
「ただいま!音絃くん」
「お、おう。おかえり遥花」
「ふふっ……なんだか不思議ですね。いつもなら私が音絃くんにおかえりなさいって言いますよね」
クスクスと笑う遥花はとても上機嫌で言葉も弾んで聞こえる。
対して音絃はロクに遥花とも顔を合わせられない程に緊張していた。
その様子を察してなのか、遥花は音絃の隣に腰を掛ける。
「音絃くん……手を握っても良いですか?」
「別にいいけど……」
動揺はしたが別に断る理由がない為、了承した。
遥花にどんな意図があるのか全く読めなかったが、すぐに分かった。
音絃の左側に座った遥花はくるっとこちらを向いて手を握る。
その手はやっぱり温かくて優しい。
自然と緊張もほぐれて、肩に入った力が抜けていく。
「上手く伝わらなかったらごめん……」
「音絃くんの言葉が私は好きですから……音絃くんの言葉じゃないとダメです」
遥花は、必死な表情と柔らかな微笑みが交ざったような顔をしている。
その思いに応えたいと再度心から思った。
「そうか……」
「音絃くん……その顔はズルいです。…………かっこよすぎです…………」
最後の方は良く聞こえなかったが、遥花の顔はどんどん真っ赤になっていく。
何となく予想は付くが自爆したのだろう。
「ゆっくり落ち着け。お茶いるか?」
「いえ……コーヒーがいいです!」
「え……?苦手なんじゃ……」
「苦手です!でも……音絃くんと飲みたいです!」
不意打ち気味にアッパーを貰った気分だ。
その一言は音絃の心臓を大きく揺さぶり動かす。
「無理は……するなよ。もしダメでもその時は俺が遥花に合わせてココアを飲むからさ」
人生が真っ直ぐな道だとして、果てないその旅路を誰かと歩むとする。
勿論、一緒に歩くのは遥花とがいいし、向こうもそれを望んでくれていると嬉しい。
人の歩く時の歩幅はそれぞれ違って、それは俺たちも例外じゃない。
歩く歩幅も歩く速度だって違うし、歩ける距離だって違うんだ。
全く違う道や歩幅、速度を歩んできた二人が一緒に歩き出すのはとても難しい事で、価値観の違いで道が枝分かれしたり、道の終点が来る可能性もある。
その限られた距離の中で、お互いの事をたくさん知って、その生まれた感情をどれだけ伝えられるかが大事なんだと俺は思う。
そして俺は今、その長い道のりの入口に立っている。
そう……世界で一番愛おしい彼女と歩いていく為に。
「俺はさ……両親に捨てられたんだ。そして今の両親に出会ったんだけど、中々上手くいかなくてさ……。そして中学に上がって俺は完全にグレたんだ。感情の逃がし方が分かんなくなって道を思いっきり踏み外して、そしてまた、信じていた仲間に裏切られて捨てられた。それからは早かったよ。何もかもが信じれなくなって外に出られなくなった。高校に上がってすぐに蓮と喧嘩した。本気で殴り合った。そしたら蓮は俺の思いを聞いてくれて少しだけ気が楽になったんだ。だけどまだどこか完全には信じられていない自分がいて、そんな自分が大っ嫌いだったよ。」
――そう、そして……運命に出逢う。
「そして遥花と出逢った。最初は全く関わる気がなかったのになぜか繋がりが出来て、それからの毎日は温かかった。そして抱えきれない程に大きくなったこの感情と向き合ったんだ」
――その感情の名は……愛
「俺はすげー鈍感で気が利かないし、家事だって出来ない。朝だって起きれないかもしれないし、すぐに挫けて崩れるかもしれない」
――迷惑はいっぱいかけるかもしれないけど……
「だけど……!俺は遥花を何があっても守れる。手放したりしない。絶対に離したりなんかしてやらない」
――君が笑ってくれるように頑張るから……
「こんな俺だけど……俺は遥花が好きだ……大好きだ。必ず幸せにしてみせる。だから……」
――世界で一番愛おしい君の……
「俺と……結婚してくれないか……?」
――隣に一生一緒に居たい。
遥花は俯いてから勢い良く顔をあげる。
その顔には涙も浮かんでいたが、世界で一番綺麗な笑顔だった。
「はい……!私を音絃くんのお嫁さんにして下さい……!」
その言葉を聞いて音絃は思わず遥花を抱き寄せた。
抱き締めたかった……遥花をもっと近くで感じたかった。
しばらくしてから音絃はゆっくり遥花を離す。
それからお互いを見つめ合ってから音絃は遥花の唇を奪った………………。
•*¨*•.¸¸☆*・゚•*¨*•.¸¸☆*・゚•*¨*•.¸¸☆*・゚
「音絃くん。私……引っ越してきてから行った事ないんですよね」
「まじですか遥花さん。まあ、楽しみにしとけばいいじゃん」
音絃と遥花はある場所に向かっていた。
一枚の封筒を持って……
「でも……音絃くんがまさか四月二日生まれなんて知りませんでした!」
「教える機会なかったからしょうがないじゃん……許してよ」
そう……俺は今日で十八歳になる。
今日から新学期の予定なのだが、学校には向かっていない。
「着いたな……」
「ここが市役所……なんですね」
「そんなに緊張するなよ。両親から同意書は貰ってきてるんだから」
――そう俺たちは今日……
「そうだけど……私、苗字変わっちゃうんだよ?!ドキドキしちゃうよ……」
――結婚する。
「俺は遥花から好かれていれば他に何も要らないからな」
「音絃くんはちょっとだけ場を弁えて……恥ずかしいよぉ……」
「ごめんごめん。なぁ遥花……」
「どうしたんですか……?」
「愛してるよ。心の底から……」
「もぉー……!嬉しいけど場を弁えてよぉー!」
そんな二人が市役所に入っていく背中を見ながら、幸せを願うばかりです。
これ以上、私が二人の生活を覗くのは野暮でしょうからこの辺で引いておきましょう。
〜続く〜
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