第49話 二人だけの世界
誰に何を言われようとこの気持ちを曲げたりはしない。
今までの俺には何もなかった。
そんなどこを見てもどこまで行っても永遠に続く乾き切った砂漠の世界に、芽吹き始めた一輪の花に出逢ったんだ。
その花を見て見ぬふりをして来たつもりが、いつの間にかその花の近くに居て、傍に座って日陰を作ったりしていた。
そんな温かな毎日を過ごして、その花から世界が広がり始める。
花は人との繋がりを作り、日々を彩やかな薔薇色に染めていく。
これからだってそうだと信じているし、信じると決めた。
その人生を変えてくれた花……いや、遥花を誰にも渡す訳にはいかない。
「悪いけど……これだけは譲れない」
「お前……何言ってんの……?お前みたいな陰キャに振り向く訳ないじゃん!」
「そうだぞ……勘違い甚だし過ぎるだろ。くっくっ……やばい。笑いが止まらない」
「お前みたいな人生の負け組が出る幕はねぇーよ。早く手を引くのが身の為だぜ」
――めちゃくちゃな言われようだな……
学校のレベルが低いのか、このクラスのレベルが極端に低いだけなのか分からないが、とにかく幼稚な考え過ぎる。
こんな奴らに屈するも折れるも絶対にないなと思いながら話を聞き流す。
「それも外せよ……目障りなんだよ!」
外す気は更々ないし、言っても無駄だとは思うが落ち着くように促してみる。
「はあ……そんな脅しで俺が身を引く訳ないだろ。お前らは世紀のおバカさんなのか?もう少し躍起にならずに落ち着けよ。それにお前らみたいな奴に遥花が振り向く訳ないし、そもそも俺が捕まえたら離さねぇーよ」
率直な感想を言うと、彼らは激怒した。
人間を勝手にランク付けして見下し、如何にも自分たちが一番偉いみたいな考え方をしている人間を好きになる訳がない。
冷静に考えれば誰にでも分かる事だ。
だが、興奮状態だからなのか、もしくはそういう考えを持ち合わせていないだけなのか。
そこら辺を正確に判断は出来ないが、彼らは怒り狂った。
「くそがっ……黙れよ、陰キャ如きが……調子乗んなよ……」
「お前は人間以下の存在なんだよ!」
その瞬間に教室は恐ろしい程の冷たい殺気に包まれ、教室中の全員がある一点の方向を向く。
音絃を含めて例外はない。
「聞き捨てなりませんね……」
突如、教室に戻ってきた遥花がドアの前に立っていた。
表情自体はいつもの聖女様の笑顔だが、口調がそれと一致していない。
低く冷え切ったその一言は教室を一時停止させる。
その時間が止まったような教室を遥花は悠々と歩いていき、陽キャ組の前で静かに止まった。
これは音絃でなく、誰にでも遥花の今の感情は理解出来る。
それは明確な "怒り" 。
普段は感情を表に出さない、怒ったりしない人が怒ると誰でも驚くが、皆が驚いたのはそこではなく、彼女の堂々としていて冷たく澄み切ったその姿に驚き息を飲んだ。
「音絃くんを人間以下の存在だと言ったのは誰ですか……?」
遥花は周囲に問うが、自分だと前に出る者は誰一人として居ない。
そして膠着状態の教室の空気は更に重くなる。
「私は音絃くんを虐げるような人を絶対に許しませんから……」
そして遥花は進行を始めて陽キャ組に近寄っていく。
いつもなら陽キャ組の方から遥花に近付いていくのだが、今日は近づいてくる遥花から距離を取っている。
「遥花……もう大丈夫だから落ち着いてくれ。俺を庇ってそれで遥花が誰かに嫌われるのは嫌だぞ」
音絃の一言で遥花は我を取り戻したかのように、いつもの柔らかな雰囲気に戻った。
そして膠着していた教室の空気も少しだが緩和したようだ。
遥花は音絃に近寄っていき、申し訳なさそうに目の前に立った。
「ごめんなさい……。音絃くんをバカにされて気持ちを抑える事が出来ませんでした」
「謝らないでくれよ。俺の為に怒ってくれてありがとな。だけどそれが遥花が傷付く理由になるなら俺の方に責任がある。ほんとにごめんな」
俺を庇って遥花が嫌われるのも嫌だが、自分が原因で遥花が傷付くのはもっと嫌だ。
「音絃くんこそ謝らないで……。私にとっては音絃くんの事を考えて苦しめるなら本望です。辛い事は私が一緒に背負います。悩みがあれば私も一緒に悩みます。ですから音絃くんはもっともっともー……と私を頼って下さいね」
そして遥花はいつもの音絃だけに見せる優しい笑顔になった。
――今日一日で何回この気持ちになればいいんだ……
そしてまた心が温まるのを感じて、照れながらも音絃も笑い返した。
教室は依然膠着したままで、音絃と遥花の独壇場となっている。
さっきまで優しい笑顔を見せていた遥花の顔が少しだけ変わる。
――学校でも有効なのかよ……
小悪魔モードの遥花はニヘラと笑いながら、音絃を攻め落としにかかる。
「音絃くんは……私を捕まえてくれるんですか……?」
いつもの甘い声になり、二人で過ごしている時のように甘えてくる。
小悪魔モードの遥花は手強いが、俺も負けては居られない。
遥花が優位に立っていたその立場は音絃の一言によって一瞬で逆転した。
「あぁ……捕まえてやるよ。そしたら遥花はずっと俺の腕の中にいてくれるのか……?」
思いがけない不意打ちに遥花は顔を真っ赤に染めて恥じらいでいるが、やはり遥花の方が一枚上手だったようだ。
遥花は最後の抵抗、もといトドメの一撃を音絃に放った。
「ちょっ……遥花!?何して……」
遥花は突然、音絃の背中に手を回して抱きついてきたのだ。
音絃の胸に顔を擦り付けながら顔を埋める。
「音絃くんより先に私が捕まえちゃいました……!もう絶対に音絃くんの腕の中から離れません!」
音絃の胸の中で幸せそうに笑う遥花に手も足も出ない。
――完敗だな……
「分かったよ。俺の負けだ……」
それから音絃も遥花の背中にそっと手を伸ばし、ゆっくりと力を入れる。
抱き合う事は今までにも何度かあったが、やっぱり慣れない。
華奢で柔らかな身体は壊れてしまいそうで少し怖いのだ。
音絃は遥花の肩に顔を乗せて耳元で囁く。
――今夜ちゃんとした言葉で伝えるからもうちょっとだけ……待ってくれないか?
――音絃くんのいい返事……待ってますね
二人だけの世界を教室の真ん中で繰り広げている事を少し経った後に気付いたのだった。
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〜後書き〜
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〜今日の雑談タイム
…………………………
次回、お家で……
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