第44話 新たなスタート

「音絃くん……おはようございます。朝ですよ」


「ん……分かった」


ハッキリとしないふわふわとした意識の中で、重たい瞼を開く。

そこには音絃の身体を揺さぶる遥花がいて、窓の外から射し込む陽の光が左手の薬指で反射して輝いている。

それを見た音絃は昨日の出来事を思い出し、すっかり目が覚めてしまった。

重たい身体を起こし、遥花を見ると甘い笑顔を浮かべている。


「おはよう遥花……」


「おはようございます。全く……お寝坊さんですね」


昨日の一件からお互いで名前を呼び合う事も恥ずかしいと感じるようになっていた。

だが、会話がギクシャクするのは音絃の本意ではない為、そう感じながらも名前で呼び続けている。


「まだ時間には余裕もあるだろ……」


「いえ、そういう意味ではなくて、寝顔も寝起きも顔も可愛いなって思っただけですよ」


――小悪魔モードだ……


小悪魔モードの遥花に今の音絃では、全く太刀打ち出来ない。

それをよく理解している為、その対策法を講じる事も可能だ。


その対策方法は――――――その場を離れる事。

全く問題の解決になっていないと言われればそれまでだが、今の音絃にとって最善手と言えるだろう。

寝室から出ようとその場に立ち上がる。


「音絃くん……待って下さい」


遥花に背中の服を掴まれてしまい、脱出は失敗に終わってしまった。


次の策は――――――ない。

ただ只管に弄られないよう耐えるのみ……。


「……どうした?」


「その……充電させて欲しい……です」


スマホの充電器は確か昨日、リビングの棚の中にしまったはずだ。

しかもそれをしまったのは遥花本人だったので、別に俺の充電器を使う必要はないはずなのだが、壊れてしまったのだろうか。


「ああ、使っていいぞ。確か……ベットの脇に!?」


音絃が使っている充電器を渡そうとすると、遥花がいきなり抱き締めてきた。

何が起こったのか、音絃は状況が把握出来ずに慌てふためく。


「は、遥花……何をしてるんだ?」


「枯渇していた音絃くんエネルギーを充電しています。あと一分程で充電が完了しますが、音絃くんも私を抱き締めてくれたら三十秒で完了します」


「なんだよ……その妙な設定は……」


改めて音絃の背中に手を回し、胸に頭をくっつけている遥花を見る。

黒く長い艶やかな黒髪はいつ見ても美しい。

ゆっくりと撫でれば指の間を髪がすり抜けていき、艶が一際目立つ。


「抱き締めて……くれないんですか?」


「ぐっ……!」


音絃だって別に抱き締めたくない訳じゃない。

むしろその逆だ。

だが、前の状況とは訳が違う。


そうだ……これはスキンシップなのだ!

スキンシップ……スキンシップ……別にやましい事は考えていない……平常心だ……


ゆっくりと遥花の背中に手を回し、少しずつ力を入れていく。

今にも壊れるんじゃないかという程、柔らかで華奢な遥花の身体を抱き締めると、甘い匂いがした。

そして慌てふためき、緊張していた気持ちも自然と落ち着いてくる。


――ん?


違和感を感じて自分の手を見ると、昨日寝る前に外したはずの指輪が左手の薬指にしっかりと付けられていた。

昨夜の記憶を遡ってみるが、やはり付け直した記憶はない。

無意識のうちに付けていたのだとすれば、とても恥ずかしい事実なのだろうが、もしその他の可能性があるのだとしたら……


音絃の腕の中にいる遥花がモジモジとしながら、見上げてくる。


「ね、音絃くん……そろそろ離してくれないと学校に遅れちゃうよぉ……」


「もう少しだけ……ダメか?」


「その……ちょっとだけですからね」


そして立場はいつの間にか逆転し、遥花が恥じらうようになっていた。


遥花はとても優しくて、傍にいるだけで落ち着いていられて、小悪魔モードもたまに見せる恥じらいの顔も全てが――――――愛おしい。

そんな彼女と出逢えた事に心から感謝した。


「ロールキャベツじゃないですか遥花さん」


「ええ、朝から作ったのですよ音絃くん」


「作るの時間かかったでしょう?遥花さん」


「料理は時間がかかるものなんですよ?音絃くん」


音絃と遥花は朝食を二人で取ろうとしていた。

あれからかれこれ十分程、語尾に名前を付ける話し方が続いている。


結果的にだが、少しギクシャクとした空気へとなってしまったが、遥花も『Neo Energy』というものを補給出来たようで良かったのではないだろうか。


――次世代エネルギーみたいな名前だな……


自分で言ったが本当に存在しそうな名前だと思った。


「今日は蓮に少し用事があるから俺が先に行くよ」


「わ、分かりました!気を付けて下さいね」


「おう。ご馳走様でした」


「お粗末様でした」


音絃はリビングを出て、洗面所に足を向ける。

今日、蓮に用事があるというのは嘘だ。

遥花を先に行かせて、指輪を見た男子がどんな行動を取るか解ったものではない。

もしもの時は、遥花の隣に立つ覚悟しなくてはいけないのだ。

その為に音絃も指輪を付けはせず、持っていく事にした。


「もしもの時は覚悟を決める……」


蛇口から冷水を出して顔を洗う。


やはり冬の真水は氷のように冷たい。

その冷たさが身体から眠気を追い出し、覚悟を更に強いものにする。


高校では目立たないように徹してきた音絃にとってその覚悟はとても大きい。

今までの努力を棒に振るが、遥花の為ならそんなのは容易い事。

そして最終的には、遥花に想いを伝える。

この指輪が音絃にとっての頑張れる理由。


どう考えても順番が逆なのは、俺自身が一番よく分かっている。

でも、二人が思い描いている場所が同じだと信じていれば、それは何ら変わらない。


「じゃあ……先に行くから。行ってきます」


「行ってらっしゃい !私もすぐに追いつきますね」


これからの覚悟。

それは……遥花にある一言を伝える事。


ドアノブに手をかけて、ドアを開く。

外の光がドアの隙間から漏れ出し、勢い良く出ていく。


これからの覚悟。

その伝える一言は――――――『愛してる』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

〜後書き〜


…………………………


今日の雑談タイム〜


…………………………


( ≖ᴗ≖​)ニヤッ

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