第36話 音絃の回想③
「音絃くんー?音絃くん!」
「ああ、おはよう……今何時?」
「今は丁度正午を回ったところです。ちゃんと起きないと
はっきりとしない意識の中で遥花の声が聞こえる。
甘く柔らかなその声は、まるで幻想を見ているような感覚になった。
音絃自身が今日は風邪をひいて学校を休んでいる事も忘れている。
――そうか……これが
音絃はこの場が
そして音絃の暴走が始まる…………訳もなく、何も無かったかのようにいつも通りの会話をする。
普段から本当に思っている事を正直に話している音絃にとっては関係の無い事なのだ。
「悪い……もうお昼か。お粥食べてもいいか?」
「勿論です。音絃くんの為に作ったんですから」
遥花が土鍋を開けると勢いよく出ていった湯気が出来立てだと言う事を証明している。
トッピングには
お盆の脇にあった木の
「熱いですから私が食べさせます」
「自分で出来るから……」
「ダメです。私が食べさせますから」
「どうして意地を張る……まあ、してくれるならお願いしようかな」
――だって夢だし。
遥花は鮭と一緒にお粥と
その姿に見とれ
「ちゃんとふーふーしますから熱くないですよ?」
音絃は別にそこの心配は全くしていないのだが、ふーふーという表現が可愛らしくてつい笑ってしまった。
それを見て遥花は不服そうにする。
「音絃くん……もう嫌いです」
「悪かったよ。ごめんって……機嫌直して」
「機嫌は直します。その代わり……」
「代わりに……?」
「音絃くんの……夢というか進路を知りたいです。あ、別に強制じゃないですからね?!」
慌てた時に矛盾した事を言うのも遥花らしいと思いながら話を聞いていた。
音絃は特に進路は決めていない。
夢なんて持っていないし、持てるような状況には無かった。
「俺には夢なんてないよ……生きていくので精一杯だったから考えた事もなかったよ」
言われるまで全く気付かなかった。
確かにもう考えなければならない時期に来ているのかもしれない。
来年はもう三年生になる。
今まで苦痛でしかなかった学校生活も高校に上がって初めて楽しいと思えた。
普通に過ごしていれば分かる事も今の音絃には分からない。
別々の道を歩いていかなければいけなくなるのは分かっている。
――日常はいつかは終わる……か
「踏み入れちゃダメでしたよね……すいません」
「別に大丈夫だよ。俺も向き合わないとな……」
そう、音絃はいい加減に向き合わないといけないのだ。
過去との決別、未来への準備、そして現在の状況を。
その現在の状況といえばだが……
「それで遥花……なんでお粥全部食べてるんだ?」
遥花は途中からお粥を自分で食べてしまっていた。
そして音絃がそれに気付く頃には綺麗さっぱり土鍋からお粥は消え去っていたと言う訳だ。
お粥自体は遥花が作った物なので別に問題はないのだが、音絃の為に作ったと言っていた遥花にとっては本末転倒だろう。
「私……食いしん坊さんなんでしょうか?!」
「いや、俺に聞くなよ……!」
「じゃあ音絃くんは食いしん坊なんですか?!」
「そう言われるとそうなのか……ってそういう話じゃなくてだな……」
遥花の目はまるで焦ってテンパったヒロインがよく見せる渦巻きみたいになっている。
言っていることもよく分からないし、返答もなんだかあやふやだ。
第三者がこの会話を見るとギャグコメディにしか見えないだろう。
我ながらアホみたいな会話をしているなと自覚している。
「とりあえず落ち着こうか遥花……別に怒ってないから」
「ほんとですか……?」
「なんで嘘つく必要があるんだよ……」
そういえば遥花がこんなに慌てるのは久しぶりだ。
一番近くで見てきた音絃だからこそ気付けた事は最近多い。
「私……また作ってきますね。後、飲み物も取ってきます!」
音絃から逃げるように遥花は寝室を出ていき、キッチンのコンロに火をつける音が聞こえる。
――別に急いで作らなくてもいいんだけどな
夢の中でも謙虚で何事にも全力な遥花だなと思いながら再び横になる。
「痛っ……」
枕にはまだお盆が残っており勢いよく頭をぶつけてしまう。
――ん?痛い……?
そしてやっとここで明晰夢でも白昼夢でもなんでもなかった事に気付く。
だからといって音絃は何もしていない為、焦る事も慌てる事もない。
ふと遥花が言っていた進路の事が頭に浮かぶ。
――遥花はどこに行くんだろう……
いつも一緒に過ごしているから、離れた時に空いた穴は大きいものになる。
いつかは離れていく遥花の進路を聞いても意味がないのは分かっている。
でも……聞かずには居られない。
「音絃くんお待たせしました」
「ん……ああ、ありがとう。頂きます」
お粥は食べやすいように冷まされていて、遥花の小さな気遣いを感じる。
本当に遥花は優しくて凄い。
「なあ……遥花の進路って聞いてもいいか?」
お粥を余す事なく食べ終えた後、音絃は遥花に我慢出来ずに聞いていた。
聞いてはいけなかったかもしれないと思いながらも、顔を上げると予想外な事に遥花は嬉しそうな表情をしている。
それを聞いて欲しかったと言わんばかりなそんな表情で。
「私の進路はまだ希望でしかありません。でもここがいいと思っている場所、思い描いている未来はあります」
「その希望の進路って……聞いてもいいか?」
遥花は立ち上がり、後ろで手を組むみながら音絃に背を向けて話し出す。
「詳しくは教えられませんけど、そうですね……
バッと振り向くと艶やかで長い黒髪がふわっと揺れて、そして遥花の表情は希望という名の幸せな表情に満ち溢れていた。
音絃の心臓が暴れて激しく脈を打つ。
そしてまた説明しようのないあの感覚に襲われた。
――この内側から湧き出てくるこれは本当に何なんだ……?
結局、最後までそれは分からずに、いつの間にか眠っていた。
そしてそれは今でも分かりそうにない。
家を出てから約二十分、やっと目的地である喫茶店が見えてきて、外では麻央が手を振って待っている。
この辺で終わるとしよう。
また機会があれば、その時はゆっくり思い出せばいい。
そして音絃は手を振り返した。
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〜後書き〜
今回で回想編が一度終わりです〜
遥花さんの希望進路は時期に分かるでしょう。
多分……分かる人には今話が今までで一番甘い話だと思うでしょう。
後輩の麻央さんとの関わりは如何に……
今日の雑談タイム〜
最近投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
そしてレビューありがとうございます……泣いていいですか?
昨晩で6万PVを突破しました!
本当にありがとうございます……
最後まで御付き合い頂けると幸いです。
今後とも宜しくお願い致しますm(_ _)m
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