第38話 Xmasへの準備 音絃の場合②

音絃はその一言への返答に困らざるを得なかった。

約三分の沈黙の後に出た内容がアルバイトと全く関わりの無い事で驚嘆してしまったのもあるが、何よりその内容が大方間違えではないという事だ。


「え……いや、その……」


「合格よ」


「えと……はい?」


「だから合格よ。冬の間だけだったかしら?宜しくね黒原音絃くん」


The 営業スマイルという顔で右手を前に出される。

握手のサインだと言う事を一瞬で理解すると、彼女の手に自分の手を重ねた。

正直全くこの人の考えている事が読めない。

少し怖いまである。


「それで……志望動機って何なの?黒原くん」


「普通、合格と言った後にそれを聞きますか?」


「まあまあ、良いじゃないか。雇い主は私だぞ?」


見た目の清楚なお姉さんな雰囲気と裏腹に性格は大雑把なようだ。

これも堅苦しい人だという音絃の予想は大きく外れた。

この人には志望動機を話してもいいのだが、何となく麻央には聞かれたくない。


「今ここでは少し言いにくいです」


さり気なくお姉さんに、この場ではあまり言えないという事を伝える。

それを察したように「なるほど……」と声を零した。


「麻央はコーヒーでも飲みながら待ってて頂戴。黒原くんと契約の話を奥でしてくるから」


「はーい。私……カフェオレがいい!」


「たまにはもっと大人な味にも挑戦しなよ。うちのブレンドコーヒーとか……」


「結構です……苦いのは大っ嫌いです!」


「まーちゃんはまだまだ子供だねー。でもそんなところも私は好きよ」


音絃をおいてこの二人だけの世界に入っていくところがそこはかとなくあのバカップルに似ていると思ったのはここだけの話だ。

変な視線を送っていたのが麻央にバレたようで軽蔑の眼差しを向けられる。


「先輩が私をエッチな目で見てきます……」


「別にお前には興味ない」


会話を目の前で聞いていたお姉さんもここぞと言わんばかりに悪ノリをしてくる。


「そっかー黒原くんは私に興味あるのかー」


「すいません……特に興味ありません」


即答だった。

あの二人のせいでツッコミ慣れているからだろう。


――しまった……初対面の人にひどい事を……


お姉さんは膝と手を地面に付けて落胆してしまい、体勢は動かずに細かく震えている。

かなり落ち込んでいるようだ。


「す、すいません……そんなつもりじゃ……」


音絃は落胆し続けているお姉さんに謝罪をしようと屈み込むと、またまた予想外な事実が判明してしまった。

お姉さんは落ち込んでいなかったのだ。

代わりにひどく顔が赤く、熱を帯びている。

分かりやすく言うとしている。


「私に興味がないと……あんな冷たい目で即答されるなんて……ああ、とってもいいわ……」


それを目にした瞬間に音絃の中にあった罪悪感は消え失せ、代わりに百年の恋も冷める程の感覚に襲われた。


――いや、恋はした事ないけど……


要はお姉さんがマゾヒスト、これも言い替えてドMだという事だ。


「黒原くん……君、才能あるよ……。是非ともうちに働きに来て下さい!」


「いえ、やっぱり遠慮します」


「うっはぁぁぁ!」


お姉さんはまた地面に倒れ込んだ。


――大丈夫だろうか……ここで働いても


音絃は本気でこの喫茶店で働くかを再度考える事になった。

別にマゾヒストが近くにいるからと伝染する訳でもないので我慢すれば問題はないのだが、もし遥花がここに来て仮にも、万に一つもないだろうがそちらの道に染まってしまわないとも限らない。


「お願いだよ……黒原くん!ここで働いてはくれないかい?お給料はうーーーんと上げるから!」


「少し考えさせて下さい」


「不満なのは休憩時間?それとも福利厚生?安心して!うちはしっかりするタイプだから!」


「まだなんの説明も受けてませんし、俺アルバイトですから有給休暇なんてありませんよね?」


「人間関係が心配?大丈夫よ!従業員私だけだから!」


「そこが一番心配なんですよ……」


その後は間に麻央が入って話を進めた。

確かにお姉さんの言う通りで給料は良くて休みもしっかり取れる。

音絃には特にバイトさせて貰えるような宛はなく、もうクリスマスまで時間もない為、大人しくここで働く事にした。


「黒原くん……本当にありがとう!これからもと宜しくね……」


「仕事は頑張ります……」


「シフトは月曜の夕方から宜しくねー!」


最後に会釈をして店を出ようとしたのだが、音絃はある事に気付いた。

別に聞くのはいつでもいいだろうが折角なら今のうちに聞いておこう。


「そういえば……お姉さんの名前聞いてませんでした?伺ってもいいでしょうか?」


「そういえばそうだったわね……私の名前聞きたい?」


「聞いておかないと色々不便かと思いまして……」


「そうね!と不便だものね……と!」


お姉さんは『色々』という言葉を強調していう。

もうこの人が言う事は全てそういう意味なんじゃないかと思えてきてしまっている。


「その色々の意味が違う気はしますが……まあ、そういう事です」


「じゃあ自己紹介!私の名前は魚谷幸子うおたにさちこです。歳は三十歳。DO・KU・SHI・Nです!」


「幸子さん……それ言ってて悲しくならないの?」


麻央は全く配慮をする事なく幸子さんに聞いている。

それは聞いちゃダメだろと思いながらも音絃はあえて無視をした。

ひどく落ち込むかと思いきや、幸子さんは案外平気なご様子で逆に楽しそうだ。


「私を満足させられる殿方とのがたが居ないだけよ。黒原くんみたいなサディスト気質がある殿方と結婚したいわね!」


「いや、俺ドSじゃないですから……」


「黒原くんならきっとなれる筈よ!最高のサディスティックマスターに……」


「絶対なりたくないし、なりませんから。では失礼します」


幸子さんから逃げるように喫茶店を出ると雪が強まっていて少し積もり始めていた。

店内がとても暖かかった為、外に出た瞬間はそこまで寒くはない。


「先輩待って下さいよー!」


麻央が慌ただしく喫茶店から出てきた。


「お前……幸子さんがあんな性格だって隠してただろ」


「な、な、なんの事ですか?ヒューヒュー」


「口笛吹けてないからな……まあ、バイトは出来るし感謝はしてるよ」


別に怒ってはいない。

ただ、これからは大変になりそうだ。

遅くなると遥花も心配するので麻央とはこの場で別れて、遥花が待つ家に足を向けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

〜後書き〜


濃いキャラが出てきました。

そして音絃くんサディストの素質があるとかないとか……

今後の展開に乞うご期待!


今日の雑談タイム〜


今日はちゃんと投稿出来ました!(。・ω´・。)ドヤッ

すいません……当たり前ですよね。

もしかしたら投稿頻度落ちるかもしれません。

本当にすいません。

希望がありましたので遥花さん視点も書いていこうと思います。

本編として出すか、閑話として出すかは未定です。

では次話でお会いしましょう!

(*´︶`*)ノ

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