第12話 聖女様の鍵

放課後

音絃と遥花は連絡を取り合ってくだんの鍵屋まで来ていた。

一緒に学校から向かう訳にも行かず、先に音絃が行き、後から時間を空けて遥花に来て貰った。

合流した時の遥花の表情には、明らかに不安の色が伺えた。


「大丈夫か?」


「全然大丈夫……です」


「心配するなよ。ここには行かないからさ」


それを聞いた遥花は驚いた顔をしてキョトンとしている。

わざわざ来る必要はなかっただろうと思うかもしれないが、ここを集合場所にしたのは訳がある。


「鍵を作ってくれる人に宛があるんだ。その人は信用出来るから安心してくれ」


「でもどうしてここに……?」


「集合場所に丁度良かっただけだよ。家まで帰るには少し遠いし、ここなら人目も少ないから一緒にいても大丈夫だろ?」


学校は歩いて三十分くらいの場所に位置し、鍵屋は家と学校の中間にある。

そして人通りも少なく集まるにはもってこいの場所なのだ。

まあ、ここには後日一人で来る予定だが。


「そうだったんですか……良かったです」


遥花は胸に手を当て、分かりやすく安堵の息を漏らし、相当不安だったのかが分かる。

遥花をこんな顔にするような奴は許さないし、それは学校でも同じだろう。


遥花自身は学校で『聖女様』と呼ばれている為、直接的に手を出す人は今のところはいない。

だが、もしも遥花に手を出そうとするやからが現れたらその時は、場所がどこであろうと相手が誰であろうとその場に赴き、止めに行くだろう。


今の音絃にそんな大層たいそうな事は出来るのかは、それはその時になってみないと分からない。


音絃と遥花は鍵屋を離れ、その宛に向かった。

目的地までは徒歩十分くらいの場所に位置していて、時代を感じさせる和風の木造一戸もくぞういっこ建てにその人は住んでいる。


「そんなに緊張しなくていいからな」


「そ、そ、そうなんですか……?さっきの鍵屋よりも怖そうな人が出てきそうですけど」


「確かに顔は怖いかもだけど、本当にとても優しい人だから」


玄関のインターホンのチャイムを鳴らす。

家の中から「ちょっと待っとってー」と返事がし、しばらくするとドアは開いた。


「んお……音絃か?」


「久しぶりじいちゃん。ちょっと用事があって来たんだけど、今大丈夫?」


高い身長に気難しい顔で立っている老人は音絃の祖父だ。

祖父は音絃を捨てた母親の父に当たる人で、祖父 いわく「娘とはもう縁を切った」との事。


「なんば言うとね……」


「やっぱり……ダメ」


「いつでも儂を頼っていいと言ったやろう。遠慮も気も遣わんでよかとばい?」


気難しい顔をして方言丸出しの祖父だが、本当は家族思いで優しい人なのだ。

底の見えない優しさ故に、音絃は心から祖父を尊敬している。

音絃にとっては数少ない信頼出来る人の一人だ。


「ありがとうじいちゃん……なかなか顔出せなくてごめんね」


「よかよか、こうして元気にしとる音絃ば見れたけん儂は満足ばい。それで……隣の嬢ちゃんは誰ね?もしかして彼女かい?」


やはり男女一組で歩いているとそう言う風に見られがちなのだろうか。


「違う違う。隣に住んでる同級生だよ」


「く、く、黒原くんには、は、は、お世話にな、な、なっています……白瀬遥花とも、も、申します!」


顔を真っ赤にして頭を伏せながら挨拶をしている。

最近こんな姿も見られるようになったが、いつ見ても飽きないあいらしさがあり、つい口がゆるんでしまいそうになる。


「音絃のお友達やね。こがんとこまでよう来たね。上がってから話は聞こうか」


「じゃあお邪魔します」


「お、お、お邪魔します!」


「そんなに力入れんでもよかよー。ゆっくりしていかんね」


遥花は方言丸出しの話し方に全くついていけてない様子で目をパチパチさせている。

正直なところ音絃自身も何を言っているのか分からない時があるくらいだから、そんな反応になるのもうなづける。


「そういえば白瀬さんにまだ儂の事なんも話しとらんかったばい……かっはっはっ!忘れとったー。儂は黒原正喜。歳は丁度……還暦かんれきで音絃にとっては祖父に当たる族柄ぞくがらばい。音絃は無愛想ばってん今後も宜しく頼むよ」


無愛想な事は事実なので否定はしない。


「いえいえ……こちらこそお世話になっています!私の方こそ、今後とも宜しくお願い致します」


「後の用件は中で聞こうかね」


そして家に入り二日間泊めていた事がバレないよう、遥花の今の事情を話した。

話しているうちに遥花の緊張も解れてきたようで、表情も自然と柔らかくなっている。


「話は分かったばい。やけど……もう儂は鍵は作っとらんとさ」


「そうなんだ……」


「近くに鍵屋があったやろう?そこに行けばよかたい」


近くの鍵屋とはあの店の事だろう。

それも兼ねて追加でここに来るまでの経緯を話した。

話し終わるとすごい形相ぎょうそうをした祖父が静かに立ち上がり、冷たい声で話し出した。


「儂も一緒にそこに行こう。二人とも車に乗ってくれ」


「……分かったよ」


「分かりました……」


祖父に言われるがままに怒っている理由も聞けずに車に乗り込む。

こんな祖父の顔を見るのは久しぶりで、音絃を捨てた母親と言い合いになった時以来だ。

車を走らせ、溜め息をつきながら今怒っている理由を教えてくれた。


「実はな、あの鍵屋の店主は儂の弟子だ」


「そうだったの?」


意外なところに繋がりはあるのだなと一人助手席で関心していたが、横の運転席では怒りの表情を露わにした祖父が申し訳なさそうに口を開く。


「ああ、あのバカタレが迷惑をかけてすまないね白瀬さん」


「いえ……全然気にしてないので大丈夫ですよ」


「本当にすまなかった。お代は儂に払わせてくれんか?」


「そんな大丈夫ですよ!」


「いや……儂が払わんと気が済まんっさ」


「という事だ白瀬。ここは素直にお願いしとけよ」


「黒原くんがそう言うなら……お願いします」


鍵屋に着くと祖父は店主をこっぴどく叱りつけ、鍵を作って貰えるようになった。

叱り付けられた後の店主の顔は恐怖で顔が歪んでいて、祖父を怒らせてはいけないなと音絃は改めて思ったが、それより後日に鍵屋に行く予定が無くなったので楽になった方が大きいと言える。


こうして無事に遥花は家に帰れた……訳もなく、製作には一週間かかるとの事。

その間は音絃の家に泊めてあげるようにと祖父から言われ、聖女様とのお泊まりが一週間増えたのだった。

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