第48話 洗礼の儀式?

「舞先生は何を言ってるんだ……?蓮、翻訳巾着出してくれ」


「いや、微妙に違う……。それに安心しろ……俺も理解不能だ!」


凡人には理解出来ない領域にいるであろうあの人の事は放っておこう。

伊希斗と麻央は既にこの場から退出している。

まあ、俺が麻央にしたアドバイスはまた後日にでも語ろう。


「音絃くん……そろそろ授業始まっちゃいますよ?」


遥花に言われて時計に目をやると、一時限目が始まる五分前を示している。

今から教室に戻ればギリギリ間に合うが……。


「遥花の傍に居たいからここに居るよ。風邪の時は看病してくれただろ……そのお返しくらいに考えといてくれよ」


「えへへ……顔が自然と緩んじゃいますよ」


「前の俺もそうなってたんだ……少し苦しみなさい」


「幸せな苦しみですね」


保健室とはいえ、学校で関係を隠す事なく遥花と話が出来るのはとても嬉しい。

全ての嬉しさと幸せの余韻に浸っていると、隣からこの世のものとは思えない程の異音が聞こえてきた。


「ぐ……ぐっ!がっぁぁぁぁ。だぁぁぁぁ!ばだじばぐっじだい……」


「今のは翻訳出来たぜ。『私は屈しない……』だと思うぞ」


「もうお前は翻訳者にでもなれ……その翻訳能力は常人を超えてる」


なぜ舞先生が悶えているか、考えても分からなそうなので、考えるのをやめてこの問題は置いておこう。


「まあ、お前は舞せんせのライフを削ってやるな。もう始まるから行くぞ」


「だから……俺は遥花と戻るから先に帰っててくれ」


「やかましい……お前は大人しく幸せの代償及び洗礼を受けて貰う。行くぞ不良少年」


幸せの代償、洗礼とは何の事だ……?

そう思い、音絃は蓮にそれを問おうとしたが、先に遥花が口を開いた。


「私も元気になったらすぐに戻りますから。先に待っていてくれませんか?」


「……分かった」


音絃は長い沈黙後に先に行く事にした。

先に行き、安全を確認する必要があると思ったからであって、決して遥花の傍に居たくない訳じゃない。


「じゃあ先に戻ってるからゆっくりしといてくれよ……後、舞先生。お騒がせしました」


音絃、蓮、杏凪は三人揃って頭を下げた。

知り合いしか居ないとは言えど、保健室を騒がしくしてしまった事は間違えなく事実だ。

舞先生は少し驚いていたようだが、すぐにいつもの表情に戻った。


「困った事や悩みがある時はいつでも利用して下さいね」


そして再度一礼をしてから音絃たちは保健室を後にした。

教室までのまあまあ長い道のりを雑談紛いなものをしながら帰る。


「いや……二人を見てると胸焼けが止まらないね。私はお腹いっぱいだよー」


「その言葉そっくりそのままお前らバカップルに返すよ。特大ブーメランじゃねーか」


その言葉をこの二人にだけは言われたくなかった。

まあ、別に言われたところで何か悪い訳ではないのだが。


「案外そんなにブーメランじゃないかもな……」


「今なんか言ったか?蓮」


「いやなんでもない。早く行こうぜ、もうすぐ始業のチャイムが鳴る!」


そういって蓮は一人、前に出る。

音絃も杏凪も負けじと駆け出す。


俺は親友と笑い合って日々を過ごすなんて想像さえしていなかった。

そして今も俺は忘れていない過去との邂逅。

唯一手を差し出してくれた彼女に今なら言える。

たった一言の在り来りな台詞を言えずにモヤモヤしていた。


――やるべき事は決まった


音絃は未来を見つめながら前を目指す。

その後、杏凪とは隣のクラスで別れて二人で教室のドアの前に立った。


「出来るだけ頑張って何とかするんだな。まあ、もしもの時は助けてやるよ……」


「何の話だよ……」


「んにゃ……なんでもない。行くか」


蓮がドアを勢い良く開けると同時に始業のチャイムが鳴り、号令がかかった。

タイミングが悪かったのもあるが、目線が集中して痛い。

だが、音絃は怯む事なく自席へと歩いていく。

そして通常通りに時間は流れていき、何事もなく一時限目の授業は終わりを迎える。

時々こちらを伺う目線が鼻についたが余り気にはならなかった。


起立の号令がかかり、礼をしてから顔をあげると、信じられない程に勢い良くクラスメイトが近付いてきた。

それもほぼクラスの全員だ。


「ねぇ君、黒原音絃くんだよね?!」


「そうだけど……何か要件でも?」


「おい……黒原。白瀬さんといつから……?」


「いや……まだ付き合ってはないよ」


嘘は言っていない。

告白で言うところの呼び出しを夜にしただけであって、正式な形ではまだなのだ。

だが、周りのクラスメイトが納得する訳もなく、拷問もとい尋問が続く。


「まだ……だと?じゃあその指輪はなんだ?」


「クリスマスプレゼントに俺が贈って、そしてプレゼントとして貰った」


指輪にはそういう意図は込めていなかった。

たまたま一緒のアクセサリーをチョイスして、それを俺は無意識のうちに左手の薬指に通していた。

気持ちはその前に自覚してて、だからこそ余計一層運命的に感じたんだ。


「そうか……じゃあまだ白瀬さんはフリーな状態なんだな?」


「まあ、そういう事になるな」


「まだチャンスがあるって事だよな……?よし俺、行ってくる」


雄人とつるんでいた男子数人は一斉に背を向けて歩き出す。

その背中を黙って見送る――――――訳がない。

やはり、いざ言葉にしようとすると中々緊張するものだと改めて理解し、深く深く深呼吸をした。


「待てよ……まだ付き合ってないが、遥花を誰かに渡すつもりはないぞ?」


「は…………?」


「遥花は誰にも渡さない。俺の手で幸せにする」


全てを言い切った後の教室は、深い沈黙の後に女子からの黄色い声が響き渡った。

地響きがして空気が揺れて、男子特に陽キャ組の視線が力を増す。


――何があろうと俺は折れない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

〜後書き〜


……………………



〜今日の雑談タイム


…………………………


次話、砂糖特別警報

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る