第42話 音絃の自覚

「音絃くん……浮かない顔をしてますけど、どうしたんですか?」


ぼーとしていて周りが見えていなかったが、声をかけられて意識をしっかりさせると遥花が横にいた。

とにかく近いがそんな事、今はどうでもいい。


「なんでもないよ。心配しなくていいからな」


「それならよかったです。もし何かで落ち込んでいたらなぐさめてあげましたけどね」


「慰めてくれるなら落ち込んでいても良かったかもな」


「そ、そんなにストレートに言われるとちょっと恥ずかしいです……」


遥花は少し恥じらいながらもじもじとしている。

音絃が眺める空に月は見えない。

その代わりの真っ暗な夜空と賑やかな街明かりがとても合う。

静かな夜もいいが、たまにはこういうのも悪くない。


「私が音絃くんと出逢ったのは九月でしたよね」


「そうだな……あの時は本当に気まぐれだったよ」


「でも、あそこで声を掛けてくれなければ、こんなに温かい日々は過ごせていませんでしたよ?」


そうだ。あの日、あの時に遥花に声を掛けていなければ今という時間はなかっただろう。

あの時の俺は食い下がったが、もし食い下がらずにそのまま一人で帰っていたら。

あの日は遅くまで残っていたが、もし早々と帰宅していたら。


その枝分かれした無限の未来の可能性の中から、俺はこの道を選んだ。

全てが偶然――――――だとは思いたくない。


例えるならそう――――――運命。


そうです。あの日、あの時に音絃くんが声を掛けてくれた時、全てを拒否していれば今という時間はきっとありません。

あの時の私は途中で折れてしまいましたが、もし折れずに自分の考えを突き通していたら。

あの日はたまたま傘を忘れて来ましたが、もし傘を携帯していたら。


その枝分かれした無限の未来の可能性の中から、私はこの道を選んだんです。

全てが偶然――――――ではないですね。


例えるならそう――――――運命。


真っ暗な夜空には見えていないだけで、無数の星々が輝いている。

そう、二人の未来も見えていないだけで、確かに別の道が存在した。

星の数だけある未来の選択の中から二人は今を選んだのだ。

二人を見守り続けてきた私にだって予想なんかつきませんよ。


そして音絃は気付いた、というよりは理解したの方が正しいだろう。

名もない感情だと思っていた大きな存在には名前があったという事に。


いや、本当は理解していたがそれを見て見ぬふりをしていただけなのかもしれない。

まだ、心のどこかに不安や自分を信じれない気持ちがあって、目を逸らし続けた。


「いい加減に過去との決別をしなければいけないな……」


――いつまでもこうして笑い合っていたい。


遥花の隣に立つ人間は、遥花がいいと思う相手であって欲しいと思い続けてきた。

でも、その大きな感情が暴れだして、「そんなのは嫌だ」と叫んでいる。

そう……これこそが俺の本心だったのだ。

遥花の幸せを願っていた筈なのにいつからこんなにも俺は我儘わがままになったのだろうか。

本当はそれも解っている。

あのひどく雨が降りしきる雨の日に俺はこの大きな感情を抱えたんだ。

知らないうちに抑え込んで、暴れ出さないよう厚い氷の中に閉じ込めていたのが、過去のトラウマを抱えた俺の心。

その厚い氷の中に閉じ込められていた大きな感情が、最近の温かな日々で少しずつ溶けだして剥き出しになりつつあった。


その大きな感情の名は――――――愛。


将来、遥花の隣にいるのは、遥花を大切に思ってくれる相手なら誰でもいいと思っていた。

でも、その感情が解った今、そんな事は考えられない、考えられる訳がない。


――遥花の隣にいるのは、他の誰でもなく俺でりたい。


俺はどうやら誰よりも強欲だったらしい……

今にもこの気持ちが溢れ出てしまいそうだ。


「音絃くん……?」


「……ん? ああ、ごめん。ぼーとしてた」


「本当に具合悪いとかないですか ?」


「大丈夫……それより冷えただろ。そろそろ戻っとけよ。俺もすぐに追って入るから」


「……分かりました。風邪は引いちゃダメですからね?」


遥花はお節介の言葉を一つ落として先に家へ入っていく。

ガチャンとドアが閉まる音と同時に、音絃は柵に背中を預けながらゆっくりと屈んだ。

すっかり冷えてしまった手で自分の顔を触ると燃えるように熱く、手はすぐに温まってしまう。


おそらく今、俺の顔は真っ赤に染っているのだろう。


――まだ蓮たちがいる中、こんな顔は見せれる訳ないだろ……


結局、戻ったのは五分後の事だった。

それを心配して遥花が声を掛けてくるが、まともに顔を見れそうにない。


「外の空気が冷たくて気持ち良かったから少しだけ長居してしまっただけだよ」


「ほんとですか……?」


遥花の目にあの頃のような疑いの眼差しはどこにもない。

ただどこまでも俺を心配してくれる、そんな優しい眼差しだ。


「ほんとだぞ。さてと……俺も食べますかね !」


「たくさん食べて下さいね !」


そして、楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、夜も遅くなっていた。


「白瀬さんの料理めっちゃ美味しかったです。ご馳走様でした!」


「はるっちの料理を毎日食べれるねおっちはズルい!」


「杏凪さん。また作りますよ?」


「ほんと?!じゃあ次は女子会しようねー!」


「……じょしかいですね。分かりました。また時間がある時に集まりましょうね」


バカップルが帰り、一段落した後に一番の問題を片付けに向かう。

その問題とは勿論……


「幸子さん! 舞先生!起きて下さい!」


「私は……まだ羽ばたけるのよォォォ!」


「舞ちゃんその調子よ!大空まであと少しだわ!」


「はいはーい。大空はお外にあるのでどうぞそちらへー」


「黒原くん……またサディスティックマスターに近付いたわね!いい罵りだったわ」


「やっぱり酔ってないじゃないですか……」


幸子は最初から酔ってなどいなかったのだ。

音絃自身もついさっき気付いたのだが。


「…………てへぺろ」


「…………舞先生を連れてとっとと帰りやがれ」


「くっ……!歳下の男子高校生からゴミを見るような目をされるなんて……最高のクリスマスだわ!」


――そんなだからいつまでも独身なんだよ。


その一言が喉元まで上がってきたが、何とか噛み殺し飲み込んだ。

隣では遥花が真っ青な顔をして立っている。


大体こんな反応になる予想はしていたけど、ここまで見事に引いていると清々しいまである。

遥花がマゾヒスティックな人になる心配はなさそうだ。

幸子さんは舞先生を肩に担いで立ち上がると荷物の如く運んでいき、そのまま家を出ていった。

コーヒー豆が入った袋を毎日担いでいるだけはある。


静まり返った家には音絃と遥花だけが残っていた。

対面する両者の間に無言の時間が流れる。

なんせ贈り物の品が品なので、どう切り出せばいいのか分からない。

だが、ここは俺が切り出さないと話が進まないだろう。


そして音絃は息を大きく吸い、深呼吸してから口を開いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

〜後書き〜


音絃くん……遂に自覚しましたm(_ _)m

四ヶ月間、半同棲生活をしてやっと気付きました。

想定ではもっと先の方で自覚する予定だったのですが、作者である私の意思を押し切って行きました。

正直、私も驚いています。だから予想が付かないんです。

人の人生を描くのは全てが思い通りにはいかない。

本当にそう思います。

さて、次話はプレゼント回です。

お楽しみに(o´罒`o)


今日の雑談タイム〜


この二人はほんとにピュアで純粋で描いていて、恥ずかしくなっちゃいます!

小説は作者の自慰作品と言いますが、その通りかもしれませんね。

後、最近物語の冒頭を改訂したいとか思ったりしてます。以上!

次話でまた会いましょ(*'-'*)ノ"

(ฅ・ Σ ・ฅ)サイナラ〜

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